第十二話 世界樹の中で

 同日 午後八時三十分 地下通路


 ここは世界樹内部へと繋がる地下通路。大人三人が並んでもゆったり歩けるほどに広い横幅と高さ。地下の無機質さを照らすはずの白昼色の電球は、光が弱まり辺りは薄暗くなっていた。

 光葉雪当日である今日、管理部の職員がこの地下通路を使うことなどない。そもそも特例がない限り、世界樹内部へ行くことは関係者であろうと禁止されている。

 そんな場所へオレは向かっていた。

 足音を立てず、まるで霧に巻かれたように存在感を消す。自分が今、どんな表情をしたいるのかわからない。


 少し先から光が漏れている。


 その光は強くなり、やがて神々しさすら感じさせる光へと変化した。けれど目をつむるような眩しさはない。

 一歩、また一歩とその光に導かれるように進む。そして光に身を委ねるように瞼を閉じた。光がオレを温かく包み込む。


 次に目を開けるとそこでは――


    ――大量の本と光の粒が共生していた。


(ここが世界樹の内側か……)

 そこには初めて目にした世界樹の内部に興味はない。静かに辺りを見渡すと、光の粒がタンポポの綿毛のようにふわりと上へ飛んでいった。その粒はあちこちにある本から際限なく湧き出ている。

「あの人の本はどこだ……」

 若干の焦りと苛立ちの混じった言葉を吐き捨てる。

 それもそのはずだ。

 いくら本が光の粒となって世界樹大樹へ運ばれ始めたとはいえ、世界樹小樹には過去七年分の亡くなった人の本が管理されていた。そんな、膨大の一言では表せないほどある本の中から、目当ての一冊を探すなど不可能に近かった。

「…………?」

 突然、ニつの光の粒が他の粒を引き連れてオレの目の前へ来た。まるで意志があるようにニつの粒はオレの周りをグルグル回る。なんなんだこれ……、と思ったのも束の間、ニつの粒はある方向へ真っすぐ飛んでいった。さっきからの謎の動きに疑問を抱きながら後を追う。

「ハァハァッ、ハァハァ」

 世界樹の根によって複雑に入り組んでいる地形に息を切らす。それでも必死に粒の後を追う。

 数分経った頃、やっと粒たちが一か所に止まった。その姿はあるものを見つめているようだった。

 よくやくオレは粒たちに追いつく。息が整っていないまま、粒たちと同じほうへ顔を向けた。そして目を見開く。


 『比留間 一輝』


 それは、オレがずっと探し続けていたものだった。


 ゴクリと唾を飲む。さっきまで隣にいた粒たちが消えていることに気づいていない。それほど目の前の本に惹かれていた。

 オレは依然、自分がどんな表情をしているのかわからない。けれどそのまま本に手を伸ばした。ずっと探し求めていた、生きる指針となっていた本に触れようとした、


       その時――


 誰かが、オレの腕を止めた。



「もう、やめろ……光希」

 

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