第六話 進さん(2)

「確か、今年は七月の五日からだったよなー」

 

 手を顎に当て、考える素振りを見せる進さんに、そうですね、と一言返す。すると進さんは普段の会話をするように何気なく口にした。

「今年も小樹しょうじゅから大樹に本が送られるのかー」

「…………」

 ここで言う小樹は、新宿区を始めとする各地にある世界樹と同じだ。一方で大樹は――

「……それにしても、なんで上は大樹の方の世界樹の存在を、世間に明かさないんだろうーな」

 各地にある全ての世界樹の親、それが大樹。同じ世界樹でも大樹、小樹と進さんが言い分けていたのは、ニつの世界樹の役割が異なることからきている。


 世界樹――大樹の方――の役割は、各地の世界樹から送られてくる本を管理すること。


「無闇矢鱈に全ての情報を開示すればいいってものじゃないんですよ」

 ニつの世界樹の役割を再認識しながら、オレは発言する。その声は思っていたよりも響いていた。

「特に、光葉雪の役割と大樹の存在は秘匿される方が世の中のためです」

 自分でそう言っておきながら、秘匿されていることに、僅かに怒りに似た何かを感じた。

「……」

 一瞬、進さんが"違和感"という表情を浮かべた気がした。それは話題に向けてか、オレに向けてかわからない。何しろ、判断する前に進さんからそれは消えていた。

「まぁ、それもそうか。全人類の一生が永遠に残っていたら、人間誰しも知りたくなるよなー」

 そう、消えることのない世界の記憶は、多くの人を惹きつける。それは単なる好奇心からでも、明確な悪意からでも、正義に似た何かからもでも――。


 カチッ、ボーンボーン


 室内の柱時計から音が鳴り響く。

「おっと、もう見回りの時間か……」

 鐘の音で進さんは瞬時に仕事へと思考を切り替える。

「それじゃ光希、今度の光葉雪の警備頑張ろうな!」

「……はい」

 進さんから視線を少しそらしながら静かに答えた。


 朗らかな先輩と不愛想な後輩の何気ない会話の一端。しかしその隅で、オレの瞳から微かに何かに執着するような、そんな影がかかっていた。

(…………)

 その影が闇のように深いことを、ただ1人気づいている人がいた。けど、オレがそのことに気づく術はなかった。


 何しろオレは、六年前のあの日から全てが変わってしまったから。

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