[第一章:純・カラーブック暗殺計画、始動]その1

 [染水(そめみず)]。それは、この世界の大半を構成する色付きの液体、絵の具とも呼ぶべきものである。

 島に建てられた塔や、かつての大戦の兵器である[カラーズハート]。その他、純・カラーブックなどの人物。

 それら全てが、[染水]によって構築されている。

 これがなされているのは、ひとえに[染水]の特殊性にある。…それは、他物質に染み込むことによって、その物質の種類と[染水]の色によって様々な性質を発現するということである。

 例を挙げれば、黒の[染水]を石材に染み込ませると、黒く染まったうえで、高い硬性を得るなどだ。

 …そんな[染水]によって多くはつくられ、存在している。

 そしてその筆頭こそ、純のような[染水]でできた生き物、カラーヤであった。


▽―▽


「純・カラーブック…暗殺計画?」

 その日、所属する組織のトップから呼び出された彼に持ちかけられたのは、そんな話だった。

「…それは、どういうことです?」

 高い声の少年の言葉に、男は頷く。

「…そういうことだ」

 場所は、木製の円形ホール。

 そこで、二人は複数のカラーヤに見守られながら話していた。

(今朝呼び出されてここに来て。…そして純・カラーブックの近況を聞かされたのは、その計画のためと)

 そう思う彼の名はチョコ。チョコ・クッキー・ダヨである。

 見た目は完全に少女のそれで、恰好は青緑で三角の切れ目が目立つワンピースに、尖った帽子、そして削られた鍔の後ろから黒髪を伸ばしている。

 そんな見た目の彼は、目の前にいる男性、アップ・ルパイが組織した、[菓子団]という集団の一員だ。

 チョコは今まで、周囲にいる他のカラーヤ同様、ルパイに誘われてその仲間となり、日々活動してきたのである。

 その行いからルパイを信頼し、凄いカラーヤだと尊敬しているがために、だ。

「…純・カラーブックの、暗殺。ですか…。確かに、彼女の行為は目に余るどころの話ではありません」

 そう言いながら、チョコは思う。

(今まで[菓子団]として活動する中でも、いろいろな悪い噂を聞いてきました。それに先ほど)

 彼は視線をちらりと横に向ける。

 そこには一人の[カラーズハート]がいる。この世界で相当数流通するものと全く同じ形状の彼女は今、複数枚の絵をまとめ、片づけている最中だ。

 チョコはその絵の中の一枚、修道服姿の少女が描かれた絵を見る。

(あの紙芝居とルパイの説明で、純・カラーブックの具体的な行為を知りましたね)

 各地で例の物を奪い続けているということを。

「チョコ、分かっているか?純・カラーブックの行為の意味が」

 彼の目の前に立つ、露出の多い黒インナーに段差のあるコートを来たルパイは、チョコに確認する。

「私たちカラーヤの生活に、多大なる害を及ぼすということでしょう?全ての産業で使われる、[無垢染水(むくのそめみず)]の生産機を壊し、その核を奪うのですから」

 この世界では多くのカラーヤが、[染水]の性質を利用した様々な産業を営んでいる。

 その中で最も重要な存在なのが、無色の[染水]、[無垢染水]だ。

 例外的に、他の物質と結びついても何の性質も表さないこれは、代わりにある性質を持っている。

 それは…。

(色付きの[染水]と混ぜることで、同色に染まり、実質的にその量を増やせるという性質です)

 これによって、溢れている割には特定の色を入手するのは困難な[染水]の中でも必要な色のものだけを増やし、産業に必要な素材を確保できる。

 だからこそ、[無垢染水]は最も重要なものとなっていた。

(まぁ…それだけが、[無垢染水]の重要性を決定づけるわけじゃない…むしろ、もう一つの方が、大事です)

 純が各地で行動を繰り返す理由もそこにある。

 そうチョコが思う中、ルパイがふと言う。

「…しかし、十年程度前までは純・カラーブックの行動など無意味…どころか、そもそもなかっただろう」

「…そうですね。今も[染雨]が降っていれば…[染逆鉾]が残っていたのなら、こんなことにはなっていなかった」

(…あの大戦、[染戦]の原因となった崩壊がなければ)

 そう思い、チョコは部屋の窓から外を見る。

「…今、あの空には何もないですね」

「ああ」

 窓の外、広がっているのは昼を示す明るい空だ。

 僅かな雲に覆われ、輝く天空は、どこまでも続いてる。

 …だが、そこにはあるものが足りていなかった。それこそが、

「[染逆鉾]。空にあった逆さの鉾」

 かつて、この世界の空には[無垢染水]を雨として降らせる巨大な鉾、[染逆鉾]があった。

 古代のカラーヤの遺産とも言われるそれは、遥か天空に幾つも浮遊し、島のある地上へ文字通りの恵みの雨をもたらしていたのである。そしてカラーヤ達はそれを元に、日々の生活を続けていたのだ。

 …だが、それはもうない。

(二十年前のあるときから、少しずつ、少しずつ壊れていってしまった)

 経年劣化なのか。それ以外なのか。原因は不明だが、三桁に達する数の[染逆鉾]は徐々に壊れていった。

 それにより[染雨]の回数は下がり、[無垢染水]の入手量は一気に減っていき、多くのカラーヤが困窮することとなった。

(…だからこそ、残りの[染逆鉾]を巡って、大戦は起きた)

