[第一章:純・カラーブック暗殺計画、始動]その3
「今日、私たちの新しい仲間が来るんだね」
椅子に座り、純はそう言った。
場所は少し広めの、木製の事務室だ。奥には作業用の大机があり、そこには一人のカラーヤが座っている。そして純は、そちらから右前にある椅子に座っているのだった。
「…そうね。最初の手紙を貰って一週間。純の手書きでの許可の手紙を送って五日。最初の手紙に書いてあった通り、許可は出したんだから予定通りに今日ね」
そう言うのは、大机のカラーヤだ。
彼は純よりも大きくてスリットがなく、蒼いラインの入った修道服を着ており、ウィンプルの下の顔は、非常に艶やかだ。
「楽しみだね、徒花(つれはな)」
「…そうね、純」
かなり高めの声で徒花は答え、自身の横に置かれた数枚の書類を見る。
それらは純たちの[天塔]の防衛や、そこにいるある者たちに関連したものだ。
「…純。まだ子供たちにつくる絵本とかの素材は不足してない?」
「うん。今はまだあるよ」
言って純は、徒花を見る。
「…でもやっぱり、物資は早めに確保した方がいいかな?」
「そうね。[無垢染水]の一部場所以外での入手困難化で、産業はほとんど停止。だから、新たな物資の入手は既存品のみからできて、それには数の限りがある。新規生産が難しい以上、その在庫が尽きたら終わり。だから、欲しかったら早め早めの確保が重要ね」
徒花は書類を見ながら純にちらりと視線を寄こし、そう言う。
「…だったら、お願いしようかな?私、戦闘と子どもの相手とかは得意だけど、それ以外は基本あんまりだし」
「そうね、分かったわ。あなたは各地から[色抽出機]を、回収班ありきとはいえほぼ単身破壊し、核を奪っている。十分頑張っているもの。支援者として、それ以外のところはやらせてもらうわ」
徒花は書類を横に置き、純の顔を見て、笑いかける。
「うん、ありがとう」
そう言って、純は椅子から立ち上がる。
「…迎えに行くのかしら?」
「うん。一応、私ここのトップだし…どんなカラーヤなのか見ておきたいし」
純は体を部屋の出入り口へ向けつつ、徒花に振り返って言う。
「それで終わったら、この[天塔]の案内とか、みんなの紹介とかいろいろするね」
「…そう。[天塔]の案内は結構時間かかるけど…まぁ、今は他の[色抽出機]の情報もないし、自由にしていい時間ね。行ってらっしゃい」
「うん、それじゃぁ…」
純はそう言い、出入り口の扉を開け、部屋を出て行こうとする。
…と。
「あ、[色抽出機]の情報が入ってきたら、すぐ教えてね。そしたらすぐに動くから」
「分かっているわ。[カラーズハート]とかに行かせるわよ。その時は」
「うん、ありがとう」
そこで徒花は、今度こそ部屋を出ようとする純の背に、声をかける。
「…の日々はどう……?」
「…うん。嬉しいよ」
「そう」
「じゃぁ」
その言葉と共に開いていた両開きの扉を閉め、純は歩き出す。
繋がっているのは、黒く表面処理された四角の廊下だ。
彼女はそこを、[天塔]の外へと繋がる道へ向かって進んでいく。
(…私たちに協力してくれる、新しい仲間。どんなカラーヤなのかな)
歩きながら純が思い出すのは、一週間前に送られてきた手紙だ。
そこには純たちの行動に賛同し、ぜひ仲間に加えてほしいという旨と、許可の手紙を返してくれるなら一週間後に来るということが記載されていたのである。
(…私の行動を良いって言ってくれるなんて…ちょっと嬉しいかも)
そう思いつつ、純はさらに手紙の内容を思い返す。
「…確か、二人来るって話だったよね。えっと名前は…そう。チョコとミラ」
純と背丈が同じ前者と、小さめの後者。その二人のカラーヤが今日、[天塔]の外側にある発着場へとやってくる。
「…[カラーズハート]たちには徒花がちゃんと指示出してるはずだし、うっかり攻撃したりしないはずだよね」
(…だって[カラーズハート]は、命令に従順にできてるもんね)
純や徒花、はてはルパイなどもそばに置いている[カラーズハート]。
彼女らは、以前の大戦時、大量に生産された兵器の一つだ。
型を取った土に[染水]を染み込ませるという、カラーヤの生まれ方を研究して生まれた彼女らは、カラーヤに近いが同じではない、疑似カラーヤとして扱われる。
その理由は、通常のカラーヤの大きさに対し、誕生時に使う[染水]を意図的に少し減らすことにより、生物となるという性質をやや不完全に発現させたことで、自意識が薄かったり、思考が弱かったりする傾向があるためだ。
その結果、[カラーズハート]たちは主人には基本的に従順なのである。
逆らう気がなかったり、そんなことを考える頭がなかったりするために、だ。
そんな彼女らの販売元は[カラーズ商会]という商業組織で、戦時中は生産コストの安さから粗製乱造され(戦闘用の外装はともかく、本体は多少雑でも従順さに影響はない)、相当数が市場に出回り、今に至っている。
大戦が終わった今でも彼女らがそのまま使われているのは、一応カラーヤの系統に属するもの故に、基本的には生きるのに特に何も消費しないことと、従順さゆえに結構便利だからである。
命令の範囲でしか行動も思考もほぼできないが、逆にそれさえ与えれば勝手に動いてくれる以上、その価値は戦わなくなっても高い。
[無垢染水]の入手困難化で新たに生産されることもなくなったため、その価値はそれなりに上がっていた。
「大丈夫なはずだよね。とにかく、早く行こうかな」
そう言って純は新たな仲間を迎えるために走り出そうとする。
…と。
「…おぉい、純!」
「?」
別のカラーヤの声が、彼女の進行方向上から聞こえてくる。
それに反応した彼女が見てみれば、その視線の先には一人のカラーヤが立っていた。
「粋!」
純が名を呼んだカラーヤの名は粋・カラーブック。彼女の夫である。
見た目は頭の紫のモヒカンが目立ち、その下はノースリーブで丈の短いコートで覆われていた。
「どうしたの?急に…あ。もしかしてまた私に…」
「あひゃっひゃ!ちげぇちげぇ。確かに?俺はお前の体触るのは好きだがな」
(…特に口では言えないようなところを触りたがるし…)
純は粋を見て、いつもの彼を思い出しつつそう思う。
自分の体を触り、あひゃあひゃと笑う様子を。
…が、彼の今しがたの発言を思い出して首を振り、気を取り直して聞く。
「…粋。触りたいんじゃなかったら、どうしたの?」
「ああ。今日、新しい仲間が来るよなぁ?純?」
「それが?迎えに行こうと思ってたんだけど」
首を傾げながらそう言う純に、粋は神妙な面持ちになる。
「どうしたの?」
「…ああ。今、その仲間が」
「…」
純は、普段ふざけた態度ばかりの粋がそんな様子を見せていることから、嫌な予感がする。
…そしてそれは、的中する。
「…今その仲間が襲われてやがるぜ…[カラーズハート]の一部に…!」
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