盟約会議
アイザックのいくつかの力の証明は、年長者たちにもそれまで味わったことのないような酷い衝撃を与えていた。
「一体あの人間は何者なのだ……? これだけの数のゴーレムを意のままに操ることができるなんて信じられん。神殿の主なのではあるまいか?」
シロキツネ族の長ホソメは落ち着きのない様子で言った。
「ホソメの言う通りだ。弓の件といいその可能性が一番高いように思える。アンデッドの手勢はゴーレムを従えているというのは皆の報告から明らか。あの魔法使いの人間は、もしやアンデッドどもの首魁なのではないか?」
疑うのはバケタヌキ族のボス、ドンジュウだ。
ホソメやドンジュウの意見にうなずく者は少なくない。
「それは違います! 私はこの目で見たのです、アイザックがアンデッドをやっつけるところを!」
「鹿の姫が勝手に言っているだけであろう」
「勝手に!? なんで私の言葉を信じてもらえないのですか!」
「うちの子は嘘をつくような子ではない。私とその一族はそのことをよく知っている」
「お父様!」
アーケウスと老鹿たちは、シェルティを支持し、アイザック=アンデッドの首魁説は一旦捨てられた。
ギガガブリは怯えた表情を意思のちからで引き締めて口を開いた。
「では、彼のあの超常の魔法はなんだというのだ……? ゴーレムを50体、操るなど聞いたことがない。それこそ、あの神殿にいるとされるいにしえの存在以外はな」
「人間族という種が魔法に秀でているという話はないですか、ギガガブリ殿?」
「いやそのように聞いたことはない。別の世界に住む者といえど、長く生きていれば、森の外の者たちと相まみえることはある。話を聞く限りは、人間はそういう種ではない」
「シェルティ、どうなんだ。お前はアイザックという少年の住む村にいったのだろう?」
「うーんと、そういえば、おおきな家でした! 羊をたくさん飼ってて、あと養豚? という珍妙な術を使い、おうちで猪を太らせ、それを食べる計画を立てているとか! 錬金術師という頭の良い一族で、村の皆から尊敬されているようなのです」
「盟主といったところか。魔法使いの血筋、高貴な身分か。人間族のなかでも特別な存在なのだろう」
「ことさら不思議だ。そのような者が鹿の姫に応じ、遥々このような場所まで足を運ぶなど」
みんなでシェルティの背中に装着された鞍を見て首をかしげる。それは人を乗せるためのもの。シェルティの証言通り、彼女がアイザックとその姉を乗せてきたのは、その装備が証明している。
皆が頭をひねる。そこには別の目的があるのではないか。本当の目的は力を示し、自分たちに迎合を求めているのではないか。族を束ねる者たちだからこそ、得体の知れない魔法使いの思惑を推し量ろうとする。
「大事なことは、アイザックは現状、私たちに危害を加えていないということじゃないのか?」
アーケウスはアイザックを受け入れる側代表として確固たる主張を示す。
「しかし、アーケウスよ、私たちは一体何を、あの魔法使いの少年に返すというのだ。ゴーレム50体。これを私たちの味方につける代償はどれだけのものだ?」
オドルトリ族の長老は悲壮な声でたずねる。
「それは私にもわからないことだ」
アーケウスはシェルティへ目線を向ける。
「皆さんはアイザックのことを誤解しています。私はアイザックに助けを求める時、彼はこう言ってくれたのです。『友達を助けるのに理由はいらない』と」
純粋無垢な子鹿の言葉は、大人にとっては鵜呑みにするには綺麗すぎるものだった。それは強大なちからであればあるほど、その裏には策略というものがある。それが大人の世界なのだから。タダより高いものなど存在しないのだ。
「私にはわかる。50体ものゴーレム。これはメッセージだ。脅迫なのだ。私たちには、私たちが思っているほど選択肢が残っていない」
「だとしても私は構わないと思っている」
「アーケウス、あんたのあの人間への信頼は自分の里を取り戻してくれたからか?」
「いいや違う。もっと簡単だ。もしアイザックの戦力を受け入れた先に服従が待っていようと、祖霊たちとの約束に怒られようとも、死者の支配する国で生きるより遥かにマシだと思わないか?」
盟約会議の皆、口をつぐんだ。そして、ぽつぽつとアーケウスに賛同する声が上がり始めた。
「そうだな。その通りだ。不安はあるが、少なくとも生きている」
ギガガブリは己と皆を納得させるように震える言葉を紡いだ。
「いま大事なのは、あの人間の力があれば、もしかしたらアンデッドどもをどうにか出来るかもしれないということだ。玉砕覚悟の反撃などではなく、勝機のある戦いを選べるかもしれない」
盟約会議はそこにひとつの意思を得た。
獣人賢者たちの代表者としてギガガブリがアイザックに応じることになった。
(まさか人間族の、かような少年があの死者の軍勢に立ち向かう鍵になろうとは。わからないものだな)
ギガガブリは緊張を押さえ込むように胸に手をあてる。
(どのような結末になろうと、明日の滅びよりはいい。相手は私たちより強大な存在。傲慢の人間族ならなおさら。隠された目的も不明。でも、これは未来のためだ。人間の支配者に虐げられようと、死者の為政者よりはいい)
「んんー! これおいしいー!」
「アイザックくん、私にもBLTちょーだい!」
「ぼくもそれ欲しい!」
「待ってください、あげますから、あげますから……!」
「うわぁああ、弟ぉ! 全部持ってかれるー! この子たちみんなシェルティだぁ!」
超常の魔法使いたちは、獣人のこどもたちに群がられていた。ギガガブリと里長たちは、サーっと血の気が引いていき、体温がさがるのを感じた。
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