獣人同盟の快進撃

 かつては元素生成で火を用意し、それに魔術をかけるという順番で、火属性魔術を展開していた。いまは練習を重ねた結果、元素精製と詠唱を同時に行えるようになっている。『元素精製:黄焔』までなら、魔術式の構築と同時並行で、最後に術を放つまでに、赤い火→黄色い火と強化可能だ。


 ちょうど三重詠唱を述べおえるタイミングで、元素精製による黄色い火が出来上がることが多い。もうすこし待てば蒼い火まで行くが、それだとすこし待つ。


「げほげほ、ちっか」 

「はわわ、死んだと思ったぁ!?」

「大丈夫ですよ、姉さん、思ったより前出てきてましたけど、僕たちには頼れる水銀くんがいるんですから。おほん。ゴーレムたち、付近のアンデッドを殲滅してください。すり潰してしまえば復活はできないので、そこは念入りにね」


 命令を出しておいて、数百体は残っているスケルトンどもを一掃する。


 にしても、あのデカいアンデッド、いきなり眼の前にやってきたのでかなりビックリしたぜ。慌てて3発も打ち込んでしまった。

 

「あいつどこいきました?」

「アイザック、こっちに黒いの転がってますよ!」


 爆心地から少し離れた場所、巻き添えを喰らったゴーレムの残骸が散らばるなかに、真っ黒い炭が転がっていた。

 

 シェルティが見つけた炭を見やると、確かに先ほどのエルダー・マミーっぽかった。一応、原型が残っている。


「まったくもう、弟の魔術はだいたいやり過ぎなんだから」

「一撃で死ななかったら困るでしょう? 倒せなかったらコトですよ、コト」


 魔術師は二発目が遅いんだ。いつだって先手必勝。一撃必殺のつもりでいかないと。火力を抑えて、相手を倒せなくて、こっちがやられるなんて馬鹿なことがあってはならない。


 とはいえ、いつでも全力全開がベストな回答とは限らない。魔術神経の過負荷破綻オーバードライブは、一時的に俺のできることを制限するし、魔力もかなり持っていかれる。また有り余る威力のせいで、近距離で爆発した場合、巻き添えを喰らう。今回くらいの火力なら水銀くんで守れるが、これ以上だとカバーしきれなかったりするので要注意だ。


 骸骨の魔術師、スケルトリア・バジリスク、そして今回の戦いを顧みるに、どうやら俺の攻撃は過剰であるとわかった。蒼焔か黄焔、追加三重詠唱くらいが命中すれば、だいたい消し飛ばせる。


「姉さん、僕かなり強いかもしれませんよ?」

「今更なに言ってるの……?」

「アイザックのユーモアですね! とっても面白いです!」


 パチパチパチパチとシェルティの空虚な拍手が響き渡った。


「ん、これはなんでしょう?」


 シェルティの蹄が硬い物を踏んだ。


「わお! エルダー・マミーの得物です! なんと凶悪な形状なのでしょうか!」

「その武器、魔力を感じますね。シェルティ、それすこし貸してもらえますか?」


 アンデッドたちが一掃される頃には、空が白くなっていた。

 里で待機していた戦いが苦手な獣人や、老人や子供は、戦士の帰還を大変に喜んでいた。


「アイザック殿、なんと感謝を述べたらいいか」

「期待された仕事を成したまでですよ、ギガガブリさん」

「ひとつ伺ってもいいだろうか」

「なんですか?」

「あのアンデッドの首魁を滅ぼした魔法。あのような破壊力は見たことがない。それもあなたのような若さで身に着けられるものではないと、感覚的には思うのだが」

「すこしばかり才能があるんですよ。それだけです」


 俺は澄ましてそう答えた。

 自慢はしない。自信は以前よりついたが、それを表には出さない。

 

 俺は背中に獣人の戦士たちからの視線を感じつつ、その場をあとにした。賞賛の声は遠くで聞こえるくらいでいい。スマートだろう。

 

 獣人たちが勝利の喜びに賑わう一方で、俺は失われた岩石ゴーレムを補充し、回収した武器の分析を始めた。新しいルーンが回収できそうでとてもワクワクする。


 2日後。

 獣人同盟の攻撃が始まった。

 エルダー・マミーの率いる軍勢の迎撃成功により、士気は最高潮に高まっており、こちらの準備も済んでいたことから早々に里を取り戻すことが計画された。


 なによりもヤドシカ族の里という狭い空間に、大人数を住まわせ続けることは難しかった。コミュニティや各々種族の気質的にも、食糧や住居的な問題でもだ。


 また俺たちが攻撃を急ぐのには、アンデッド勢力の増強も理由だ。斥候部隊からもたらされた情報を分析したところ、日増しにアンデッドの数が増えているという。例の塔のオブジェクトのせいだ。


 時間は相手の味方だ。

 なので早急に塔を破壊する必要があった。

 エルダー・マミーを撃破し士気が最高潮にあがったままに、獣人同盟の進撃は始まった。


 

 ────



 暗く湿った遺跡。

 豪奢なローブに身を包んだその者は、怯える配下から報告を受けていた。


「恐れながら、ご報告いたします……湖の西に展開していた計4軍の壊滅を確認いたしました。獣人たちは大魔法陣を次々と破壊しています!」

「……」

「奴らはそのまま南の裂け目に向かっているようです。加えまして、戦士長ガブリエル様の軍とも連絡が途絶え、すでに滅ぼされたものと思われます……!」


 怯えるリッチは、頭をさげたまま、肩を震わせる。

 支配者の指が空をなぞった。するとリッチの頭蓋骨にヒビが走った。


「はぁぁあ! ぁああ!」

「サマンサに続いて、ガブリエルまで失ったか。あれだけのゴーレムとアンデッドをもちながら、獣人ごときにこのような醜態をさらすとは」

「それについてなのですが……っ、大事なご報告がございます……!」

「言ってみるがいい」

「獣人たちは同盟を組み、組織的な反撃を行っています」

「だろうな。そうでなければ説明がつかん」

「その旗本なのですが、どうやら人間の、それも子供のようなのです。高度な魔術をあつかう様が、撤退した生き残りから伝えられています」

「人間の、それも子供であるなら、あつかえる魔術など、たかがしれているはず。……だが、サマンサを破るだけの実力か。ガブリエルまで破られ、4軍の撃破。それぞれの軍の指揮官たちでさえ、並みの魔術師では太刀打ちできないリッチだ。偶然と片付けるのは愚かなり。異分子が、紛れ込んだとみるほかあるまい」


 上背の高いその骸骨を豪奢なローブをひるがえし立ち上がった。


「デュラハンよ、出るぞ。侮りはしない。裂け目にて異分子を屠る。確実にな」


 ヒビを気にする怯える配下の後ろ、首無しの騎士が深々とない頭をさげた。


「御意のままに、我らが不死王様」

「はは……っ、御意のままに、不死王様!」


 不死王が威容を保った足取りで部屋をでていくと、首無し騎士と怯えるリッチがそのあとに続いた。

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