席巻する死霊
暗く湿った石部屋。
蜘蛛の巣の影が、魔法の松明の蒼い炎を受けて揺れている。
かび臭い古い粘土板がが並ぶ机に向かうのは、虚ろな眼底を持つ者だ。瞳が本来あるべき場所には、黒い闇が揺らめいている。
「ヴィクター様、生贄をお持ちしました」
ヴィクターと呼ばれた者は席をたち、配下を見やる。重厚な黒鎧の偉丈夫、しかし、その者には首から上がなかった。首無しの騎士と形容するのがふさわしい風体だ。
首無しの騎士は連れてきた獣人を石床に放った。恐怖に震える獣人。ヴィクターは呪文を唱えた。すると、獣人たちはピクリとも動かなくなった。白骨の手が握る装飾の施された短剣が深々と突き刺される。
「我が指先たちの動向は?」
「大魔法陣の要をすでに確保したと報告があがっております。現地には獣人どもの里がありましたが、すでに更地に変え、術法の設置をほぼ終えたとのことです」
「それはいい。我が悲願の成就も近い」
ヴィクターはカタカタと顎を鳴らし、白い指先で血だまりを撫でた。血だまりがプルプルと震えると、それはひとつの球体となった。
「我ら『
愉悦で語りだした声に濁りが混じった。首無し騎士は「いかがされました?」とたずねた。
「我が祝福を授けし者、その繋がりがいまこの瞬間に途絶えた……」
「指揮官クラスのアンデッドですか?」
「そのようだ。──ハハハ、そうか、抵抗するか、獣人どもよ。面白い。生きとし生ける者よ。我らが『死霊の王国』侵攻に抗うというのならば、全霊をもってあがくがいい! これは理の戦いぞ! はははは!」
暗く湿った石部屋に、低い笑い声がこだました。
────
大怪獣バトルは、俺のゴーレム軍団の勝利で幕を閉じた。数の優勢もあったし、個々の性能でもこちらが優っていたおかげだ。
あたりが安全になってから、グツグツと煮えた爆心地の周りを探した。けれど、骸骨の魔術師を見つけることはできなかった。
「あっ! アイザック見てください! ここに腕の骨が落っこちてますよ!」
「弟、こっちは頭蓋骨じゃない?」
シェルティとマーリンは、それぞれ見つけたブツを嬉しそうに掲げて持ってきた。
「骸骨の魔術師は死んだっぽいですね」
「元から死んでるみたいもんだったけど」
「それは確かに」
「うぅ、アイザック、私は感動しています……! あの強大な魔術師をこうも簡単に倒してしまうなんて……!」
「ふふん、当然じゃない、私の弟は超天才で超最強なんだから! あんなの楽勝よ!」
「あいつたぶん強くなかったですよ」
素子の魔眼で見た感じ、サミュエルよりいくらか魔力保管量が多いくらいだった。魔術神経は火属性と土属性が発達していたけど、マーリンよりも育っていなかった。
知り合いの魔術師を指標に判断した結果「絶対こいつには勝てるな」と確信できる程度の魔術師だった。
「アイザックにとっては大した敵ではなかったということですね! やっぱりアイザックはすごいです!」
シェルティは白骨の腕を放り捨てると、俺の両脇に手をいれてくると、ひょいっと持ち上げ、強く抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと! 私の弟になにを!?」
「ヤドシカ族では親愛なる物には、こうして匂いをつけておくのです! お気に入りのお昼寝場所や、木や弓にもこうするのですよ!」
「姉さん、大丈夫。モモもよくスリスリしてきたので。獣人の癖みたいなものです」
「私は大丈夫じゃないのー! というか、モモともこんな破廉恥なことを……っ、ダメダメ、弟、もっと抵抗してぇ! こんな行為はよくないとお姉ちゃんは思うなぁ!」
すっかり顔を赤くしてカンカンに怒る姉。何が気に喰わないのかわからない。
「しかし、心残りですね」
「心残り? モモのモフモフが恋しくなったってこと……?」
「そうじゃなくて。黒い靄みたいな魔力です。骸骨の魔術師が有していたんですよ」
四大属性ならひと目見ればわかるが、あれは一体なんだったのか?
アンデッド特有の魔力だったのかな?
「てか、あのアンデッド、『コノ地ニハ生気ガ宿ッテイル』とか言ってたよね? あれどういう意味だったんだろうね?」
「特殊な魔力状況という意味ですよ。ヤドシカ族の里があるこの地は、魔法魔術的な優位性があるようです」
「言われてみれば、魔力の気を感じるかも?」
マーリンはあたりを見渡し、魔力を感じようと手をかざし、シェルティは「私は全然わかりません!」と言った。うん。元気だね。
「あの骸骨の魔術師は、この地が欲しくて鹿たちを追い払った……ってことでしょうね」
「なにか目的があったってこと?」
無事に里を奪還したので、シェルティは「仲間たちにもう里は安全と伝えにいってきます!」と行ってしまった。
その間、俺とマーリンは里の安全を確保し続けることにした。焚き火を焚いて寒さを凌ぎつつ、俺たちの興味は骸骨の魔術師が製作していたオブジェクトに向いていた。
見たところ魔法陣だ。
アンバー文字で構築されていない。
使われているのはもっと古い文字。
「これで暇つぶしでもしましょうか」
俺とマーリンは魔法陣に術式で干渉してその仕組みを考察をしたり、無惨にも更地にされたヤドシカ族の里をまわったりした。
生活の痕跡を感じられる家屋はすべて軒並み破壊され尽くしている。その光景を前に、沈鬱な気分にならざるを得なかった。
翌朝。
里を離れて、マーリンと手を繋ぎながら水辺を探すことにした。水筒の水は昨日で飲み切ってしまったので。水の魔力による元素生成で純水を作り出すことはできるが、これは美味しくないので飲用には向かない。
「もうシェルティのやつ、水辺くらい教えていけっていうのに」
「まぁおっちょこちょいな子なので」
「弟はシェルティに甘すぎ! お姉ちゃんにもそれくらい甘い待遇を求む!」
姉上様を甘やかすのも弟の仕事ですか。
「弟、こっちであってるー?」
「まっすぐです」
水の魔力が元素のほうへ引っ張られる性質を利用して、水源を特定することができる。揺らぎを追えばいいだけの簡単な作業だ。
そうして水辺にたどり着いた。
とても大きな湖であった。
「弟、なんかあっちで争ってない……?」
マーリンの指差す方向。
俺たちとは反対側の湖畔。
目を細めると、白骨の軍団と水色の肌をした少女たちが激しく衝突をしているのが見えた。
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