アカヤギ谷の罠
獣人同盟による快進撃はとどまるところを知らなかった。
この日、クロオオカミ族の里をついに取り戻し、奪われた里は残すところあとわずかとなった。いまいましい死霊術の塔は今焼き払われ、里は死の香りから解き放たれた。ギガガブリを筆頭にここまで前線で肉体でぶつかっていた戦士たちは、ついに故郷の岩場を取り戻し、嬉しさに涙をのんで喜びあった。この戦勝を。
アンデッドは掃討済み、塔も破壊済み、この里のゴーレム24体の破壊も確認済みだ。
里の中央を見やる。
アンデッドたちが持っていた武具が集められている。これまでの勝利後もあった光景だ。あれらは青銅や鋼の道具だ。こうした金属は貴重なものだ。なので獣人たちにお願いして、戦闘後にそこら中に転がっている武器や防具を集めてもらっているの。あれらはレッドスクロール家が回収していいことになっている。
すべてのスケルトンが金属の武器を持っているわけではなかったが、それでもかなりの量だ。トムもヘラもきっと喜ぶだろう。
「お母さん、見て! カムベリーのジャム食べられてなかった!」
幼い声。ギガガブリに抱き着く子狼。マーリンに尻尾を押し付けていた子だ。ちなみにお察しの通り、ギガガブリさん、女性だったらしい。はい。狼要素が強いと性別すらわからないね。うん。
「アンデッドは腹が空かないだろうからな。食べられる道理もない。みんなに分けてあげなさい」
「でも、これ僕たちのジャムだよ?」
「お腹いっぱいになるのは良いことだ。だが、仲間と分け合うことはもっと良いことだ」
ギガガブリが優しい声で言って、子狼を撫でると、少年は「わかった!」と元気に答えた。冬越えを自分たちの里以外の場所で行ったことで、獣人たちは大規模な飢餓に見舞われた。それはいまでも解決していない──だからこそ、子狼の優しさには、つい涙がほろりとこぼれる。
岩場に築かれた里をまわっていると、マーリンの姿を見つけた。
「ずいぶん人数減ったと思わない?」
「まぁ仕方ないですよ」
「みんな里に帰っちゃってさ」
だんだんと仲間が去っていくのは寂しいことだ。ただ、里に戻った者たちを薄情だとは思わない。
獣人同盟とは言っているが、実際に戦える者は、全体から見れば一握りしかいなかったし、種族レベルでも戦闘能力に差があった。里に帰れる以上、戦えない者はそちらへ戻るべきだ。
それに更地になった地で、彼らは生きていかなければならない。苦しくても生活は続いていく。飢餓問題が依然としてあってもだ。
各々の里の戦士をみんな獣人同盟軍が持っていくわけにはいかないので、その意味でもずいぶんと戦える人数は減った。とはいえ、実は里を取り戻したあとも、各々種族から戦士が志願して、獣人同盟軍に残ってくれていたりする。
この2週間。ともに戦ってきた。人となりを知り、食べ物の好みを聞き、息子や娘、親や兄弟を教えてもらった。彼らはシマエナガ村の人間となにも変わらない平穏に生きたいだけの者たちだ。関わるなかで、人間族と獣人族という枠組みを越えて、俺たちは互いを理解しあった。別れる時には、いつも託されてきた。
だからこそ、獣人同盟軍に残ってくれた者たちのためにも、去っていった者たちのためにも、やり遂げなければいけない。この仕事を。いまはそういう気持ちが強い。
2日後。
クロオオカミ族の里から獣人同盟軍の戦士たちは出発した。
次の目的地は『アカヤギ谷』だ。名の通りアカヤギ族というヤギ獣人の一族が住んでいる場所で、又の名を『裂け目』ともいうらしい。
ちなみにクロオオカミ族の戦士がいくらかついてきてくれている。ギガガブリに託された戦士たちだ。無事に返してやらねば。
「めえ、ここから先がぼくたちの里ですめえー」
「アイザック殿、どうか取り戻してください、めえ!」
アカヤギ族の長は深々と頭をさげてきた。それに続いて、数十という赤い毛並みのヤギたちがぺこりと頭をさげてきた。めえめえと懇願する声が聞こえる。
語感から察する通り彼らはヤギだ。戦いは不得手であり、生産に従事しつつも、戦闘面では特に貢献がなかった。だから、申し訳なさそうなのだろう。
俺は「任せてください」と一言答えた。
アカヤギ族の里は、谷の中腹にある。そこへ至るための谷壁の道は狭く、崩れたら底まで一直線に落下する危険があるらしい。とても深く、落ちて戻ってきた者はだれ一人としていないとのこと。
流石にビビるので、慎重に進んだ。なお道に重量規制があるのでは、最強戦術『岩石ゴーレムぞろぞろ作戦』は諦めざるを得なかった。
岩石ゴーレムは里についてから追加すればいいと割り切り、ゴーレムの頭数を6体に制限して谷を下った。渓谷は思っている以上に、横幅があり、底は確かに見えないほどに深かった。
戦士24名とゴーレム6体と共に一緒に下っていると、遠くから身のすくむような音が聞こえてきた。頭上だ。ずっと上。
──ゴゴゴォ、ォ……
視線をやる。強力な魔力が視認できる。色は黄土色。術式までは判別不能。術者も見えない。かなり距離が遠い。恐らくは土属性の魔術。かなり強力なものが行使されている。時すでに遅し。
感知力を全開にする。霧の先、巨大な影が落ちてくる。魔力による干渉されたばかり。ホヤホヤの岩石のなだれである。
やられた。誰だかわからないが、ハメられたらしい。この大質量。谷の一部を崩したな。あまりにも広範囲だ。致命傷とかの話ではない。死そのものだ。
気づいているのは俺だけ。この場の皆、頭上の異音は感じたようだが、霧のせいで、事態を正確に把握できていない。
この範囲、逃げるのは不可能。ならば防御する必要があるが……俺は最速で魔術式を構築する。
「大地の息吹き、言霊の律動、
棲み分ける地神、血をいただく砂模様、
ひと掴みの山々、立ち上がれ
──追加三重詠唱『第一魔術:
土属性の魔術神経が焼き切れる。
本来高さ1m・幅2mの土壁を生成する魔術は、魔改造され、岩石と形容するにふさわしい地面と壁に干渉することに成功し、俺たちの頭上を覆う屋根となった。
落石の群星が到来。屋根に激しくぶつかり砕ける。さっそく屋根崩壊。悲鳴がこだまし、岩石ゴーレムたちは質量弾に粉砕され、谷底へ落ちていく。
やがて俺の頭上の屋根も崩落し、あわせて足場も崩れた。ふわっとした浮遊感。不安が骨の髄にまで満ちる。心臓がキュッとし、内蔵たちも浮き上がった感じがした。
やっぱダメだった。所詮は第一魔術。どうチューニングにしても力不足感は否めない。
「アイザックが落ちたぁ────!?」
「やだやだ、そんなぁ! 弟ぉぉおお──!」
俺は岩なだれと一緒に谷底へ落ちていった。
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