[第一章:純・カラーブック暗殺計画、始動]その4

(まさか、計画がバレたのですか…!?)

 チョコは走っていた。場所は、純たちの[天塔]がある島の端だ。

 この島は大きく、横に長い。[天塔]はその片側にあり、もう片方には森と、海岸が存在する。

 そんな島の周囲には多数の、防衛用の[カラーズハート]がおり、その多くはチョコを新たな仲間と判断し、歓迎している様子だった。

 だからこそ、チョコは上手くいっていると安心しきり、[天塔]に向かって、島の森を進んでいたのである。

…だがそこで、数体の[カラーズハート]が襲い掛かってきた。

どうにか初手でやられることを避けた彼は今、勝手の分からない森の中を逃げ続けているのである。

(島に入る前に落とさなかったのは…生け捕りにして情報を聞き出すためですか…!)

 彼はこの島に、[カラードラ]という大戦時に作られた小型の飛行兵器に乗り、空からやってきた。

 今現在、棒状の胴体に四枚翼のそれは島沿岸の発着場にあり、距離は遠い。

 再びそれに乗って逃げることもできず(そもそもグライダーに近いもののため地上からでは突風でも吹いていない限り飛びたつのは難しいが)、彼は森の中を走り回っている。

 できることならどこかに身を隠したいところだが、あいにくそう言ったところはなく、それなりの間隔で木が並んでいるだけだ。

 しかも、一か所に身を潜めていると、地理を知り尽くした[カラーズハート]がすぐに見つけてくるため、もはや逃げるしかない(戦闘は少しならできるが、元々それ用につくられた[カラーズハート]複数に勝てるほど彼は強くない)。

 …一応、チョコは足もそれなりには早かったため、今はまだ捕まってはいなかった。

(…もし、計画がバレているなら、私は完全包囲されているということになります…)

 純を包囲して集中攻撃を浴びせる計画の初手で、その実行者が包囲からの集中攻撃をされるなど、洒落にもならない。

 なんとしても、チョコはこの事態を乗り越えなけれならないのである。

 でなければ、仲間たち…被害者の思いを受け、正しい事をしにきた意味がなくなる。

(…とりあえず、なんとか[カラーズハート]から…!)

 そう思ったときだ。

[敵。発見]

 木々の影から、一人の[カラーズハート]がいきなり現れる。

 右手にはカードが掴まれていて、無言での主張を行っている。

「!」

[排除]

 素早く手に持つカードを、背中に刺さっているものと取り替えて言外に言った後、[カラーズハート]は動く。

 腰回りから背後にかけてついている外装を、勢いよく木々に押し付けたのだ。

 瞬間。

「…反発の、組み合わせ!」

 [カラーズハート]の外装と、木の接触面。そこに、接触の瞬間に急激な力が生じる。

 それは他の物体の接近を拒絶する、反発の性質だ。

 これもまた[染水]の性質で、鉄にマゼンダの[染水]の組み合わせを行ったものとなる。

[開始]

 カードが掲げられると同時、[カラーズハート]は反発力によって、加速する。

 外装の別の部位による反発で地面から浮くその身は、チョコへと一気に迫ってくる。

「…このぉ!」

 逃げられないと思った彼がとったのは、一つの行動だった。

「ふんっ…!」

 両手に握られた杖。漆黒に染め上げられ、先端が欠けた三日月型をしたそれを、チョコは真正面に突き出した。

「!?」

 そこに、[カラーズハート]は正面から衝突する。

 当たった杖は、石と黒の[染水]の組み合わせによる、[天塔]に匹敵する高い硬性を持つ。そのため折れることはなく、それを額に直撃させた[カラーズハート]はチョコを勢いで転倒させつつ、自身もそれによって軌道がそれ、宙で一回転し、その先の木に突っ込んでしまう。

[…困る]

 そのカードを掲げて言外に言いつつ、枝の間でじたばたする[カラーズハート]。

 起き上がったチョコはそれを見て、これ幸いとすぐに走り出す。

「…どうにか、どうにかしないと…」

(ですが、どうします…?もう場所は良く分からない…[カラードラ]に戻っても風はないから逃げようがな…)

