セイレーンの湖
知性ある者たちが『セイレーンの湖』とそこには、名の通りにセイレーンと呼ばれる魔法生物が住んでいた。
水色の肌と蒼い髪、手はヒレで、耳にも立派な大ヒレ。性別は雌しかおらず、種族を通して愛らしい顔立ちや、美しい容姿を誇る。
陸上の争いとは無縁のセイレーンは、季節の移ろいと水の流れに身をまかせ、仲間と泳ぎ、湖畔で歌をうたい、魔力に優れるものは身体を陸に適応させ、湖の外でも遊んで過ごす。
ある日のことだ。骸骨の群れがどこからともなく現れた。湖畔の木々をなぎ倒し、歪な塔を建て始めたのは。
「アンデッドがどうして湖に?」
「私達になにをするつもりなの?」
「大丈夫よ、水中にいる限り、手出しできるわけないんだから」
セイレーンは問題の先送りを選んだ。
抵抗といえば、こっそり近づいて、水の魔法で骸骨を1体か2体、やっつけることくらい。ちょっかいを出したらすぐに湖に逃げ帰った。
そんな膠着状態が続いてしばらく。
すっかり見晴らしがよくなってしまった湖畔に、紫色のローブに身を包んだ者が現れた。
己よりも背の高い大杖には、いくつもの頭蓋骨がぶらさげられ、その頭蓋骨たちの瞳のなかには、紫色の怪しい光が宿っている。
深く被ったローブの下、骨と皮だけの顔を邪悪に歪める不気味な老婆。
「滅ぼしてやろう、セイレーンども」
紡がれるのは、いにしえの詠唱。腹底に響くどす黒い魔力の波動が、湖畔に集結していた100体以上のスケルトンに効果を及ぼした。
スケルトンたちの虚ろな眼底に、紫色の光がともった。手にする錆びた剣や、弓にまで、その光は伝播している。
「──『
水底の泥が蠢き、スケルトンが湧いた。
骨が一本一本組み合わさっていき、セイレーンの骨格になる。
魔女が呼び出した獣人のスケルトンにあらず。セイレーンのスケルトンだった。
セイレーンたちは湖の反対側に逃げた。だが、これ以上、問題を先送りに出来ないのは明白だった。
そんな時、ひとりの英雄が立ち上がった。湖の中で、最大の魔力を誇る少女ミルである。
「私たちの湖が脅威にさらされていることは言うまでもないわ。相手は上級アンデッドのネクロマンサー。恐ろしく強大な魔法を使う。でも、私たちにだって魔法は使える。湖畔にあるあの塔。あれが無限の魔力をあ魔女に与えているみたい。あれを破壊すれば追い返せるわ」
ミルの元で湖のセイレーンたちは団結し、水中での勢力圏を取り戻した。
彼女たちは快進撃のままに湖畔の塔を破壊するために陸地へ攻撃開始した。
「一斉攻撃開始ぃいー!」
「私たちの湖から出ていけー!」
「あのばばあをやっつけろー!」
湖からの猛撃。塔を守護するスケルトンたちがバラバラになって掃除された。だが、塔までの道のりには、まだまだ大量のスケルトンがいる。
湖岸から50mの距離、塔のすぐそばでネクロマンサーは、歯を剥いて笑みを浮かべていた。
「さあ、頑張って私のところまで辿り着いて見せるといいさ。その仮初の足でね。カカカ」
「みんなどいて!」
「ミルちゃんが魔法を使うわ!」
「やっちゃえ! 全部押し流して!」
湖が唸り声をあげる。
ミルの強大な水の魔法の予兆だ。
「──『湖岸を飲みこむ魔法』!」
大量の水が湖を飛び出し、50mもの距離をあっという間に走破、大波は塔に到達した。
純白の水飛沫が高くあがった。
寒々しい朝の空に虹がかかる。
少女たちは歓声をあげた。
ミルは肩で息をしながら睥睨する。
湖畔にいたスケルトンたちは全滅していた。
しかし、塔はいまだにそこある。
ミルは目を見開いた。塔の前の巨影に。
純白の大蛇がとぐろを巻いて山のように鎮座していた。纏うのは王の風格。睨まれるだけで動けなくなるほどの威圧感があった。
「第五魔術相当の魔法。危うく足元をすくわれるところだった。でも、相手が悪かったね、お嬢ちゃん。私は『死霊の王国』を統べる不死王ヴィクター様に、選ばれし″四つの指先″だ。魔術師としての格が違うのさ」
白髄の大蛇が動きだした。その影から姿をあらわした老婆は、恍惚とした表情をしていた。
「高等死霊術『第五魔術:
「一斉攻撃開始ぃい!」
「『水で叩く魔法』!」
「『激流を放つ魔法』!
「魔法をあのデカい蛇に集中させるのよ!」
水の魔法が分厚い蛇腹骨に連続で命中する。
しかし、てんでダメージが通らない。
「あぁ、ひとつ言い忘れておった。大怪物バジリスクの体は魔力を弾く。死に生きる白髄の姿であろうとな。魔法魔術の類は通用せんよ」
「魔法が無効化される……?」
「それじゃあ、どうやって倒せば……っ」
セイレーンたちの視線がミルに集まる。
(そんな目で見られても……私の最大魔法が利かないんなら、倒せるわけがないよ……)
ミルはやるせなく首を横に振る。
絶望して次々に逃げだすセイレーンたち。
「逃げろ逃げろ! だが、バジリスクは泳げるぞ? どこにも逃げ場などないぞ?」
「うぅ、なんでこんな理不尽なこと、ひどい……私達がなにをしたっていうのよ……」
「何もしてなかったら殺しちゃダメかい?」
老婆の高笑いが響く。
白髄の大蛇が湖にせまった。
ミルは嗚咽を漏らし、ポロポロと涙をこぼす。
その時だった。
空からピェェーと鳥の鳴き声が響いた。
どこからともなく紫焔の鳥が現れる。
それはミルの頭上を高速で通過、瞬きすら許さずに白髄の大蛇に着弾、大爆発を起こすと、白髄の蛇頭をバラバラに吹っ飛ばした。
ネクロマンサーは目を見開いた。そして、巨大な魔力の波動が近づいてくるのを感知した。
湖畔をゆっくり歩いてくる少年。
彼は炎を纏っていた。
否、厳密には腕に紫焔の鳥を乗せていた。
周囲にも炎鳥が旋回させている。
それゆえ炎を纏っているように見えた。
「少しお話を伺っても?」
少年は足を止めて言った。
静かだがはっきりと聞こえる声だ。
突然の闖入者は湖畔を完全に支配していた。
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