[第二章:交流の日々]その2
塔内の広場は、明るい所だった。
天井には五角形の穴が開いており、そこから昼を示す空の明かりが注いできている。
その光に照らされるのは、七角形の広場を囲むように植えられた木々だ。
明るい緑色の葉が、その端で光を僅かに反射し、美しく輝いている。
そして、その輝きを周囲におく広場には、円形に五つの短めの長椅子があり、チョコたちはそこに座っていた。
「おはよう、みんな」
徒花を覗いた全員が揃ったところで、純はそう言った。
「今日はチョコが来てから最初の朝だね」
「そうですね」
「そうだな!あひゃひゃ!昨日は案内だけっで終わって話だし、一緒の暮らしは今日からだな」
粋の言葉に純が頷く。
「そうだね。今日から、ここでいろいろして過ごしていく。だから今日は、チョコに説明をしたいって、思ってるんだ。いつもどんな風に私たち過ごしているか、知らないでしょ?」
笑って言う純の言葉に、チョコは頷く。
「確かに。私が昨日受けた説明は、内部の案内だけですし、純たちが何をしているのかは私は知りません」
「だから、説明するの。一緒に暮らすんだから、それぐらいしないとね?」
「ありがとうございます、純」
当然そんなことは思っていないが、愛想笑いをしてチョコはそう言う。
「…それと、昨日は時間なくて名前ぐらいしか教えられなかったから、ちゃんと紹介するよ」
「そこの、子どもたちですか?」
「うん!」
チョコは純の横を見る。そうして視界に入るのは、三人の小さなカラーヤだ。
純はチョコから見て長椅子の左端に腰かけており、三人は残りのスペースに、大きさのおかげで綺麗に収まっている。
「チョコから見て左側にいるのがアカミ。最近来た子だよ?」
その言葉に反応し、先ほどから純の体にしがみついている少女はチョコを恐る恐る見る。
彼女の見た目で目立つのは赤髪と、肩を覆う倒した三角柱に近い巨大な装甲と、ひし形の胸当てだ。
そんな少女…アカミの視線に、チョコは笑い、
「どうもよろしく、アカミ。…そういえば、昨日も会いましたね」
「…」
返答は、ない。
代わりに彼女は目を背け、純に先ほどより強くしがみついた。
(…あまり好かれてはいないようです)
近いうちにどうにか仲良くならないと。チョコがそんなことを思っていると、聞き覚えのない声が発せられる。
「アカミ!お姉ちゃんの迷惑でしょ!?離れなさいよぉ!」
声の主はアカミの横に座る、これまた小さな少女だ。
恰好は割烹着に前掛けで、髪は短めのツインテールとなって斜め後ろから伸びている。
「…あ、この子はぽい。少し前からここにいる子だよ?」
純は自分の左腕の下で、アカミを引き剥がそうとするぽいのことは気にせず、チョコを見てそう言う。
「へぇ。ぽいですか。よろしくです」
とチョコが言うが、その視線の先のポイはというと、
「アカミ!いいから離れなさい!あなたものついてて重いでしょ!」
「……嫌」
アカミのことにかまけていて、チョコの発言に全く気付いていない。
「…あ、ええと…」
「あ、気にしないで。この子はこういう子だから」
「そうだぜ?純が絡まなきゃ、ちょいとつっけんどんなだけだからな。仲良くしてくれよ?」
「そ、そうですか。じゃぁ、また落ち着いたら話を」
そう言ったチョコの言葉を、最後の一人が遮る。
「そりゃムリにゃ。この嫉妬深い娘は、話なんて聞きゃしないにゃ。ほんとは自分がくっつきたいだけなのに、それらしい建前を掲げてアカミにちょっかいだしてるだけなんだにゃ」
「…な、なんですって!?」
最後の一人、和装に猫耳としっぽが生えたひときわ小さなカラーヤに言われ、ぽいは顔を真っ赤にする。
「誰がほんとは甘えたいっていうのよ!私はただ迷惑になることをやめさせてるだけよ!」
「誤魔化しても本心はまるわかりにゃ」
「~!このぉぉぉ!」
和装の少女の言葉にぽいは怒り、アカミから手を離す。
そして、煽ってきた相手の首を締めようと、両手を勢いよく伸ばす。
「二度とそんなこと言えないようにしてやる!」
「あ、ダメだよ。ぽい」
ぽいの動きを見た純が、その体を左腕で止める。
「…あ、お、お姉ちゃん…」
すると、途端にぽいはおとなしくなり、純の腕の中で顔を怒りとは別の感情で赤らめる。
その様子を再び、
「ほらにゃ。口ではそう言っても、体は、心は正直にゃ」
