[第二章:交流の日々]その3
「純の好きな物って、なんですか?」
平和に洗濯をする中、チョコはそう聞いた。
自身は洗濯物がない彼ではあったが、心証をよくするため、今は純たちの洗濯を手伝っている。
そんな中、ある程度ものが片付いてきたところで、聞いたのである。
「どうしたの、急に?」
「まぁ、興味本位です。ほぼ単身で[色抽出機]を壊せるほどの実力を持ったカラーヤがどんなものを好むのか。知りたいないなぁと」
嫌なら答えなくてもいいと付け加えるチョコに、純は、気は使わなくていいと言い、答える。
「私が好きなのは、絵本作りかな」
「絵本…ですか?」
「うん。白い紙に絵を描いて、少し台詞とかナレーションとか入れる。そう言うのを何枚も作って、纏めて、最後は一つのお話にする。それが、楽しいんだよね」
純は手元の、薄い青緑色で透過性の高い液の入った桶の中で、服をこすりながら笑って言う。
その言葉にチョコは、
(…兵器の[カラーズハート]を退ける最強のカラーヤが…あんな極悪のカラーヤが、そんなことを好んでいるとは…意外ですね)
ここに来るまでに思い描いていた純の像では、とてもそんなことをするとは思わなかったため、チョコは驚く。
同時に、
(…そんな平和な趣味を…他のカラーヤの平和な日常を奪おうとしながら持つとは…)
そんな資格はないだろうと、純を見て思う。
(…しかし、なんだかわかんないですね。あんなことをするカラーヤが、どうして…)
最悪な行為をするような、最低の思考回路をしているものが、なにをどうしたらこんな
ことを好むのか。
チョコにはそれが良く分からない。
(…本当は心優しいカラーヤだったり…。…はっ、そんなわけないじゃないですか。変な妄想も大概にしときましょう)
純の今までの所業のことを思い出せば、一瞬頭に浮かんだ考えは、本当に妄想に過ぎない。
彼女は仲間にだけ優しく、それ以外には害を振り向く最低最悪のカラーヤ。
それは変わらない事実だと、チョコは思うようにする。
「…どうしたの?チョコ」
「あ、いえ。どんな風につくっているのか軽く想像してみただけですよ」
「そうなの?」
不思議そうに首を傾げる純。
チョコはそれを見て、
(ここは…)
表面上だけの笑顔をつくり、できるだけ明るいで声で、彼は純に言う。
「想像してみましたけど、いいですね、絵本作り。今度機会があれば手伝わせてください」
「そう?ありがとう、チョコ!」
チョコの偽りの称賛に、純はすっかり騙された様子で、笑顔でそう返す。
(…よし、上手く好感度を上げられているようです)
そう思いつつ、チョコは自分の足元に視線を落とす。
そこにあるのは、純のところにもある桶だ。
中に入っているのは青緑色の[染水]に木の細かな繊維を混合したもので、見た目はただの液体だ。
だが、当然その液体にはある性質が発現している。
その内容は、
「…ゴミとりの性質は便利だよなぁ。ちょいと付着した程度の奴ならすぐとれるな。あひゃひゃ!」
粋の言う通り…とは少し違う。厳密には、桶の中の[染水]が繊維と混ざって発現しているのは、小さな物体を付いているところから剥離させる性質だ。
様々な物の表面に付着したものをとれるこの性質は有用で、年季の入った建物の大掃除などにも使われる(単体で大きなものや、薄くても広範囲にわたるものはとれないので限度はある)。
そして、これによって綺麗にしたものはしっかりと液を落とした後、外に干しておくことで、完全に乾く。
使用後の液体は濾過することで溜まったゴミも容易に回収でき、使いまわしも可能だ。
そのため、一定量でそれなりの期間持たすこともできるのである(…ちなみに、洗濯なら[染水]を使わずともただの水でもよさそうなものだが、それはできない。なぜなら、[染水]が関わってできたものは、真水だろうが塩水だろうが触れれば溶けてしまうためである)。
「綺麗になりましたね」
チョコは、自分担当の最後の洗濯物を桶から取り出し、満足げな雰囲気を出して言う。
それに呼応するかのように純も立ち上がる。
「チョコ、私の方も終わったし、一緒に干そ?」
「分かりました」
頷きながら言い、チョコは純と共に歩き出す。
周囲にあるのは背の低い植木と、花壇の中で小さな花を咲かせる植物だ。
それが上から見て扇形を描くように広がっており、一セットとしてアーチ付きの道を間に置きながら、五つ並び、これまた大きな扇形を形作っていた。
