[第一章:純・カラーブック暗殺計画、始動]その2

「…まさか、純・カラーブックのところに味方を装って潜り込む羽目になるとは…」

 服を畳ながら、チョコはそう呟いた。

 彼がいるのは、入り口から奥に向かって長い、太めの長方形型の部屋だ。

 右側には箪笥や作業用の机や椅子があり、左側にはチョコ一人分が寝られるサイズのベッドがある。

 それらは部屋の最奥にある逆三角型の大きな窓から注ぐ外からの光と、天井からの光を受けて僅かに光っている。

 …そんなここは、チョコの自室であった。

「…まぁ、詳しく説明を聞いたら分かりましたけどね。…理由は純・カラーブックのこれまでの戦績にある」

 彼はルパイの話を思い出す。

 純・カラーブックが今まで、多少のサポートは有りつつも、基本的には単身各地へ侵入してきたことを、だ。

「…たとえ幾ら追手が来ても、一人で排除し、すぐに去っていく。彼女はそれを既に四回も行っているとのことです…」

(…ちょっと強すぎませんか?)

 そもそも、狙いである[色抽出機]の核自体が大きく、かさばる。

 こんなハンデがあるような状態で、多数の追手全てを軽くいなし、脱出するというのを繰り返してきたらしいのである。

「…当人の素の身体能力の高さもさることながら、判断の速さ、的確さ、優れた反応速度、冷静さなど。純・カラーブックの能力上の長所を上げたらキリがありませんね」

 そんな化け物じみたカラーヤを殺そうというのが、今回の計画である。

 だからこそ、ルパイはそのために計画を細かく練っており、最終的に決まったのが、全三段階での計画である。

 チョコはその第一、第二の段階に関わるカラーヤとして、ルパイに呼ばれたのだ。

「…純・カラーブックの味方を装い、彼女を信用させたのち、完全包囲のために彼女をある場所へ誘導する。それが私のやることですね」

 純は異常なほど強い。おそらく、不意打ち程度じゃ暗殺できないほどに。

 もしそうならば、もうとっくの昔に死ぬかそれに近い事にはなっているだろう。

 故に、生半可なことでは殺せないと判断され、彼女を逃げ場名がない場所で、圧倒的な戦力差を以て、確実に抹殺することが選択されたのである(なお、チョコによる潜入からの暗殺も成功率が低いと考えられ、しないように言い含められている)。

「…それでももしかしたら、強すぎるために殺しきれないかもしれませんけど…むしろその方がいいですね。瀕死の重傷を負えば、生き延びても二度とあんな蛮行はしなくなるでしょうし。いい薬になります」

 そうなるのが正しいと思いながら、チョコはカバンに服などの身の回りの物を入れる。

 今日はこれから、計画の第一段階の遂行のため、この家を出るのである。

「[菓子団]…カラーヤの豊かな暮らしを求める組織の一員として」

 言って、彼はカバンの口を占める。

 そして、忘れ物がないか確認したのち、玄関に立てかけてある杖を手に取る。

「…それじゃぁ、行きましょうか」

 そう言ってチョコは玄関の扉を開け、外に出る。

 繋がっているのは、彼の部屋がある集合住宅の廊下だ。

 彼はそこを小走りで進み、突き当りにある階段を使い、一階へと下りる。

 その先はすぐに、住宅の敷地を囲う塀と、町へと繋がる出口である。

「…えっと場所は…」

 言いながら、彼は町へと足を踏み入れる。

 周囲に広がっているのは、背の低めの家々や作業用の工房などだ。

 頭上から注ぐ橙色に照らされ、それらは温かい光を放っている。

 そしてその中では幾人ものカラーヤが談笑したり、作業に勤しんでいたりした。

 チョコは目的地へと向かって歩く中、その光景を見て苦笑する。

「…いいですね、ここは。[色抽出機]で[無垢染水]があって。…私が前いたところは酷かったです」

 言いながら彼は思い出す。以前いた、[無垢染水]が全く手に入らなくなり、多くのことができなくなった、町のことを。

「……あそこでは、まだ家族はいましたが…」

 それだけは、彼にとって幸せなことではあった。

 しかし、それはすぐに、[無垢染水]がないことによって消えてしまうことになった。

「…体内の[染水]がなくなって、自然死してしまった…」

 カラーヤ。[染水]で成り立つ彼らは、生きるためには基本的に、外部から栄養などを得る必要はない。その代わり、生まれた時に体内にある[染水]を消費することで生きていくのである。

 …が、その寿命は決して長くはない。チョコや純ぐらいの大きさ(平均的なサイズ)のカラーヤでは、基本十年前後で、どんなに長くても二十数年が限度である。

「それを伸ばそうと思ったら…自分のものと色がほぼ同じ色の[染水]を摂取するしかない…」

 カラーヤはそうすれば、保有する[染水]が増え、より長く生きるのだ(違う色では体が拒絶して吐き出してしまう)。

 とは言っても、この世界には[染水]が溢れている割には、特定の色を上手く入手するのはそう簡単な話ではない。[染水]の色はあまりにもその種類が多いために。

 そのため、基本的には現実的ではない。

「…ですが、[無垢染水]があれば…」

 その性質を活かせば、摂取することで体内の[染水]を増やすことができるのだ。

「…それができていれば、私の両親も[染水]の枯渇で死ぬことはなかった…だから」

 この、[無垢染水]がやや少ないながらも入手できる場所は、良いところだとチョコは思うのである。

「…それを実現させたルパイは、やはり凄いです」

 尊敬に値する。そんな、誰にとってもよくて、正しいことを。

 彼に近づきたい。そんな思いもあって、彼は[菓子団]の一員となったのだ。

「…そうである以上、頑張りましょう」

 言って、彼は町の一角にある大きなアーチをくぐる。

 その先、少し進んでいったところにあるのは、長めのトンネルだ。

 チョコは少し暗いそこを小走りで通り、奥にある光へと近づいていく。

(ここを出れば、この[天塔]の外です…!)

 そう思っているうちに、彼はトンネルの外へ出る。

「…さて。ここともしばらくお別れになりますね」

 少し先にある施設を見た彼はそう言い、立ち止まって、後ろを振り返る。

 そうして彼の視界に入ったのは、高くそびえたつ漆黒の壁だ。

「…二年ずっと過ごした、[天塔]とも」

 [天塔]。それは、島が多く巨大な陸地が少ないこの世界において、既存の陸地を最大限活用するためにつくられるようになった、巨大な円柱型の建物だ。

 内部には彼の家周辺のような町があり、産業が営まれる場所があり、娯楽施設があり、教育を行う施設もある。

 それらを内包し、漆黒の塔は先が見えないほど、天高くそびえたっているのである。

「…これからは…純・カラーブックとその仲間がいる[天塔]で、ですか」

 これからチョコは、純の支援者である、徒花なるカラーヤの手勢により硬い守りがある、遠くの島へと赴く。

 味方を装い、彼女を騙しにいく。

 そのためには、しばらくこの島と塔とはお別れである。

「…さてと…」

 チョコは[天塔]から視線を離し、それが立つ島の端へと歩いていく。

 その先にあるのは、別の島へと飛ぶための移動手段が整備された、小さな空港とも呼ぶべきもの。

 彼はそこへと向かっていく。

「…すぐに、すぐにです」

 空の輝きに照らされる中、彼は進む。

 そして、呟く。

「純・カラーブック…。行きますよ、あなたのところへ」

 正しい事のために、と。





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