夜中の襲撃
夜中、ヤドシカ族の里は慌ただしい空気に支配されていた。
大声をあげる者が、寝ている者を起こし、大人の獣人達はあっちへこっちへ走りまわり、子供や老人を避難させ、槍と盾を手にとる。
フカフカの草ベッドから起床するマーリンは、寝ぼけまなこをこすってたずねてきた。
「弟ぉ、これ何の騒ぎい?」
「……敵襲ですね」
「え? ──えええ!?」
「アイザック! マーリン! た、たた、大変なのです! 夜闇に紛れてたくさんのアンデッドたちが!」
喋る速度が追いつかず、アワアワとシェルティは両手を振り乱す。
「すぐに準備します。少し待ってください」
寝床のそばのトランクを開いた。タプンっと擬音が聞こえてきそうな水銀の塊が顔をのぞかせる。
『
準備をしながらシェルティに状況を聞く。
「斥候部隊の報告だと、オドルトリ族の里を支配した強大なアンデッド、エルダー・マミーの率いるゴーレムとアンデッドの軍勢がきているようです!」
「エルダー・マミー? 例の特別な敵戦力”四つの指先”とかいうアレですか」
獣人たちの働きによって、俺たちはアンデッドの軍勢について賢くなっている。”四つの指先”は、軍勢の指揮官のなかでも強力な個体たちだ。
アンデッドの軍勢が、獣人たちを野放しにしておくと思っていない。なのでヤドシカ族の里の獣人同盟へ攻撃を仕掛けてきたことは驚くことではない。
ひとつ驚いたとすれば、深夜に敵襲があること。
通常、視界が確保できない夜は、戦闘行為そのものが行われないものだが……アンデッドたちには夜とかあんまり関係ないのかもしれない。
「──『
「死んでも離さないッ!」
「さあアイザック、背中に乗ってください! 走りますよ!」
俺は水銀君をトランクに収納しなおし、シェルティの背中に飛び乗った。
────
寒々しい深闇の森に蠢く者たち。
カラカラと骨の鳴る音がこだまする。
ドシン、ドシンと大地を揺らす音は臓腑に刻まれる。
軍勢を率いるのは、赤黒い包帯に身をつつんだ巨躯の者だ。2mは優に超える上背を誇るその男が、新月に咆哮をあげると、暗闇が動きだした。
”四つの指先”、上級アンデッド、エルダー・マミー。彼は巨大魔法陣の力で調達したスケルトン500体を旗下に加え、その夜、獣人たちが身を寄せる里に迫っていた。
(人間の魔術師が、獣人どもを手助けをしているまではわかっている。ネクロマンサーの婆を滅ぼすほどの実力者。ならば、俺がでるほかない)
「あいにくとこちらはすでに準備が整っているのでな。──我が配下どもよ、人間族の魔術師は俺にまわせ。獣人どもは、好きに殺してしまっていい」
アンデッドの軍勢を最初に迎え討ったのは、ヤドシカ族の里を包囲して守っていた岩石ゴーレムたちだった。
ただし、エルダー・マミーの軍にもゴーレムはいた。その数30体。
里のすぐ外でゴーレム達はぶつかり、互いの体を砕き始めた。
奇妙なことに里を守るゴーレムたちのほうが強かった。動きが速く、スムーズなのだ。同じ岩石製ゴーレムのはずなのに殴り合いが始まると、一方的に攻撃を加えられ、殴られてしまっている。
「より精巧な作りということか。ヴィクター様を上回るほどのゴーレムクラフトの術法に精通しているということか……?」
感じたのは胸騒ぎだった。
『死霊の王国』を統べる絶対者。不死者にして、魔術の秘奥にたどり着きし者。それを越える術がありえるのだろうか、と。
エルダー・マミーは不安をぬぐうように、魔法を繰りだす。赤黒い包帯が意思をもったように動き、岩石ゴーレムの足に巻き付き、容易く引き倒した。転んだ岩石ゴーレムは、エルダー・マミーのゴーレムに踏みつぶされ動かなくなった。
「ゆけ、生きとし生ける者を駆逐しろ。これはただの始まりだ。野蛮な獣人ごとき容易く踏みにじれずに人間の国は盗れん」
不死人の邪悪な咆哮。
それに応えるのは、狼の咆哮だ。
「アオォォ──!! 勇敢な盟約の戦士たちよ、夜襲を仕掛ける卑怯者どもを撃退するのだ!」
獣人の狩人たちは寝起きとは思えないほどの気迫で、アンデッドの軍勢に襲いかかる。
砕かれる骨。
へし折られる錆びた剣。
ゴーレムを沈黙させる無数の矢。
軍勢きっての強兵──いにしえの戦士の死体から作られたマミーたちでさえ、獣人たちと拮抗するばかりだ。
視界に入ってくるのは、獣人たちの盾や武器に刻まれた蒼い輝き。その数は尋常ではない。なんと獣人ひとりひとりのすべての装備にルーンの輝きがあったのだ。
(馬鹿な……里を追い出した時は、ルーンの武装などひとつもなかったというのに、この短期間で、ルーンの装備を行き渡らせたというのか? ルーン2つの装備も少なくない。これも人間の魔術師の仕業か……?)
エルダー・マミーは不死王より授けられた血錆びの鉈を抜いた。鋼の刃に刻まれたルーンの数は3つ。斬りつけた相手から力を奪い、武器で傷つけられた者に耐えがたい苦痛を与え、また威力を魔力で強化する効果を持つ宝具である。
(まずは面倒な後衛から……強引にぶちぬく)
大地を鳴らす巨漢の突進。マミーたちが機敏な動きで続いていく。狙いはゴーレムの動きをとめている半鹿の狩人たちだった。
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