 と。

「![カラーズハート]が…!」

 進行方向の木々の隙間から、一人がぬっと顔を出す。

 それを見るが早いか別方向へチョコは走るが、その先でもまた同じ顔。

 さらに別方向へ走っても、またしても[カラーズハート]が出てくる。

[発見]

[発見]

[発見]

 次々とカードが掲げられ、追手の[カラーズハート]計五人が、チョコの周囲に次々と現れる。

 そして彼女らは、反発力を活かして高速で移動し、チョコを素早く、確実に包囲していく。

「こっちは…ダメ。…こっちも、ダメ!?…やっぱりこっちもですか…!」

 足が向く方に、常に追手がいる。

 その状況にチョコが焦っていると、いつのまにやら[カラーズハート]五人が彼の至近距離に浮いていた。

「…これは…」

[排除]

[排除]

[排除]

[排除]

[排除]

 波のようにカードが掲げられ、言外の言葉が発せられる。

 その無言の圧力に、チョコは圧倒されてしまう。

「…まさか…もう終わりだと…」

(まだ、まだ…終わるわけにはいかないのに…)

 その思いなど知らず、[カラーズハート]たちはカードを背中に戻し、チョコへと迫ってくる。

 目的はカードに書かれていた通りの、チョコの排除であろう。

 この島に潜り込んだ不審者を、消そうと言うのである。

「…こんな」

 [カラーズハート]たちは迫る。

「…こんな…」

 全員の両手が、手刀として胸の前に持ってこられる。

「…ダメですよ…」

 無表情な五つが、チョコの身を狙う。

「私は…まだ、正しい事をしてないのに…ダメです…」

 チョコは思う。

 最悪な極悪人、純・カラーブックの打倒を望んだ、[菓子団]の仲間たちのことを。

 純を憎み、怒る被害者たちのことを。

「…こんなはじめもはじめで終わるのは…ないですよぉぉぉぉぉ!」

 [カラーズハート]たちが動く。同時に十の手刀が、杖しか武器のないチョコへ四方から殺到する。

(こんなのぉぉぉぉぉぉ)

 そうして、彼は無残に貫かれる…そのはずだった。

「ダメだよ、みんな」

 瞬間。誰かが、来た。

『!?』

 それを見た[カラーズハート]たちが驚愕し、目を見開く。

 だが、手刀は止まらない。勢いのまま迫る。

 …故に、彼女は動く。

 チョコに抱き着き、その身を自分の動きに合わせて、動かす。

「!?」

 彼がそれに驚く直後、六の手刀が、攻撃対象の急な動きにより空を切る。

 ならば、残りの四つはチョコの身に当たったのか。

 …その答えは、否である。

 なぜならば。

「…両腕で!?」

 黒の修道服に包まれた両の腕が、二つを弾き、残りは手首を掴んで止めていた。

「…このカラーヤは、私の仲間だよ」

「…それは…!?」

 チョコが言う前に、現れた彼女は彼を抱えて地を蹴る。

 跳躍だ。チョコを抱えたまま、彼女は宙を舞う。そして、近くの木の上に華麗に降り立つ。

「…大丈夫?チョコ?」

「……」

 [カラーズハート]たちが見上げる中、彼女は腕の中のチョコに問う。

 それを受けた彼は空の光で影になる彼女の顔を見る。

「あなたは…」

「私?私は…」

 と、そこで少しバランスを崩しかけ、彼女はチョコを抱えなおす。

 それにより、顔の角度が変わり、その顔が照らされ…チョコは息を飲む。

「私はね…」

 彼女はそんなチョコの反応には気づかず、その名を発する。

「純・カラーブックだよ」

 満面の、優し気な笑顔を浮かべて。

(なんて…明るい…)

 それが、極悪人のはずの純に対してチョコが最初に抱いた、純粋な感想だった。


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