[第一章:純・カラーブック暗殺計画、始動]その6

 中へと入ったチョコたちを迎えたのは、純と同じ修道服を着たカラーヤ…徒花だった。

「ようこそ。チョコ・クッキー・ダヨ」

 作業机を前にし、椅子に座る徒花はチョコを見る。

「…先ほどのことは別の[カラーズハート]の報告で聞いたわ。ごめんなさいね」

 見れば、徒花の傍らには別個体の[カラーズハート]が目を瞑り、静かに浮いている。

 どうやら純の言う通りに、徒花へ連絡を行ったらしい。

「私からも改めて。ごめんね?チョコ」

 純も入り口からみて徒花の左側に側へ歩いていき、言いながら頭を下げる。

 それに続くのは、彼の右側に立つ男…粋だ。

「俺からも、すまねぇな」

 こちらは頭こそ下げなかったが、本当に申し訳なさそうな表情をする。

 チョコはそんなカラーヤたちの謝罪を受け、

「いえいえ、いいんですよ。純のおかげで無事だったし」

 そう、愛想よく返答する。

 確かに散々な目にあったが、ここで怒ってもあまり意味はない。

 寛容な態度で受け答えするのが、最も良いのである。

「誰にもミスはあります。[カラーズハート]は相当数いましたし、伝達ミスぐらいは出るでしょう。無事だったんだから、いいんです。みなさん、気にしないでください」

「そう?ありがとう、チョコ」

「あひゃひゃ!あんがとな!許してくれて!」

 チョコの言葉に、純と粋は笑ってそう言う。

 一方の徒花は、少し無言でチョコを見て後、同じように笑って感謝した。

「それじゃぁ、謝罪関連はここで終わりにしましょう。チョコも許してくれたことだし」

「そうですね」

 チョコは可愛らしく笑い、頷く。

「…じゃぁ、徒花。始めよう?」

「しようぜ?あひゃひゃ!」

「そうね」

 純と粋の言葉に頷き、徒花は立ち上がる。

 そして、改めてチョコを見て、

「…ようこそ。チョコ。私たちのところへ」

『ようこそ!』

 純と粋がぴったりと合った声で言う。

(…正直、歓迎されてもあまり嬉しくはないですけど…)

 とは思いつつも、当然それを口に出すことはない。あくまでも彼は、明るい態度を崩さない。

 それは純に恨みを持つ他の[菓子団]のメンバーには、できないことである。

「チョコ。あなたは純のことを肯定し、協力者としてやってきてくれたわね」

「ええ、そうです。私的に、純のやっていることが、よく思えたので。[色抽出機]」なんてあると、争いごとの種になりますし」

 今現在、[色抽出機]は十分な数をそろえられているわけではない。

 その恩恵にあやかることができるのは、ルパイに関わった一部のカラーヤや[天塔]のみだ。

 当然、そこに嫉妬する者も存在し、攻撃や[色抽出機]の奪取を試みる輩も、ある程度存在している。

 規模は今でこそ小規模だが、やはり一部のみが[無垢染水]で恩恵を得ているという状況は問題だ。そのうちに、情報が広がるごとに規模は大きくなり、いつかは戦争レベルになる可能性すらある。

 そうなれば、[無垢染水]を巡った[染戦]の再来となってしまう。

 だからこそ、それを防ぐためには[色抽出機]を破壊して回るべきなのである。争いの下となるものを取り除けば、問題は起きないのだから。

(…それが、私が掲げる嘘の主張です)

 その内容を、嘘であることは当然伏せながら、チョコは簡易的に純や徒花に話す。

「なるほど。そういう思いで来たわけね。純とは…思ってることは違う感じだけど…」

「そうなんですか?」

「ええ。でもまぁ、協力してくれるなら、それでいいわ」

「そうですか」

 純たちの思想まではチョコは知らない。彼女らは今をダメと言うぐらいで、特に主張をしていないからである。

 それゆえに考えが違ってはいるようだが、徒花は味方が増えるメリットを優先したらしい。

 彼は純の考えについては必要を感じなかったのか特に言わず、

「多少考えは違っても、やることはさほど変わらないしね。…いいわよね、純?」

 徒花の言葉に、純は頷く。

「いいよ、仲間が増えるだけでも嬉しいし。…それに、そういう考えもいいと思うし」

「あひゃひゃ。いいよなぁ、そういうの。平和な方がいいからな」

「粋もそう思ってくれるんだ」

 彼と純は随分と仲のいい様子でそう言いあう。

(まるで恋人…いえ、夫婦みたいですね)

