第五話 進さん(1)

 ツアーガイドの仕事が無事終わり、そのままオレは、新宿区にある地下に戻っていた。というのも、この地下は世界樹保全委員会管理部の仕事場となっているからだ。地上の新宿は昼夜問わず忙しいが、それとは正反対にこの地下はひっそりとしていた。

 今現在、この仕事場には十数人の職員がデスクワークに勤しんでいた。その中でただ一人、疲労や苛立ち、不満といった負のオーラを包み隠さず放出しているオレはいた。すると背後から「よっ! 光希!」とこの場に不釣り合いな明るい声が聞こえた。

「……何のようですか、すすむさん」

「そんな嫌そうな顔すんなって光希。おれはストレスを抱えてる後輩を労いに来ただけだよ」

 進さん(本名:緑川みどりかわ進)の朗らかな雰囲気と冗談か善意かわからない発言がオレをさらに不機嫌にさせた。このままスルーして仕事を続けたいが、仮にも上司、しかも自分の体調を一応は気にかけてくれたため無下にはできない、と心の中で葛藤する。

 数秒にも満たない思考の末、オレは進さんのほうに向き直った。

「誰かさんに半ば強引に押し付けられたツアーガイドの仕事のせいで、少し疲れが溜まっていたみたいです。休息をしっかりとれば、明日にはよくなっているのでそんなに気にしないでください」

 丁寧に進さんに返答するが、その声色や瞳は淡々としている。少なからずだが、言葉の節々に進さんへの負の感情が混じっていた。

 オレは進さんの反応を確認もせず自分の机に向き直った。 仕事を再開しようとするが――

「そんなそっけないこと言うなって! もー少し話そーぜ―」

 と、駄々をこねる子どものように後ろからオレの肩を揺さぶる。オレは眉間にシワを寄せながら進さんのされるがままになっていた。

 オレへの労いはどこへ行ったんだ、と内心毒を吐く。でもすぐにそれは諦めた。

「……わかりました、わかりましかたから少し離れてください」

 ぼそっと呟いた言葉を耳聡く聞き、今度は従順な犬のように進さんはオレから離れた。そしてその目は、もっと光希オレと話したいという大きな期待が込められていた。

 その直視しがたいほどキラキラと輝く眼差しを鬱陶しいと感じる。けれどそれを言葉にすることはない。

「……そういえば、もうじきですね。光葉雪」

 

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