[第一章:純・カラーブック暗殺計画、始動]その5

「さっきはごめんね。手違いでね…。徒花の指示が、ちゃんと伝わり切ってなかったみたい」

「いや、別に…それなら仕方ないです」

 [カラーズハート]五体との攻防の後、チョコは純と共に歩いていた。

 場所は島の片側にある[天塔]、その下層だ。

 向かっているのはこの塔内にある事務室で、そこで純はチョコへの改めての謝罪、歓迎の二つを行いたいと言っている(他の者たちには別の[カラーズハート]経由で連絡をお願いしていたとのこと)。

 彼女に助けられた彼はそれを承諾し(内心、計画がバレていないことに安堵し)、こうして彼女の跡をついてきているのである。

「逃げ回った後で疲れてるだろうけど…事務室はちょっと遠くて。頑張れる?無理ならもう休んでも構わないけど」

「いえ、大丈夫です。確かに疲労してはいますけど、少しくらいなら」

「そう?なら、ちょっとの間だけだから、頑張って」

「はい」

 そんなちょっとやりとりをしながら二人は進んでいく。

(…これが、純・カラーブックですか…)

 彼女に悪印象を与えないよう、できるだけ明るい、プラスな言葉を選んで返答していたチョコは、彼女を背中からまじまじと見つめる。

(ぱっと見た感じは、いたって普通のカラーヤです) 

 彼は、[菓子団]の[カラーズハート]に見せられた純の絵を思い出す。

 それは大まかな特徴に関しては本人と一致してはいたものの、主に顔が、非常に悪そうに書かれていたのである。

 分かりやすく悪人な、目を吊り上げ、口角を思い切り上げ、にやにやと笑っている、と言った風に。

(多分…相当恨みを持っているカラーヤが描いたんでしょうね)

 そうでもなければ、さすがにあんな絵にならないだろう。悪印象に恨みが上乗せされた結果、ああいう描かれ方をしたようにしか、チョコには思えなかった。

(…それで、実際の純・カラーブックはと言うと…)

 彼は意識を現在に戻す。

 視界の中央には、純の背中があった。

(やや細身の体系で、背丈は私と同じか少し上。恰好は絵の通りの修道服…スリットが描かれてたより上まで入ってますね)

 腰のすぐ下あたりまでスリットは入っており、強めの風が吹けば、すぐにめくりあがりそうである。

(動きやすさ重視でしょうか。それにしても随分と入ってますが)

 そう思いながら、チョコは視線を純の腕で移す。

 修道服は彼女の腕を手首まで覆っており、型の角ばった膨らみと、袖の丸い膨らみがやや目立っている。

 だが、最も目を引くのは、服の先に直結する形ではめられた手袋だろう。

(…なんか、不必要なほど大きい気がします)

 膨らんだ袖口に密着する形で、純の両手には手袋がある。だがそれは、相当に大きく、彼女の顔面ほどもある。指も親指以外は一体となっており、実用性はほとんどないように思える。

(しかもやたらふわふわしてそうな見た目…にも関わらず、これで結構な威力のパンチを繰り出してくるんですよね)

 純の恐ろしいところはそれだ。明らかに殺傷能力のなさそうなその両手で、[カラーズハート]を一撃で倒すこともでき、なんなら壁も粉砕できるらしい。

 なにをしていたらそんなことができるようになるのかは不明だが、とにかく彼女は異常な強さを持つことに変わりはない。

(…さっきの[カラーズハート]から助けてくれたときの動きの正確さと反応速度もありますし…背後からグサッと行くのが無理そうなのは確かですね)

 チョコは自分の武器をちらりと見てそう思う。

 …そこで、ふと気づく。

(助けてくれた…?あの他のカラーヤのことなど顧みない極悪なカラーヤの、純・カラーブックが?)

