化け物

 矢をつがえていた鹿たちは悲鳴をあげた。


「エルダー・マミーだ!!」

「こっちに来るぞ!」

「だ、誰か助けてくれえ!」


 鹿たちの悲鳴。

 ギガガブリは反応してカバーに入った。

 突き出される石槍。血錆びの鉈が受け止める。


「どけ、お前じゃない」


 石槍を受け止めた鉈が赤い魔力を纏うと、槍はへし折れた。無防備な黒毛を鉈の凶刃が撫でる。ギガガブリは弾き飛ばされた。手応えに違和感を覚えるエルダー・マミー。


(寸前のタイミングで防御したか、悪くはない)


 ギガガブリは盾についた傷を確かめ、一息つき、新しい槍を仲間から受け取る。


(化け物かこのアンデッド。この私に容易く力で優るなんて。あるいは武器の差か。ルーンを刻まれた金属製の刃。なんて上等なものを)


 差は歴然。

 個の実力、武器、どちらもエルダー・マミーのほうが上だ。

 だが、ギガガブリは一歩として引かなかった。

 死者にやる土地など、一歩とてないと言わんばかりに前へ前へ。


 ギガガブリを援護するべく放たれる矢。赤黒い包帯を巻きつけた剛腕は、手で矢を受け止め、鉈で斬り払う。


 肉体でぶつかりにいくギガガブリとその仲間たちは勇猛果敢に、エルダー・マミーとその親衛隊たるマミーたちを押えた。


 強大なエルダー・マミーとて、クロオオカミ族の息のあった狩猟術と、数の暴力の前では、攻めあぐねた。だが、時間が経つごとに、ひとりまたひとりと、狼たちの負傷者は増えて、戦線を離脱する者が目立つようになっていった。

 

「よく抗うじゃないか。褒めてやる。だが、お前たちは所詮は文明を知らぬ蛮人。他方、俺はいにしえの時代を戦い抜いてきた本物の戦士だ。生きるための狩りではなく、殺すための鍛錬を積んでいる。闘争者としての格が──違がァウッ!!」


 血錆びた鉈が再び赤い魔力を帯び、一閃。エルダー・マミーはただの一撃で、近くにあった木を叩き折ってみせた。


 生物を越えた芸当。

 獣人同盟に恐怖が蔓延する。


「何を勘違いしていた、何をイキリたっていた。お前たちは蹂躙される側なのだ。すこしでも希望を持ったのなら、それは間違いだ」


 一度は倒されたスケルトンたちが、付与された『蘇りの呪いカース・オブ・リザレクション』により再びたちあがる。ゴーレムたちも再起動する。

 それにあわせて地を蹴るエルダー・マミー。標的はここまでの戦闘で負傷しているギガガブリだ。


(こいつが一番の手練れ。軍勢の精神的支柱。まずはコイツを片付ける。それで獣人どもは瓦解する)


 打ちおろされる血錆びた鉈。

 ギガガブリはボロボロの盾で受けようとする。ここまで再三と攻撃を受けてきた盾はもう限界だった。一撃を受けると、派手に粉砕してしまう。


 続く2撃目。

 致命の一撃。

 ギガガブリは避けれない。


 その時、夜闇を矢が切り裂いた。

 エルダー・マミーは寸前のところで、攻撃を防御に切り替えた。鉈で受ける。想像を超える衝撃力。巨躯は一歩、二歩と後退した。


「やりました! 流石は私です!」


 場違いなほど能天気な喜ぶ声。

 20mほど離れた場所からの一声だった。


 ほかより遥かに速い矢速と重たい衝撃。

 エルダー・マミーが警戒心を抱くには十分だった。


 狙撃手の背中からトランクを手にアイザックは飛び降りた。


(あれは魔術師……っ、ついに現れたな、子供……?)

 

「すごい数のアンデッド。そして、見るからに強そうなやつが一体」

「弟ぉ、絶対にアレがエルダー・マミーだよ!」

「皆さん、ここからはアイザックがやってくれます! 離れてください!」


 シェルティのよく通る元気な声が戦場全体に響き渡った。獣人たちはアイザックの姿を認めるなり、歓喜の声をあげた。当の本人は堂々と魔術の準備に入った。

 魔力が練り上げられ、力の波動が目に見えて収束していく。魔術師ではなくとも、「デカいやつを準備してる」のが一目瞭然だ。


(詠唱させるわけねえだろうが)


 エルダー・マミーは血を吐きながら咆哮をあげた。

 アンデッドたちはビクリと震え、アイザックへ急行する。


 獣人たちが身軽に撤退していくので、おあつら向きに無防備を晒している。ここぞとばかりに魔術準備中の魔術師を叩き潰さんとアンデッドが迫る。

 

 その時、アイザックの背後、岩石ゴーレムたちが駆けだしてきた。スケルトン程度では容易く吹っ飛ばされ、踏みつぶされてしまう。エルダー・マミーは強行突破を不可能と考え、間を抜けようとするが、密度が高すぎて思うように進めない。


(馬鹿げてやがる、これだけの岩石製ゴーレム、どこから出てきやがった?)


 森における重要資源は石、鉱石、水辺。前の2つに関しては、すでに『死霊の王国』が侵攻の初期段階で掌握していた。卓越したゴーレムクラフトの技術があったとしても、材料がなければ、ゴーレムを作りだすことはできない。ましてやこんな短期間に。


 エルダー・マミーの腐りかけの脳裏に、それまで漠然とあった嫌な予感が明確に輪郭をもって湧いてきていた。当初の魔術師像は、高度な攻撃魔術を修めている典型的な魔術師。ゴーレムたちの存在が明らかになったあとは、ゴーレムクラフトという正道からかなり外れた術法にも明るい危険な存在。いまではルーン加工術にも精通していると来た。


 恐れるべきは攻撃魔術の威力。

 恐れるべきはゴーレムの数と質。

 恐れるべきはルーン武装の量産能力。


 どの分野にしろ、およそ一生をかけてその道に取り組まなければ会得できない領域だ。


 それをひとりで成すなど、それこそ生命を超越した求道者でなければ、不可能だ。

 

「無垢の黄焔、最大の浄化、

     四肢を裂く暴風、嵐を呼ぶ鷹

    炎の翼、肺を焦がす熱波、

   不死なる鳥、一陣の火の香り、

       爛れし雛鳥を、残響と燃やせ、

 ──追加三重詠唱『第三魔術:灼鳴鳥しゃくめいちょう』」


 その時、エルダー・マミーは理解した。


 感じたこともない高密度の魔力。それは腐敗した肌をピリピリと刺激した。証明だった。数々の疑問への解答だ。卓越したすべての術法は、眼前の少年によって紡がれていたという確信。そうさせるだけの前代未聞の魔力だった。


 ゴーレムたちが一糸乱れぬ動きで道を開けた時、黄色い炎の鳥たちは発射準備を完了していた。


 少年の眩しそうに細められた目が、敵を捉えた。


 エルダー・マミーはその一瞬を見逃さなかった。大地を力強く蹴り込んで血錆びた鉈で、アイザックの頭を叩き割らんとした。


(こいつは──ここで殺すッ!)


 一呼吸だけ遅かった。


 ゴーレムとアイザックの動きは完全に連動している。ゆえに間隙を縫うことは至難。放たれた黄焔の鳥は、向かってくるエルダー・マミーに正面から命中、アイザックの眼と鼻の先で大爆発を起こしてすべてを灰燼に帰した。

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