反撃の前夜

 里をアンデッドたちに奪われたせいで、獣人たちは備蓄していた食料も失ってしまったのだろう。獣人の子供たちのBLTへの食いつき方は尋常ではなかった。


 悪気のないヤクザたちが必死かつ幸せそうにモグモグするのを眺めていると、大人たちが戻ってきた。みんな顔色が悪い。慌てた様子で、子獣人たちを俺たちから引き離しにかかる。


「アイザックくんが食べ物わけてくれた~」

「BLTって言うんだよ! すごく美味しいの!」

「食べたことない味なんだぁ」

「大地の恵みがぎゅっと詰まってるごはん!」


 子供たちから好感度を稼げたようだ。流石は鹿心を一撃で掴んだBLT。


「いくらお腹が空いてるからって食料を奪うなんて、なんということ、お前たちは……っ。アイザック殿、子どもたちが大変な迷惑をかけたようだ、奪ってしまった食料は補填させていただく。だから、どうか許してはもらえないだろうか。子どものしたことだ」

「こほん。これらは僕と姉さんからのプレゼントですよ。奪われたわけじゃあありません」


 そういうことにしておこう。

 別に怒っているわけじゃない。


「ですのでお気になさらず。ほら、みんな喜んでいるでしょう。僕も姉さんもほかの人を笑顔にするのが好きなんですよ」

「ぐすん、私のBLT持ってかれちゃった……っ」

「げふんげふん! 姉さんもこの通り、みんなに喜んでもらえて感激の涙を流してます」


 マーリンの元に、黒狼と白狐の女の子たちがやってくる。みんな自分たちの尻尾を抱きしめてマーリンに押し付け始めた。


「お礼に尻尾触らせてあげる! 特別だよ!」

「私の尻尾も触っていいよ!」

「たべものありがとう~! 最近あんまりごはん食べれてなかったんだ〜!」

「弟ぉ、すごい尻尾モフモフされるぅ……!」


「姉さんが襲われてる……?」

「ご安心をアイザック殿。私たちクロオオカミ族やシロキツネ族などの尻尾を毛並みを誇る種族では、よく手入れのされた自慢の尻尾を親愛の証とします。人間族にはない習慣でしょうが、子どもたちなりに深い感謝を伝えていると思っていただければ」


 よく見たらマーリンは幸せそうな顔で尻尾を腕いっぱいに抱きしめて吸っていた。


「アイザック殿、盟約会議の結果なのですが──」


 微笑ましい光景を眺めていると、ギガガブリが切り出した。


「私たち獣人だけの力では、アンデッドの軍勢を追い返すことは困難です。アイザック殿のゴーレムがあれば、勝率はずいぶんあがるでしょう。ですので、どうか、お力を貸していただけないでしょうか……?」

「もちろん。そのために来たんですから」


 厳密にいえば、そのためではないけど。俺とマーリンの目的はヤドシカ族の里を取り戻すところまで。アンデッドの軍勢と戦うためではない。


 ただ、すでに事情は変わっている。ここで放り出すことはできない。というのも、シマエナガ村のお隣がアンデッドの支配する領域になるのは困るからだ。


 自分たちの身を守る過程で、シェルティの願いも叶えれるなら、それが最善だ。ついでにBLTを食べて幸せそうにする子どもたちの笑顔を守れるのなら、使える力を振るうことに何の躊躇があるだろうか。


 懸念があるとすれば、相手の強さ。ここまで戦った感じは対処可能に思えるが、どれだけの脅威なのかは、まだまだ未知数。まぁ今回に限っては、故郷を守るための戦いだ。勝てそうか負けそうか関係なく挑まなければいけない。


「アイザック殿、さっそく私たちの戦力とアンデッドどもの戦力、奪われた里と、特別な敵戦力について共有させてください」


 作戦会議のあと、俺たちは武器を揃えることになった。


 というのも、獣人たちの武器らしい武器が……言葉を選ばずにいうならショボすぎるからだ。木を削って尖らせただけの槍が基本装備であり、石槍クラスで至上のものとされている。ヤドシカ族に伝わるドワーフ製の弓というものに青銅が使われているのが、それがもっとも文明的な装備になるだろうか。


