思っていたよりずっと

 シェルティは仲間の鹿たちに助け起こされた。


「”あの”ギガガブリ相手に無謀がすぎます!」

「なんて無茶をなさるのですか……」

「シェルティ様、可哀想に」


「ぐすん。痛いですけど平気です。ギガガブリ、それにクロオオカミ族の皆さんもわかっているはず! 私たちの力では、骸骨とゴーレムの群れに対抗することはできないことを!」

 

 シェルティの必死に訴えを聞いていると全容が見えてきた。森のあちこちで獣人たちの里がアンデッドに奪われたようだ。


 ヤドシカ族の里とセイレーンの湖で起きていたことが、よそでも起きているってわけだ。アンデッドの攻勢は俺が思っている以上に大規模なものだったらしい。


「だからこそだ。敵の強大さを考えれば、魔法使いひとりでどうこうなる戦況ではない。すでに森はアンデッドたちの手に渡ったも同然だ。ヤドシカ族の里を取り戻すことができたのは、敵勢力の薄さゆえ。ほかの里はもっとひどい」

「私たちの里だってひどかったんですよ? ゴーレムたちに全部ぺちゃんこにされちゃいましたし! アンデッドの魔法使いもいましたし!」

「でも、こうして取り戻せているではないか」


 わかりあえない部分だな。みんな自分ところが一番ひどい目にあったと考えるのは当然だろうし。


「絶望的ではある。だが、玉砕覚悟の反撃に転じるしかないのだ。私たちの森と里を取り返すためには。だからこそ、私たちは無為に掟を破り、最後の時を汚すべきではない」


 ギガガブリは辛そうな声で言った。


「──そうとも限らないかもしれんぞ」


 第三者の声。

 牡鹿のおっさんが一歩前にでる。

 端正な顔立ちに、髭をもじゃと生やし、弓を背負ったシカタウロスはシェルティの横に並び立つと、その肩に手を添えた。


「アイザックというその少年、私たちが思っているより、恐らくは遥かに強大だ」

「ほう? 何故、そう思うのだ、アーケウス」

「ひとつはヤドシカ族の里を取り戻したこと。この里は酷い有様だった。決して他の里に比べて被害が軽微だったわけじゃない。それを取り返したことは、驚愕に値する事実だ。まぁ我々鹿にしかわからないだろうが」


 牡鹿のおっさん──アーケウスは「そしてもうひとつ」と指を立てた。

 

「いまアイザック殿が持っている弓……ルーンが12個刻まれたそれは、彼が作ったと弓とされている。にわかには信じがたいし、私も信じていなかった。だが、里をアンデッドの手から取り返した事実が、尋常ならざる力を証明している。ゆえにいまは不思議な確信を持っているのだ。あの弓はアイザック殿が作ったに違いないという確信を」


 シェルティは「お父様! ようやく信じてくださったのですね!」と嬉しそうに黄色い声をあげた。父親だったのね。


 俺は弓を作ったことを認めたうえで、それをギガガブリに見せてあげた。彼は目を丸くし、まわりの獣人たちも騒然とし始めた。


「なんという弓だ……」

「馬鹿げている、こんなことありえるのか?」

「素材はなんだ? 見たこともない艶だが──」

「良い流れですね! さあ、アイザックもうひと押しです! アイザックさえいれば、アンデッドなんかやっつけられるということを教えてあげたください!」


 シェルティの思っているほど、敵を圧倒できるかは全くの未知数。けれど、同時にギガガブリが俺を正しく認識してなさそうなのも事実。


 戦力を伝えよう。

 そのうえで判断してもらえばいい。


 俺は右手をあげた。繋がりを持つ者たちに信号が届いた。里をぐるっと囲んで置物のように静かにしていたゴーレムたちが一斉に右手をあげる。


「うわぁ!?」

「う、動いた!」

「まだ生きているのか!?」

「みんな逃げろぉお──!!」


 獣人たちは大パニック。

 ぎゃーぎゃー悲鳴があがる。

 そして、散り散りに逃げ惑う。


 ミスった。違う違う、そうじゃなくて。ゴーレムを動かせるパフォーマンスのつもりだったんだけど。


 事態が落ち着いたのは、それから20分後も経ったあとのことだった。獣人たちはどうにか再び里に戻ってきてくれて、俺の話に耳を傾けてくれた。


「先ほどは驚かせてしまい失礼しました。僕がゴーレムを操れることを示したかったんです。御覧の通り、この里には現在50体のゴーレムがいます。みんな僕の言うことを聞きます。どうです。皆さんの問題、解決できそうですか?」


 獣人たちはざわめき、ちょっと引き気味な視線を送ってくる。なかでもギガガブリは見るからに動揺した様子で、フワフワの耳をへにゃらせて、怯えたように見つめてきた。


「鹿の姫の言葉の通りだ。お前は、ただの人間でもないし、ただの魔法使いでもなかった。力を貸してくれようとするのは、とてもありがたいことなのだろう……ただ、だからこそ、慎重になりたい。アイザック、いや、アイザック、殿。私たちは森に生きる者として、意思を統一させるべきだ。アイザック殿と話をする前に、すこし時間が欲しいのだ」

「まぁ別に。こっちは急いでいないので。全然構いませんよ」


 そんなに迷うことあるだろうか? 掟的にやっぱり人間に助けられるのは良くない、とかかな? よくわからないや。


 すぐにギガガブリは「盟約会議をおこなう、長老以上の者は集まられよ」と声をかけた。アーケウス、シェルティ、そのほか各々の獣人たちから代表者っぽいやつらがたくさん集まって、里の隅っこで頭を突き合わせ始めた。


「弟、お腹空いた~」

「さっき朝ごはん食べましたよ?」

「でも、お腹空いちゃったんだもん」

「仕方のない姉さんですね。まったく」


 俺とマーリンはカバンからBLTを取り出し、はやめの昼食をしながら待つことにした。

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