 そんな感想を抱いていると、徒花が話しかけてくる。

「チョコ。仲間になったんだから、今日からこの[天塔]が、あなたの家のようなものよ。私たちはこれからあなたと一緒に、日々を過ごし活動していく」

徒花は続ける。

「あなたには塔の中の一室をあげる。後で純が案内してくれるから、そこは、好きに使ってね」

 そこで純が前に出てチョコに、

「うん。後で、中の案内も兼ねてやるからね」

「ありがとうございます」

 チョコは頭を下げる。

「あ、いいよ。頭なんか下げなくて」

「そうですか?分かりました」

「…うふふ。仲は悪くないみたいね。…まぁそれはともかく、ここについての細かい事とか、普段の活動については後で純から聞いて」

 チョコは、はい、と言いながら頷いた。

「…さて、後は自己紹介かしらね」

 両手を合わせて軽く音を出し、徒花はそう言う。

「せっかくこれから一緒になるんだから、やりましょう」

「うん、そうしよう、徒花」

 純は嬉しそうに彼を見て言った後、再びチョコの方へ視線を戻す。

「じゃぁ、私から自己紹介、改めてさしてもらうね」

 彼女は自身の胸に手を当て、話しだす。

「さっきも名乗ったけど、私は純・カラーブック。…一応、ここのトップではあるよ?」

(…一応って…まぁ、徒花の方がそれっぽさはあるますけど)

 そうチョコが思う中、純は言葉を続ける。

「普段やってるのは、保護した子どもたちと遊ぶこととかだね。後々、チョコも一緒にやることになるかもね」

「そうですか。……ん?」

 ふと、チョコは気になる言葉を感じる。

(子ども、たち…?)

 粋が代わりに自己紹介を始める中、表面上愛想よくし、適当に相槌を打ちながら、チョコは先ほど見た子どものカラーヤを思い出す。

 各地から[色抽出機]の核を奪い取っている連中の本拠地には似つかわしくない存在を。

(…あの娘以外にも、子どもがいる…?)

 先ほどは考えても仕方がないと流した思考が復活してくる。

(…保護と、純・カラーブックは言っていました。しかし…そもそも何故そんなことを?)

 彼女らの活動とそれは、余りにも繋がりがない行為となっている。

 他者の生活を奪うも同義のことをする者たちが、他者の生活を保障する。

 そこには、奇妙な違和感があった。

(…自分たちの子とかではなく、保護した…子どもを…?)

 よくわからず、チョコは内心で首を傾げる。

(…もしかして、保護という名の誘拐とか?…それならまだ、ありえるかもしれません…いやでも、そんな趣味があるという情報は聞いてないですし…)

 純の被害にあった者たちからは、生活を壊されたという話はあっても、子を奪われたと言ったような話を、チョコは聞いたことがない。

 そうなると、誘拐と言う線は怪しい。

(ならば…なぜ子どもがいると…?)

 先の子どものカラーヤの様子を見るに、協力者という風には見えない。

 しかしならば、一体どういうことなのか。

(どうして子どもがいるのでしょうか)

 特に気にすることでもないと最初は思ったものの、実際は気にすべきことだ。

 子どもの存在に、一体どんな意味があると言うのか。

(…やっぱり、考えても分かりません。…まぁ、その疑問は、ここで過ごしていれば分かるはずです)  

 どうせ何かしらロクでもない理由でもあるのだろう。

 そう結論付け、チョコは意識を戻す。

 …丁度そこで、粋の自己紹介が終わったところらしい。

 彼は一歩下がって口を閉じ、徒花の方を見る。

「…最後は私ね」

 言って、徒花は机を離れ、チョコの前にやってくる。

 徒花の背は事務室にいるカラーヤの中では最も高いため、チョコはその顔を見上げる形になる。

「私は徒花よ。純が戦闘と子どもの相手、粋が家事全般と戦闘時の純の輸送と支援なら、私は普段時の物資関連の支援と、事務方と言ったところね」

「そうなんですね。もしかして、ここの[カラーズハート]も全部あなたが?」

「ええ、まぁ。以前[カラーズ商会]にいたことがあってね。その関係でたくさん引き取ったのよ」

「へぇ…っと。最後は私ですね」

 チョコは姿勢を正し、純たちを見る。

「チョコ・クッキー・ダヨです。特定のことが突出しているわけじゃないですけど、いろんなことが、それなりにできます。…これから、よろしくお願いします」

 その言葉に純たちは笑い、頷く。

 事務室が、温かな雰囲気に包まれていく。

 そんな中、徒花が純に目くばせをする。

「…一応、あなたがトップなんだし、締めぐらい、どう?」

 という言葉を添えて。

 純はそれに頷き、チョコの手を取る。

 そして、純粋に嬉しそうな表情で彼に、

「これからは仲間だね。よろしく、チョコ」

「ええ、こちらこそ!」

 先ほどより明るさを意識した表情と声でチョコはそう答える。

(ついに、始まりましたね…)

 純たちに歓迎されたこのとき、計画は開始される。

 多くのカラーヤの生活を壊す、最強であり、最悪のカラーヤ、純・カラーブック。

 そんな彼女を懲らしめるためのものが、この瞬間に。

(まずはここに完全に馴染み、信用されるとこまで、です)


▽―▽


 あれらの正体は、巨大なキャンバスだ。

 …いや、正確には余りに巨大な白い紙だろう。

 その性質を知っているか?

 儂も詳しい事は知らん。だがこれは…夢を描くキャンバスだという話を聞いたことがある。

 噂だって?まぁそう笑ってくれてもいい。確かに、なんの根拠もないからな。

 一応、悠久の時を生きたカラーヤが語ったという話もあるが、これも真偽のほどは定かではない。

 …しかし、儂は思うのだよ。あながち、間違っているわけでもないのかもしれないと。



 そんなことが、彼の父の日記には書かれていた。


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