 [色抽出機]を破壊し、大切な[無垢染水]を実質的に奪うような非道をする彼女が、他のカラーヤを助けることなどあり得るのだろうか。

 そんな疑問が、チョコの中で生まれる。

「…あの、カラーブックさん…」

「あ、純でいいよ。カラーブックだとどっちか分かりづらいし。敬語は合わないし…」

「あ、はい。…それで純、どうして私を助けてくれたんですか?」

 チョコはなんどか気になり、つい尋ねてしまう。

「…それはまぁ、仲間だしね。あんなことになったのもこっちの落ち度だし。それぐらいはね?」

「そうですか…」

 純の返答を聞いて、チョコは思う。

(…仲間だから、ですか。仲間だけには優しい…と。偏ってますねぇ)

 他のカラーヤには酷い事をするくせに、と。

 彼の中の先行する悪印象が、そういう感想を抱かせる。

(私…これからこんなのと一緒なのですか…仲間だけ優遇して、他には酷いカラーヤと。…ですが、それも信用を得、純・カラーブックを罠にかけるまでの辛抱です。それまでは、愛想よくしていましょう)

 そう思いながら、彼は純の跡をついていく。

 …と。

「…ん?」

 ふと、チョコの視界にあるものが映る。

(……子ども?)

 今二人がいるのは、幅の広い、黒い木製の長い廊下だ。直線で先へ続いているそこには、ところどころに扉がある。

 そしてそのうちの一つ、やや奥側の扉が少し開き、赤いショートヘアーの、小さな頭と、大きな肩当が覗いていた。

「……」

 チョコのことを見つめるその瞳は、見る者に幼さを感じさせる。

(この様子…子どもでしょうか)

 黙って、やや震えながら顔を覗かせるその様子を見て、チョコはそう思う。

 カラーヤは、生まれた時点で背丈はだいたい決まっており、年月によって多少伸びるが、それでもあまり大きな差はでない(土と[染水]の空間が時間経過で僅かに広がり、伸びたように見えるだけだ)。

 そのため、精神年齢は放つ雰囲気で判断する他ない。

 しかし、チョコが一目見て子どもと思ったのは、その雰囲気の判断だけではない。

(私の背丈の、半分程度の…カラーヤ。随分と小さいですね)

 カラーヤは不都合が少ないよう、最低でもチョコより少し小さいぐらいの身長で生まれることとなる(親のカラーヤが、そのように土を成形している)。

 だが、チョコの視線の先にいるカラーヤは、やたらと背が小さい。

 特にそうするメリットもない以上、こんな大きさがあり得るとすると、

([染戦]後に…少ない[無垢染水]を集めて、どうにかつくった子どもなんでしょうか…)

 そう思いながら、チョコはカラーヤの子作りの仕方を軽く思い出す。

(両親がお互いの[染水]を混ぜたものを用意し、それを[無垢染水]で増やして、かたどった土に染み込ませる…)

 そうして子どものカラーヤは誕生するわけだが、その際に[無垢染水]が足りなければ、大きさを小さくせざるを得ない。足りない状態で平均かそれ以上の大きさにしようとすれば、[カラーズハート]のように思考力などが不足する恐れがあるからだ(稀にそれを望む者もいるが)。

 そういう事情で、視界内のカラーヤは生まれたのだろう。

「しかし…なぜこんなところに…」

 純のところに、どういった理由があってそんなカラーヤがいるのか。

 その疑問を、思わず発してしまったチョコに、純が答える。

「…あ、アカミはここで保護してるの。また後で紹介するから、今は気にしないでいいよ」

 言って、純は足早に子どものカラーヤに駆け寄り、何かを話して扉の奥へと引っ込ませる。

「…?保護?」

 その様子を見ながら、チョコは首を傾げる。

(そんな話…聞いてないですけど……)

 …と、そこで純が呼ぶ。チョコはそれによって思考を中断し、彼女の方を見る。

「チョコ!こっちだよ!」

 少し先で手招きする彼女の前には、右側への曲がり角がある。

 チョコはその声に返事し、小走りで合流する。

「疲れてるのに歩かせてごめんね。ほら、もうそこだから」

 二人が角を曲がると、そこには扉がある。

 両開きの扉で、上には事務室と、白の下地の上に黒で書いてある。

「それじゃぁ、行こ?」

「そうですね」

 頷き、チョコは扉の方へゆっくりと歩き出す。

(ここに入ってしまえば…私はここの一員になる)

 彼は思い出す。[菓子団]の皆と…ルパイと話した計画のことを。

(そしたら計画の第一段階がスタートする)

 チョコは、純のことを改めてみる。

(そう遠くないうちに、彼女を懲らしめるために…頑張りましょう)

 そうして気を引き締め、彼は純と共に事務室へと足を踏み入れた。

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