獣人達の掟

 マーリンとシェルティはセイレーンのお礼に偉くご立腹だった。当の俺はというと……悪い気はしてなかった。というか良い。


「ってそうじゃなくて。セイレーンたちに話を聞かないと。シェルティ、通訳を」

「ふーんだ! デレデレするアイザックのお願いなんて聞いてあげません!」

「お願いです。背中撫でであげますから」

「仕方ないので許してあげます!」


 ちょろ鹿を言いくるめて、灼鳴鳥の着弾地点を見学しているセイレーンたちに聞き込みをおこなうと、湖での騒動の全容を把握できた。


 ネクロマンサー、死霊術、バジリスク、邪悪な塔の建設──やはり、俺が推理した通り、この湖の状況はヤドシカ族の里と似ていた。


 ちなみにセイレーンたちは俺に興味関心があるようで、やたらと頭を撫でられた。あと笑顔で肩とか手とか背中とかタッチされたりもした。頬とかおでこにチュウもされた。


「ハウハウ〜!」

「どうやらみんなアイザックにお礼がしたくて仕方がないようですね! ってコラァ〜!」

「うがぁああああ! こんな破廉恥な場所もうだめ! お姉ちゃんとしての使命を遂行する! 弟、もういくよ!」

「流石はオスを魅了することに特化した種族……このお礼って僕が男だからでしょうか? 女にも同じようにお礼するんですかね?」

「なに真面目に分析してるの! そんなどうでもいいの! いいからもういくのー!」

「ハウハウハウハウ! どうやらセイレーンたちは自分たちが美しく愛嬌満点であり、他種族の雄に魅力的であることを自覚しているようです! なので女の子には他のお礼をするのではないでしょうか?」

「シェルティもいくよ、置いてっちゃうよ!」

「はわわ、待ってください~!」


 湖の水で喉を潤して、水筒を満たし、怒れるマーリンに引きずられるように湖をあとに、ヤドシカ族の里に戻ってきた。


「鹿がこんなにいっぱいいるなんて」

「みんな里に帰れたんだね。弟がゴーレムとアンデッドをやっつけたからだね」

「ん。鹿以外にもなんかたくさんいるように見えるんですけど」


 狼、狐、狸、ウサギ、鳥。種類はいろいろ。ケモ度にも差がある。耳と尻尾だけ生えたほとんど人間の見た目のやつもいれば、全身毛むくじゃらのやつもいる。


「見ろよ、あれってお嬢様の言っていた例の人間族じゃないか?」


 鹿たちの一部が俺たちに視線を注いでいた。その視線に気づいたほかの獣人たちも、続々と意識を向けてきた。とても居心地が悪い。


「弟ぉ、みんな見てるよ……?」

「姉さん、僕の手を握っていてください」

「う、うん」

「皆さん! 彼がアンデッドとゴーレム軍団をやっつけたアイザックです! 彼は森の外からやってきた錬金術師なのですよ!」

「私の紹介がないんだけど、シェルティ……」


 寂しそうな呟きは、隣にいた俺にだけ聞こえた。なんて不憫が似合うんだ、我が姉上様は。


「錬金術師ってなんだ?」

「さあ? 聞いたことないな」

「ゴーレムの群れを倒した? ひとりで?」

「脆弱な人間にそんなことができるのか?」

「──そんなことより、鹿の姫よ、人間族と関わるとはどういう了見だ」


 言ってノシノシとやってくるのは、黒い毛並みの狼だ。ケモ度で言えば全身毛むくじゃらレベル。顔立ちは狼なのでシュッとしててイケメンに見える。声が低いので男……だとは思う。


「人間族が森にもたらした厄災を忘れたというのか?」


 狼の獣人たちは納得したように頷いた。


「それって古いお話のことですよね? 私は全然納得できていません!」

「古い話でも事実だ。私たちは森で生きることを選んだ種族だ。過去に回帰するようなことがあってはならないのだ!」


 力強く告げる狼。

 声をあげる狼の獣人たち。


 低い声の狼が目前にやってくる。

 デカい。めっちゃ見降ろされている。

 俺、マーリンと順番に視線を動かす。


「私はクロオオカミ族の長、ギガガブリだ」

「アイザック・レッドスクロールです」

「ふえぇ、マーリン・レッドスクロール、です……弟ぉ、食べられちゃうよぉ……」

「食べなどしない。ふむ。このような子供がやつらに打ち勝ったとは到底信じがたいな」

「アイザックはとっても強いのですよ! 凄い魔法をいっぱい使えるんですから!」

「鹿の姫は口を閉じていろ。ガブッとするぞ」

「ひええ~!」

「アイザック、お前はどうしてここにいる」

「困っている友達を助けるために」

「そうか。それで見事に里を取り返したというわけだ。であるならば、お前は目的を果たした。すぐに自分の世界へ戻るがいい」


 ギガガブリは南を指で差した。

 狼の獣人たちからも圧を感じる。

 俺たちにこの場にいて欲しくなさそうだ。


「お言葉ですが、僕は見ての通り子供でして。どうしてそんなに僕と姉さんが拒絶されているのか理解していないんです。人間族との間に確執があるのですか?」

「お前たちは子どもだ。教えてやろう。お前たちの親の親、そのまた親──ずっと昔の先祖は、森を切り開き、土地を奪った。森の種族とひどい争いをしたのだ。混血の後、いくらかは森の外で暮らすことを選んだが、私たちは森で暮らすことを選んだ側だ。森に生きる者と平地に生きる者。それぞれの道を歩むのが、双方にとって良い事なのだ」


 トムの言葉を思い出した。初めてシェルティを見た時のことだ。彼は怪我している彼女を見て「森の民は頑丈だしたぶん平気だろ。住む世界が違うんだ。俺たちにできることはないさ」と関わろうとしない姿勢を見せた。


 トムも弁えていたのかも。

 森の民と人間族は関わるべきではないと。

 ギガガブリの主張には確かに理屈がある。


「私はそうは思いません! 掟がなんですか! 双方が手を取り合い生きることはそんな難しいことじゃないはずです!」

「鹿の姫、掟を否定するというのか」

「ええ、否定しましょう! お父様の代わりに勇気をだしましょう! というか、そうしなければ、この森はアンデッドに乗っ取られてしまうのですから!」

「お前なりに考えてのことか。言い分はわかる。だが、お前は人間族の恐ろしさを知らない。傲慢さをわかっていない」


 ギガガブリは武器を同族に預ける。

 シェルティは俺に「これを持っていてください!」と弓を渡してきた。


 立会人が「森の意思があるほうに勝利はおとずれるだろう」と言うと、木の枝を放った。地面に落ちた瞬間、獣たちはぶつかりあった。


 鹿と狼なんだけど、大丈夫かな?

 

「うへえ、強すぎます……がくっ!」


 10秒後、シェルティは地面に転がった。

 でしょうねの極み。

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