[第二章:交流の日々]その1

「…すぅ…」

 純たちの仲間となった翌日の朝。

 チョコは、静かに寝ていた。

 場所は彼に与えられた部屋である。形としては角にやや丸みのある長方形型で、入って左からベッド、右側に棚などが置かれている。

 その棚が大きかったり数が多かったりするのは、元々使われていなかった倉庫を改装した名残だ。

 チョコはそんな場所で、昨日の夜の早い時間から、こうして寝ている。

「…すぅ…」

 そうなった理由は昨日やったことにある。

徒花たちと言葉を交わした後、チョコは純と共に[天塔]中を歩き、様々なところへ案内された。

 その際、何度も階段を上り下りし、長い廊下を歩き続けることとなっている。

 [カラーズハート]との攻防をして既に疲れていたチョコにとってそれは、かなりつらいものだ。

 体には動きすぎたが故の疲労感が強く、案内の途中からは愛想よく受け答えする裏で、早く休みたいと思うようになっていた。

 そのため、案内の終了と共に自室へ送られた彼は、ちょうど夜になっていたこともあり、そのまま泥のように眠ったのである。

 そして今は、昨日の疲れもほとんど抜け、気持ちよさそうに寝息を立てているのであった。

「…すぅ」

 入り口から見て、部屋の左側に備え付けられた窓からは、カーテンの隙間越しに、朝を示す外からの光が差し込んでいる。

 その光に照らされ、彼の解かれた黒髪が美しく輝く。

「…すぅ」

 …と。

『おいおいおい!もう朝だぜぇ?あひゃひゃ!』

 誰かの声が廊下から響き渡る。

 足音と共に伝わってくるそれは、徐々に近づいて来る。

「…?」

 それに反応し、チョコはゆっくりと目を開けて起き上がる。

「…ふわぁ…」

 確実に近づいてくる足音を、ねぼやけた頭で聞きながら彼はあくびをする。

 それから、眠気眼で入り口の扉をゆっくりと見る。

「…なんか…聞こえて…」

 長い時間眠っていたせいか、中々覚醒しない頭で、チョコはぼんやりと考える。

(…変なダンスの音…)

 そんなことを思いながら、彼は十数秒間ぼんやりとしていた…そのときだった。

「おぉい!純ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「…。…!?」

 突如、扉を蹴破って粋が突っ込んできた。

 その際の音と視界に急に現れた相手に驚き、チョコの意識は急速に覚醒する。

「え、な…」

 しかし、今更意識がはっきりしたところでどうしようもない。

 既に部屋へと飛び込んできた粋は床を踏み、飛び上がり、チョコの斜め上にいる。

「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 直後、粋がチョコの下へと突っ込む。

 衝撃で彼は倒れこみ、思わず息が漏れる。

 数秒後にそこから回復すると、チョコは粋を見て抗議の言葉を言おうとする。

「急に!な…に…を」

 だが、その言葉は途中で止まった。

 なぜならば。

「…な、なにを…」

 粋がチョコの胸板に両手の指を突き立てていた。…いや正確には、その位置にあるはずのものを掴もうとして、その指が素通りしてしまった感じだ。

 実際、嬉しそうに笑い、目線を上の方にしていた粋は、途中で違和感に気づき、下を見る。

「…純の胸が…消えた!?」

「……あ。…ちょ、ちょっと!私は純じゃなくてチョコです!」

 急な粋の行動への動揺からどうにか立ち直り、チョコは慌てて言う。

「…あ。ほんとじゃねぇか。…あちゃぁ、部屋間違ったかぁ…」

 そう言って粋はすぐにチョコの上から離れる。

「あひゃひゃ。すまねぇな。うっかり部屋間違っちまったみたいだ。すまん。お前の体をまさぐるつもりはなかったんだ」

「…え、じゃぁ本当は誰を…?」

 そこまで言って、チョコは粋が純と言ったいたことを思い出す。

「…まさか純を…」

「ああ、そうだ」

 粋は当然とでもいいたげに大きく頷く。

「日課だからな。朝あいつを急襲して体に…タッチングするのは」

「えぇ…。…っていうか、日課て、毎日あれやってるんですか!?」

「まあな。ま、扉の開け損ねとか、テンション上がって道中でこけてダウンして、失敗することも多いけどな」

 それを聞いて、チョコは首を傾げる。

「…ん?純自身に拒絶されるというパターンも、ありますよね?」

「いや?あいつは口では言わないし恥ずかしがるが……本音は、いつでも。どうぞ。派だぞ?」

(…あの横暴者変態だった!?)