「…!こ、こんのぉ!」
「ほらほら、ぽい、ふにゃりー。それぐらいにしよ?チョコが困ってるし」
(まぁ、さっきからどう反応したらいいか困ってましたけど)
そんなことをチョコが思う中、ぽいと和装の少女…ふにゃりーは矛を収める。
「…まぁとにかく。この子たちで、紹介するのは全部だよ?こんな子たちだけど、仲よくしてくれると、嬉しいな」
「もちろん、仲よくしますよ。私もそうしたいですから」
チョコは純の顔を見て、笑顔でそう答える。
それに彼女は笑い、
「ありがとう」
「あひゃひゃ!よかったな、純」
粋は立ち上がって純の肩を叩き、そう言った。
「…さて、チョコ」
「いよいよ、日々何をしていくか…ここでどう暮らすかの説明ですか」
(…各地の[天塔]を襲う純・カラーブック。一体、日々どんなことをしているのやら)
チョコは軽く想像してみる。
どこかの部屋で、徒花とともに、どうやって他カラーヤを苦しめるかを会議する純たちを。
奪った[色抽出機]のコアが並んだ倉庫でほくそ笑む純たちを。
次はどこのカラーヤたちの生活を崩壊させようか、嬉しそうに考える純たちを。
(あんなことをしている純・カラーブックです。それぐらいのことしててもそう不思議ではないです)
日々、悪い事を考え、その為の準備を繰り返しているに違いない。
チョコはそう思い、
(まぁどんな内容が来ても、笑顔で受け入れて同調する。そうしてここに溶け込んでいくのです)
いかに悪く、正しくなく、不快なことがこようとも耐え抜こうと覚悟し、チョコは言葉を待つ。
そして純が、喋り始める。
「まず、私たちが最初にやってること、教えるね」
「はい、お願いします」
(さぁ、どんな悪習がくるか…)
そう思い、純を見つめるチョコに、彼女は答える。
「…服の、洗濯だよ?」
「…え?」
随分と平和で家庭的なその内容に、チョコは思わず声を出した。
「せ、洗濯ですか!?服を綺麗にするあの?」
「あ、うん。そうだけど。どうかした?」
「…ああ、いえ。別に、何でもないです」
(…ってきり、もっと悪意に満ちたことでもやるのかと)
純たちは悪い奴と言う先入観が大きく影響した予想とはかなり違うものが来て、チョコは戸惑ってしまう。
(…い、いやまぁ、そう不思議ではないですか。悪い奴らだって洗濯や掃除ぐらいはするでしょう。…流石にさっきのは妄想が過ぎましたね)
内心そんなことを思いながら、驚きで崩れかけた笑顔を元に戻すチョコ。
純はそれに首を傾げたが、すぐに気にしないことにした様子で、話を続ける。
「私たち、時々一緒に洗濯するんだ。服の汚れが増えてきたらね」
「そ、そうなんですか」
「うん。自分で自分の服綺麗にするのは楽しいし…この子たちのいいお勉強にもなるから」
「へぇ…」
チョコは視線をアカミたちに向ける。
(お勉強…というかことは知らないことがそれなりにあるということですけど…)
何故そんな子どもがここにいるのか、チョコにはますますわからなかった。
(まぁ、それはいいとして)
「その話をしたってことは、もしかして今日?」
「うん。そうする予定なんだ。まぁチョコはそんなに汚れてないだろうから、来ても見てるだけでいいけどね?」
カラーヤは基本的に何かを排泄、分泌することはない。そのため、服が老廃物で汚れるというようなことはないが、それでも動いていれば汚れは多少なりとも着く。
だからこそ、カラーヤは数日に一回は着ている服を変え、洗濯するのである。
「朝の綺麗な中庭も見せたいし、行かない?チョコ?」
「勿論です。行きましょう」
そう言ってチョコは立ち上がる。
「ありがとう。それじゃ行こっか」
純も子どもたちとと共に立ち上がる。それから粋の方を見て、
「粋、変えた服の籠は持ってきてる?」
「あひゃひゃ!そりゃ勿論だ」
言うが早いか、粋は長椅子の後ろから籠を持ち上げる。
網目状のその中には、容量の半分あたりまで服が入っていた。
「じゃぁ、問題ないね。それじゃぁ…!」
「はい」
チョコは頷き、広場を離れる純へとついていく。
一行は中庭へと向かっていく。
(…随分と、平和ですね…あんなことをする連中にしては…)
落ちついた雰囲気の中、チョコは若干の戸惑いを感じつつ、歩いていった。
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