C3〈からー・からー・きゃんばす〉

結芽月

プロローグ

 巨大な箱を右手に持ち、少女は走っていた。

「…」

 そこは、黒く巨大な塔の中だ。

 高さは頂が見えないほどあり、どこまでも続いているようにすら見える。また、塔の横幅も高さほどではないが相当にあり、土台となる巨大な島の面積、その六割に達するほどある。

 そんな、あまりに巨大な建造物の内部には街並みが広がっており、そのうちの下部にあたる部分の長く広い路地を、彼女は走っていた。

「結構来てるね…」

 長い銀髪をウィンプルから覗かせ、透けたような薄い色の肌の彼女は視線を後ろへとやる。

 その先にいるのは、多種多様な髪を持つ者たちと、それに付き従った、無言かつ真顔で彼女を追ってくる同じ顔の四人の少女たちだ。

「逃がすな!あの大罪人を、なんとしても捕まえるんだ!そしてあれを、取り返せ!」

 一人の叫びと共に、同じ顔で全員が白いボディスーツ姿の彼女らは、背中についた外装を近くの壁に接触させる。すると、その身は弾かれたかのような動きで、一気に加速する。それと同時に灰色の翼を展開して滑空し、銀髪の彼女へと接近してくる。

「[カラーズハート]!欲望にまみれたあいつを!追い詰めなさい!」

 別の一人の指示の言葉にボディスーツの少女…[カラーズハート]たちは無言と真顔のまま頷き、

[待ちなさい]

[待ちなさい]

[待ちなさい]

[待ちなさい]

 背中の筒に刺してあった白のカードを掲げ、言外に主張する。

 それを見た銀髪の彼女は。

「それは、できないよ」

 そう呟き、着ている修道服の裾を翻しながら、地面を蹴って跳躍する。

 飛び越えるのは、彼女の目の前は目の前に迫っていた壁だ。高さは彼女の身長の三倍はあり、とても飛び越えられるような高さには見えない。 

 だが彼女はそれを、地面の蹴りに、路地側面の壁蹴りを加わた勢いだけで突破する。

 凄まじい運動能力だ。

「…なんて力よ!単身ここに潜入してきただけはあるということかしら!?」

「いいから、[カラーズハート]!追え!」

 路地を一旦足止めを食らった者たちに頷き、[カラーズハート]たちは壁の上を通過し、今なお疾走する銀髪を追う。

「……やっぱり、兵器は結構追ってくるね。でも、捕まるわけにはいかないよ」

 路地を構成する家々の屋根を走りながら彼女は呟く。

[捕まえる]

[捕まえる]

