第九話 オレが(2)

「なんでだよっ!!」


 現実は、オレの希望を簡単に通すほど甘くはなかった。

「なんで世界樹の本を使っちゃいけないんだよ! 本を使えば簡単に犯人を見つけられるだろ!?」

 オレの悲しみを含んだ叫びが署内に響く。

「君の言っていることはわかるが、それは、それだけはダメなんだよ。どんな理由があろうと、世界樹の本を読むことは法律で禁止されている」

 素朴な顔をしている男の警察官が、オレと同じ目線に腰を下ろしながら、諭すように話を続ける。

「いいかい? 世界樹の本は、個々の人生の結晶なんだ。人が生きた時間は最も価値があって、それぞれのプライバシーや権利の象徴なんだ。だからその内容を容易く公開してはいけないんだよ」

 プライバシーを守るためなら、どんな事件の犯人も見過ごしていいのかよ……。あまりにも一方的で、私怨をはらんだ怒りが、オレの口からこぼれることはなかった。



 兄ちゃんの家へ戻ると、そこには父方の伯父と伯母がオレの帰りを待っていた。

「急に家を出ていったから心配したぞ、光希……。一輝ん家の片づけが終わったから、そろそろ家に帰ろうか」

 伯父の、オレに寄り添うような、それでいてあの日を境に変わってしまったオレにひどく同情するような声色。それに吐き気を感じた。そのまま二人の横を通り過ぎ、兄ちゃんの部屋を眺める。

(……もう、何もない……)

 数時間前にはあった整理整頓された机も、本棚も、ふかふかのベッドも、何もかも消えていた。

 言葉にできないほどの悲しみが込み上げる。兄ちゃんの本を両手で抱え、ギュッと目をつむった。

(どうしたら犯人を見つけられる?)

(どうすれば世界樹の本を見れる?)

(……何をしたら、この、どうしようもない感情が晴れるの!?)

 いつの間にか、オレの瞳から一粒の涙が流れていた。


 あれから一体何分もの時間が過ぎただろう。考えに考えた末、オレはそっと瞼を開ける。


「……おれが、やるしかない……」


 掠れた声で呟いた言葉には家族を亡くした悲しみも、家族を殺した犯人への怒りも、そこには込められていなかった。

 唯一あったのは、あるはずのないものを求める虚しい心だけだった。


 

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