 ルーン加工術も普及していない。先にあげたドワーフ製の弓に施されているルーンくらいしか、彼らの持ち物からルーンを確認できなかった。


「見ててくださいね」


 獣人たちが刮目するなか、俺はシェルティの親父アーケウスのブラックオルク製の弓に放射烙印法でルーンを施した。衝撃波が迸る。獣人達はちいさな悲鳴をあげた。


 使い古されたブラックオルクの弓には、幾何学で表現された術式が、蒼く輝いている。感嘆の声があがった。

 

「いま施したのは、ゴーレムを停止させるルーンです。詳細は省きますが、ルーンの力を作用させた矢をゴーレムに刺すことができれば、およそ20秒程度は活動を停止させれます」


 俺が使用しているゴーレムのルーンの原型は、遺跡から手に入れた動く鎧から回収したものだ。シェルティを追いかけまわしていた岩石ゴーレムも、ほとんど同じルーンを刻まれていた。術式がわかっているのならば、干渉することは可能だ。ありし日に、モモの魔術補助を俺がしていたように。


 補助ができるなら、妨害もまた可能なのだ。


「ピカピカしてて綺麗……っ!」

「ルーンってあんな簡単につけれるものなのか……?」

「伝説に聞いていたドワーフの秘術では、3日3晩かかるって聞いたことがあるけど」


 俺は皆の武器にルーンを烙印して戦力増強を行っていった。

 武器のなかにはルーンの烙印に耐えられずバラバラになるものもあり、持ち主を悲しませることもしばしばあった。武器の耐久度が足りない場合や、魔力許容量が十分でない場合に起こる現象だ。


 悲しそうな獣人たちのために、彼らから武器の作り方を教してもらい、十分な魔力許容量を有する素材で作りなおすことにした。


 作戦会議の翌日、獣人たちに指示をだし、ブラックオルクを集めた。伐採しすぎると森の民的にNGが出るかもしれなかったのでほどほどにだ。

 

 新しく作った武器は、獣人達に十分好評だった。ブラックオルク製の武器は、ルーン2つ付与できるので、村の狩人たちに提供したように「お好きなルーン2つお選びください」のサービスをつけたら、武器をぶっ壊したことは水に流してくれた。


 なんなら、新しい武器や道具のために、それまで愛用していた道具を自ら破壊するものまで出てきたくらいだ。


 作戦会議から2日後、俺とマーリンは土属性魔術で穴を掘り、元素生成した岩で四方の壁と床を覆い、水を流しこみ、火のルーンで熱することでお風呂を作った。養豚場でのノウハウをいかしたものだ。


 お風呂なる施設は当然のごとく獣人たちの興味を引いた。よって翌日には、戦力増強のための生産活動を一時中断し、公衆浴場を設置した。狭い里に押し込められた獣人たちの心を癒すことは成功し、大盛況の施設になった。


 公衆浴場開設の翌日には、武器がほぼ全員に行きわたった。

 攻撃力の面での戦力増強の次は、防御面に意識を向けた。

 

 錬成魔法陣を使って、木の盾をたくさん作った。本当は防具を作りたかったが、獣人それぞれの体格が違うせいで、量産するにもパーツのパターンが多くなりすぎるので断念した。錬成術に必須のキシ石灰もそこまで持ってきてないし。


 なので防御面では、魔力許容量が高く加工しやすいブラックオルク盾に『軽量化のルーン』を2つ施すことで妥協することにした。

 1つのルーンは盾そのものの重さを減らすもの、もう1つは装備者の身体を軽くするというものだ。どちらも生存に大いに役立つ。


 そんなこんなで、レッドスクロールの錬金術師は里で生産活動に従事し、獣人たちは材料を集めたり、戦に備えて狩りで食料を集めた。また斥候部隊はアンデッドの動きを警戒しつつ、日々、敵の情報を集めた。


 獣人同盟軍がすべての準備を終えたのは1週間後のことだった。

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