第十三話 分かれた道
「もう、やめろ……光希」
「っ!? 進、さん……」
穏やかに、けれど何かに耐えかねないという苦しみが混じり合った声に一瞬怯んだ。でも――
「邪魔しないでください、進さん。オレは……オレはやらなきゃいけないんです」
止まるわけには行かない、と子どもが駄々をこねるようにオレは再び本に手を伸ばした。
けれど進さんはオレの腕を離さなかった。その顔が、どこか心苦しそうに見えたのは気のせいだろうか……。
「光希、たとえその本を使って家族の仇を討っても、お前の家族は戻ってこないぞ」
「っ!? なんで、それを知って……」
計画が知られていたことに動揺する。そんなオレの心情を汲み取ったのか、進さんは眉を下げて笑った。
「おれも……六年前に大切な人を奪われたから。だからお前がこれからしようとしていることも、何となく……」
その声色には深い悲しみが含まれていた。
「六年前って……! まさか!」
「あぁ、そのまさかだよ」
進さんが話した内容に、オレはしばらく固まった。
六年前の、あの連続殺人事件の被害者は計四人。その内の三人はオレの家族。あと一人は、最初の被害者だったその人は、進さんの姉だった。
(他に亡くなった人がいるのは知っていた……でも……)
「その亡くなった人、緑川じゃ、なかったですよね、苗字」
動揺がまだ抜けていないのか、少しカタコトになりながら尋ねた。
「朝倉は、姉が結婚した後の苗字だよ」
もう少ししたら子どもが生まれる予定で、けどその矢先に……と、添えて進さんは答えた。
それを聞いてオレは立ち尽くす。
(なら、尚更じゃないか……)
本へ伸ばしていた手が下がる。進さんと距離を置き、顔を背けた。オレの心は今、理解できないという苦しみが渦巻いていた。
「尚更じゃないですか! そんなことがあったのなら、尚更……犯人が憎いじゃないですか」
なんで、オレみたく執着しないんですか、そう吐き捨てた声は次第に弱々しくなり、微かに震えていた。
「光希の言う通り、確かに姉を殺した犯人は憎い。けどな、おれは――」
進さんの、光のようにホッとする温かい声がオレの耳に響く。
「おれはもう、あの時のことを割り切っているんだ」
自嘲ではなく、ただその事実を淡々と語る。
「一度失った人はもう二度と戻らない。どんなに善い行いをしようと、どれだけ泣き喚こうと、結果は同じだって」
「光希のしていることだって、それと同じだ」
ひどく優しい声で進さんは現実を見せてくる。そんな進さんに、今だけは自分のそばにいないでほしい、と思っているオレがいる。
けれどそれで進さんが止まるわけがなく、オレに一歩また一歩と歩み寄る。
「光希も、ずっと辛かったんだろう?」
(っ来るな!)
「急に大切な人たちがいなくなって寂しかったんだろう?」
(頼むから……)
「だからずっと、家族との別れを受け入れられなかったんだろう?」
(頼むから、来ないでくれ……)
オレの願いとは真逆に、進さんはオレの正面まで来る。進さんがオレのほうへ手を伸ばす。その手がオレの頭の上に置かれた。そしてもう片方の手でオレを引き寄せた。オレの体を、優しい温もりで包み込む。そして――
「でも、大人になった今ならわかるはずだ」
――こんなことは間違っている――
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