 カードを出して意思表示する者が二人いる一方、他の二人は真顔のまま加速し、銀髪の少女へと接近する。

「…来たね」

「…!」

 二人の[カラーズハート]は左右から銀髪の少女を狙う。

 使う得物は、いつの間にか手に持った黒く染め上げられた槍だ。

『…!』

 飛行速度は下げないままに、その体が動き、力む。

 そうして行われるのは、少女の進行方向上に向かって、槍の投擲だ。

 微妙に違う角度で放たれた二つの脅威が、彼女に襲い掛かる。

「…当たらないよ」

 だがそれを、銀髪の少女は急な上への跳躍で回避する。

 余りに早い反応と思い切りの良さ、そして動きの正確性だ。

「…スペック高すぎでしょ!?なんなのあのカラーヤは!」

 そんな銀髪の少女の様子を見た、自身も同じカラーヤという存在である追手の一人は驚きを露わにする。

「…なんにしてもなんとしてもあれは…!」

 追手たちは、追い続ける。

 その追走の間に、[カラーズハート]やカラーヤが蹴りや物の投擲で脱落している中、それでも決して諦めない。

 なぜならば、銀髪の彼女が奪ったものが大切なものであるから。

 取り返さないわけには、いかないほどの代物であるからである。

「…そこまでして、[色抽出機]が…私たちにとって大切な[無垢染水(むくのそめみず)]をつくるものが欲しいわけ!?」

 [カラーズハート]が残り二となったとき、唯一脱落していないカラーヤが叫んだ。

「…そうだよ!」

「何故よ!」

 飛び込んできた[カラーズハート]を蹴り飛ばし、屋根の上を勢いよく転がさせて、銀髪の彼女は答える。

「私はこれを、ダメだと思うからだよ!」

「はぁ!?ふざけないでよ!私たちにとって大切なものなのよ、ダメってなによ!」

「ダメなものはダメなんだよ!これがあればあなたたちは幸せかもしれないけど…でも、ダメなの!」

「馬鹿言わないでよ!ほんとは羨ましいだけなんでしょ!?[無垢染水]がほとんど手に入らなくない現状の中、[色動力機]だけが、それを生産できるから!」

 銀髪の少女が屋根を蹴り、町の広場へと着地する。

 それを、最後の[カラーズハート]に拾われて上に乗ったカラーヤが追う。

「大戦前と私たちが同じことを、前ほどの規模じゃないにしろできるから、羨ましいんでしょ!ものづくりも、子作りも、寿命伸ばしも、何もかもできるから!」

 追手のカラーヤは叫ぶ。

「そうでしょ!もう、[無垢染水]が欲しいなら、手続き踏んで来なさい!いい加減それを…」

 [カラーズハート]が加速する。

「返しなさい!」

 カラーヤが両手に持った長刀が、銀髪の彼女へと超高速で突っ込む。

 タイミングは完璧だ。ほぼ確実に広場上の彼女の懐へ、逃げようもない状況で一撃が叩き込まれる。

(これで…!)

 それで全て終わる。大事なものも取り返し、侵入者も捕まえて決着がつく。…そのはず、だったが。

「…返すことは、できないよ」

「!?」

 銀髪の少女は、まだ倒されてはいなかった。

「これで避けた!?」

「しきれて、ないけどね」

 そう言う彼女の腹部を見てみれば、その身を覆う修道服の一部は破け、中から僅かに切り裂かれた肌が覗く。

 直後に、土のようにやや荒い切断面から、白濁色の液体が流れだした。

 カラーヤの体液にあたるものだ。

「…でも、これで十分だよ」

「!?」

 瞬間、銀髪の彼女は身を捻り、[カラーズハート]ごとカラーヤを広場の隅へと蹴り飛ばす。

 その光景を見た周囲のカラーヤ達は、恐れをなして逃げていく。

「ぐ…っ」

 地面に叩きつけられたカラーヤが呻く中、銀髪の彼女は言う。

「…私は全ての[色抽出機]を破壊する。あなたたちの幸せが壊れようと、私はやめない。現状をダメだと思うから、これを奪うの」

 彼女の右手に掴まれた巨大な箱が、示すように揺らされる。

「…勿論、返すことはないから」

 その言葉に、追手のカラーヤは言う。

「…そこまで、そこまで私たちが羨ましいの!?私たちの日常を壊したくなるほどに…それほどあんたは勝手で貪欲なの!?」

「…」

 否定は、ない。

「…なんなのよ、あんたは…!本当に、なんなのよ…!」

 憎々し気な視線が、銀髪の彼女に突き刺さる。

 それを受けた彼女は、地面上のカラーヤを見下ろして言う。

「私は純。純・カラーブック。…この世界の現状を良しとしない者だよ」

「…こんのぉ、格好つけて名のって、行くんじゃないわよぉ!!」

 カラーヤは睨みながらそう言う。

 だが、そんな声は無視され、銀髪の少女…純はその場を後にする。

 数年前から行っている大切な物の略奪を再びし、その姿を消すのだ。

「…おんのれぇ、純・カラーブックゥゥゥゥゥ!!!」

 略奪者。至上最低の極悪人。そう揶揄される彼女の名は今、広く知れ渡ることになっていた。

 この、大戦が終了した、平和になったはずの世界で。

 そして。

「…最っ低ですよ!このカラーヤは…純・カラーブックというのは!」

 彼女の再度の蛮行を知った少年は、その怒りを露わにする。

 純という少女の行為が生む結果故に、その優しさゆえに、彼女を悪と断じる。

 こんなのは正しくない、正義なんてない。ただの最低なものでしかない。

 そう、彼は思う。

 だから。

「…一度、懲らしめるべきなんですよぉ!」

 そう、怒りのままに叫ぶのだ。


▽―▽


 そこは、多数の島とその上の巨大な塔で構成される地。

 [染水]という色付きの液体による技術で文明の全てが成り立つ、不思議などこかの世界である。

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