 粋の言葉にチョコは衝撃を受ける。

(…ま、まさかそんなエッチで淫らなカラーヤだったとは…おまけにやっていることは他者の生活を壊すこととは…もうどうしようもないカラーヤですね)

 チョコの中で、元より低い純の株がさらに下がる。

「…あひゃひゃ!まぁ純がそういうのだから、俺は毎日楽しませてもらってるわけよ」

「…仲がいいんですね」

「まぁそりゃ?夫婦だし」

 その言葉を聞き、チョコは目を見開く。

「…え、そうなんですか?」

「ああ。[染戦]の頃からな、ずっと一緒だ」

「…あ、あんな情勢の頃からこんなことを?」

「…ま、そだな。今ほど高頻度じゃなかったが」

「そ、そうですか…」

(とんでもない変態夫婦です…)

 チョコは純と粋がしょっちゅうくっついている光景を思い浮かべて、若干引いた。

「…あひゃひゃ。まぁ悪かったな。俺は今度こそ純のとこ行ってくっから。じゃあな」

「あ、はい。また後で」

「あひゃひゃ!」

 そんな笑い声を残し、粋は部屋を後にする。

「……」

 残されたチョコはなんとも言えない気分となる。

「……と、とりあえず準備しましょう」

 チョコは純から、毎日[天塔]内の広場に来るように言われているのである。

 いつも、そこで皆と共に一日を始めるからと。

 そのため、チョコはそこへ行く必要がある。 

「……今頃、粋は純・カラーブックの体を…」

 普段着を簡略化したような同色の寝間着を脱ぎながら、チョコはつい変な想像をしてしまう。

「…とりあえず、早く準備を終わらせましょう」

 頭を振って思い浮かべてしまったイメージを振り払い、チョコは普段着の袖に手を通す。

(…今日からこの塔のカラーヤの完全な信用を得ていく必要があるんです。こんなところで戸惑っている場合じゃないです)

 チョコはそう思い、髪を後ろで人結びする。

 それからベッド横のものかけにかけてあった帽子を手に取り、頭に乗せる。

 最後に杖を手に取れば、普段の姿の完成だ。

「……ルパイたちの準備ができるまでに私はここになじみ切る必要があります」

 一定期間が立てば、ルパイたちの方から情報屋を装った仲間がくる手はずになっている。

 チョコはそこから情報を得たというていで、純たちを動かさなければならない。

 そして、それが遅くなれば再び純たちがどこかを襲い、そこのカラーヤの生活が壊されるかもしれない。

 これ以上被害を出さないためにも、チョコは素早く計画を進めていかねばならないのである。

「純・カラーブックだけにとどまらず、粋も、徒花も、その他の子どもたちも」

 全てのカラーヤに受け入れられてもらう。

 そうすれば、計画の第二段階を実行に移すとき、疑念を持たれる可能性は低い。

 これもそう簡単に攻略できない純を確実に陥れるため。

 そのためにも。

「…頑張っていかないと、いけませんよ」

 そう自分に言って、彼は部屋を後にした。


▽ー▽


 その巨躯は、徐々に形作られていく。

 目指すは、最強。

 いかなる攻撃に対しても負けることのない、絶対的かつ圧倒的な力。

 相手にできないことができ、相手を一方的に攻撃でき、相手から一切のダメージを受けない、そんな性質を望まれ、それは少しずつ、そして確実につくられていく。

 多くの[染水]と物質で、様々な性質を発現させられ、最強は生まれるときを待っている。

 その裏に幾多の苦しみを持って。 

 




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