物干し竿は、その中の、チョコたちがいる扇の外周側に設置されている。
チョコたちはすぐ目の前のそこへ行く。
「…あひゃひゃ。それで最後だな」
竿の横にある丸太のベンチに座り、粋は言う。
その腕の中の籠は、既に空である。
「うん。チョコのおかげで子どもたちの練習もすぐにできたし、洗濯自体もすぐに終わったよ。ありがとう、チョコ」
「いえいえ、そんな。別にお礼を言われることじゃないですよ」
そんな謙遜した態度を取りつつ、チョコは手持ちの服を竿にかける。
見たみれば割烹着のようで、どうやらぽいのもののようだ。
「…」
手早く服を干したチョコは、なんとなしにぽいの方を見てみた。
すると。
「…ん?」
粋のとなりのベンチ(既に彼は純の方へ行っている)に座るぽいが、チョコのことをずっと、恨めしそうな目で見ている。
(…な、なんでしょうか)
何かを言いたそうではあるが、きっかけがないのか居心地悪そうに体をよじっている。
そこにチョコが視線を返すと、彼女は一瞬びくりと体を震わせるが、息を吸って吐き、どうにか落ち着こうとする。
そしてまた、居心地の悪そうな表情になり、何もせず、言わないままチョコを見つめる。
「…な、なんでしょうか、あれ」
背後で星終わった純が粋と雑談する中、チョコは呟く。
…と、その頭が急に重くなった。
「…な、なんですか?」
チョコは、洗濯の邪魔だからと帽子をとった頭を見る。
「…あの羨ましがり屋のことが、良く分からないにゃ?」
「ふにゃりー…いつの間に」
「にゃーは気づかれずに上をとるのが得意なんだにゃー」
チョコの決して表面積の大きくない頭の上で、ふにゃりーは上手く丸くなる。
「…なにか、用でもありますか?ふにゃりー?」
つい先ほどまで交流どころか会話一つなかった彼女が急に接触してきたのである。
用でもなければそうはしないだろう。
「…用。にゃー。特にそう言うのはないにゃ。…ただにゃ」
「ただ?」
「後々面白い事になるっていうのを、伝えに来ただけにゃ」
「?面白い事って?」
「…それは起こってからのおたしみにゃ。…にゃーはそれを、見物させてもらうにゃーよ」
そう言うと、ふにゃりーは音も揺れもなくすっとチョコの頭から降り、ぽいを煽りに行く。
好き放題言われ始めた彼女は、先刻のように顔を赤くして起こり出した。
「…?なんですかね」
チョコはふにゃりーの言動の真意を測り兼ね、首を傾げる。
(まぁ、彼女は私を嫌には思ってないようですし、今はそれで良しとしましょう)
そう自分の中で結論付け、チョコはふにゃりーたちから視線を離し、純たちの方を向く。
ちょうど雑談が終わったところらしく、二人はチョコのところへ戻る。
「…何話してたんです?」
「ちょっとな」
バケツへと移した桶の混合液を持つ粋はそう言う。
そこに純が補足するように、
「これからチョコとどう暮らしていこうかなって」
「私と?」
「うん。まだ二日目で、まだあんまりちゃんと考えれてなくて。土台は徒花(つれはな)が考えてくれたけど…実際私がどうするのかとか、細かい事色々」
「……」
少し悩んでいる様子の純に、チョコは若干戸惑う。
新たな仲間との今後に悩む、他カラーヤの生活を破壊する極悪人にはとても見えない純の様子に。
「…いいんですよ。純のありのままで、好きなように対応してください。私のことは気にしないでいいです」
困惑を振り払おうと、チョコはそんな台詞を捻り出し、純に言う。
「そう?チョコ?」
「そうです。純の気が楽なようにしてください」
偽りの笑いを浮かべ、チョコは言う。
(相手の心象をよくするように)
チョコは本物の思いやりなどない状態で、そうした。
…だが、それに対する、純の応答は違った。
「ありがとう、チョコ。気遣ってくれて」
彼女は本物の笑いを浮かべ、返す。
その表情は明るかった。昨日初めて会った時と同じように、邪気はなく、悪意はなく、害意もなく、ただただ純粋に明るく、眩しい。
それに、チョコの心が揺れた。
(…。彼女は…最低最悪の、許されないカラーヤのはずなのに…)
どうしてこんなに、伝わる彼女の心は明るいのだろう。
そんな思いを抱いて、チョコはその後も会話を続けるのだった。
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