 [無垢染水]の重要性故に、多くのカラーヤが争った戦いこそ、[染戦]。

 そしてそれは結局、全ての[染逆鉾]の自然消滅によって、幕を閉じたのだった。

「…大戦は終結し、[染逆鉾]はなくなり、[無垢染水]は入手困難となりましたね」

「…だが、だ」

 チョコの言葉に、ルパイは言う。

「俺たちは努力した。知っているだろう?」

「ええ、ルパイたちは、カラーヤの生活を元通りにし、維持することを目的とする[菓子団]として、[無垢染水]確保のために頑張った。その成果こそが…」

 ルパイは頷き、言葉を続ける。

「[色抽出機]だ。これがあれば以前ほどではないが、それに近い状態でカラーヤは豊かに暮らせる。[無垢染水]を生産できるのだからな」

 そう。今世界にはそれが、数は少なめながら広がっている。

 それによって大戦を生き延びた多くのカラーヤ達は今も戦前に近い暮らしを続けられているのであった。

「…ええ、それは本当にいい事です。ルパイたちの行動は正義ですよ」

 チョコは、ルパイを尊敬の念を持って見る。その念故に、側近の立ち位置まで迫った、相手を。

(本当、ルパイは凄いカラーヤです)

 素晴らしいカラーヤだと、チョコは思う。

 そういう思いを持ったからこそ、路頭に迷った自分を拾ったくれた彼に、その後も自ら協力していたのである。

(…そんなルパイに比べて、ですよ)

 純・カラーブックの蛮行は許されるものではないと、チョコは思う。

 せっかく回復した暮らしの水準を下げるようなことを幾度となく行い続ける。

 それが、どれだけ酷く、愚かで、勝手なことなのか。

(…[無垢染水]がなくなることが、どれだけ私たちにとってつらい事か…)

 チョコは思う。その枯渇で起きた、自分の過去を。

 だからこそ、[無垢染水]がある今を良しと、それを否定し壊そうとする純に、彼は怒りを覚える。

 そしてそれは、この場にいてチョコたちを見守っているカラーヤ達も、持っている思いだ。

「…純・カラーブックは止まらない。この二年間、ひたすら好き放題に多くのカラーヤに害を与えてきた。だからこそ…もはや無視できず、放置するなどあり得ないからこそ…」

 募った恨みと怒りが今、純を殺す計画を立てることに繋がったのだと、ルパイは言う。

「…暮らしを維持する[菓子団]としても、純・カラーブックの蛮行は無視できない。故に、計画を発動する」

「そうですね」

 チョコはルパイを見て、彼の発言にほぼ完全に同意する。

 殺すのは少しやりすぎとは思うものの、純を相当に痛めつけて止めさせるべきとも思うのだ。

(そうすることが、正しい事です。正義なんですよ。擁護しようのない悪事を働く彼女は…)

 チョコはルパイに目を合わせて、言う。

「…懲らしめるべきです」

「そうだな。…チョコ」

 ルパイはチョコと目を合わせる。

「君はあらゆることが満遍なくできる。もし参加してくれるなら、非常に頼りになる」

 そうルパイが言う通り、チョコは非常に器用で、多種多様な技能を持つ。

 特定分野に特化したものには遠く及ばないが、代わりに大抵のことはそつなくこなすことができるのである。

 それは勿論、計画に役立つ。

 ルパイはそれを十分理解してることために彼へと手を伸ばす。

「…どうだ、計画に、参加してくれるか」

 その言葉に、チョコは強く頷き、手を差し出す。

「勿論です。私も菓子団の一員として、純・カラーブック暗殺計画。参加しましょう」

「ありがとう、チョコ」

 その言葉と同時に二人は手を握り合った。

「頑張るよ、チョコ!」

「やるでぇ!あの野郎を!」

「私たちの生活を脅かす純・カラーブックを、倒すのよ!」

 そういうのは、先ほどからチョコたちを見守っていたカラーヤたちだ。

 彼女らはいづれも、純によって害を受けたり、その様子を目の当たりにしたりしている。

 中には、彼女の行為で一時は生活できなくなったものさえいる。

 そんな事情故に、彼女らの純への怒りと憎しみは強かった。

「…さて。それでは君にはさっそく準備してもらうおうか」

 手をほどいたのち、ルパイはそう言う。

「君には、計画の内重要な役割がある」

「重要な…?」

(なんでしょう、それは)

 そう思うチョコに、周囲のカラーヤから期待の声がかけられる。

 どうやら、他のカラーヤ達はチョコが計画に参加した場合、どういう役割を担うのかを、ルパイから既に聞かされているようだ。

「頑張ってぇ!」

「成功のカギは、あなたが握ってるのよ!」

「…。ルパイ、そこまで重要な役割とは一体…」

 チョコは周囲の反応を見た後、ルパイを見てそう問う。

 それに彼は頷き、答える。

「君には…純・カラーブックの新たな仲間として、潜入してもらおう」

「……え?」

 チョコは思わず変な声を出してしまった。


▽ー▽


……」

 暗い部屋で、少年は椅子に座っていた。

「…」

 彼は何も喋らない。虚ろな目で、ただ虚空を見つめている。

 カラーヤゆえに呼吸することもなく、黄緑のツインテールは静止し、静寂と共にあり続けていた。

「…」

 暗闇の一角を見てみれば、そこにはあるものが落ちている。

 それは、巨大な筆だ。

 どうやら椅子のあたりから転がってきたらしいそれは、先端に黄緑の[染水(そめみず)]らしきものを付着させている。

「……」

 狭く、暗く、静か。彼はそんな場所に、今はいた。



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