骸骨の魔術師

 王国歴1079年3月


 モモは魔法生物の図鑑に没頭していた。

 サミュエルの手腕により、クンター家がすこしずつ裕福になってきた結果、最近になって新しい本を買ってもらえたのだ。

 

『魔法生物図鑑(王国歴707年)』

 著:サー・ミール公爵領魔術師ファビモス・クンター

 

 桃色の毛束をフリフリさせながら、ベッドに寝転がり、彼女は古書に記されたいろいろな怪物たちに目を輝かせていた。

 

「魔法を使う死霊……リッチ」


 モモは黄ばんだ紙面に目を走らせる。


「死後も知性と魔力を有する上級アンデッド。生前に魔術師ないしは魔法使いだったものが、こうしたアンデッドに変貌するとされている。死という体験が一体どのような魔法魔術的な意味を持つのかは、経験しないことにはわからないが、リッチは得てして強大な魔力を操ることで知られている。魔術の深みを目指す道、それにしか興味がないのなら、あるいはリッチとなることは悪くない選択肢かもしれない」


 著者の所見の隣、一ページ丸々使って、汚れた布に身を包んだ骸骨の挿絵がある。恐ろしい風貌、空虚な眼底、手にはねじくれた杖。

 その下には『鷲獅子等級グリフォンランク』『脅威度:推定50~55』と記されていた。

 


 ────



 シェルティの一族に危機が迫っていることを家族に話した。

 身振り手振りで一生懸命に話す子鹿に対し、俺たちはより詳しく状況を問い、問題となっている謎の魔法使いについて聞いた。


「骸骨が魔法を操っていただって? そんなことあるのか?」

「シェルティちゃん、何かの見間違えなんじゃないの?」

「見間違えなんかじゃありません! あれはきっと人間の骸骨です! そんな気がします!」


 謎の魔法使いはアンデッドっぽい。トムはヘラは想像もつかないという反応をしているが、俺としては「普通にいそう」という感想だ。スケルトンという怪物を過去に見た経験から、そういうこと死者が動きだすがありえる世界であると知っているのでね。


「パパ、ママ、困ってる友達を放っておくなんてできない! 悪い奴がいるならやっつけてやるんだから!」

「マーリン、ぐすん、良い子に育って……っ」

「──私の弟がね!」


 ということで、第三魔術を操れる俺とマーリンはシェルティとともに、森へ乗り込むことになった。


「ふたりとも、私を信じてくれるのですか?」

「当たり前でしょ? 友達じゃない」

「シェルティは悪い事しませんもんね」


 目的は、神殿漁りをしたと思われているシェルティの名誉を取り戻すこと。そして、謎の魔法使いとゴーレムたちから里を取り戻し、鹿たちを助けることだ。


「んん? これはなんですか?」

「これはくらというものですよ、シェルティ」

「くら?」


 以前、シェルティが村に来た時のこと。

 俺とマーリンは背中に乗せてもらった。


 鹿の乗り心地は微妙だった。

 背骨がお尻にあたって痛いのだ。

 俺が鞍の必要性を感じた瞬間だった。


「弟と私で作ったんだよ、すごいでしょ!」

「わぁあ! ちょっとだけキツイです!」

「おかしいですね。お腹周り太くなりました?」

「弟ぉ!? 女の子になんてこと!」

「あっ……すみません、シェルティ」

「? どうして謝るのですか? 太いということは逞しいということ! 褒めていただきありがとうございます!」


 危険が予測されるので準備は万全に整えた。


「弟~、大冒険だね~! 私、村から初めて出るや!」

「ふたりとも怪物に気を付けるのよ」

「大丈夫さ、ヘラ。俺たちの息子は天才錬金術師なんだ。どんな怪物だろうとイチコロさ」


 心配そうな母、楽観的な父。

 どちらにせよ、森にいかせてくれる。

 ずいぶん信頼されるようになったものだ。


 俺とマーリンは子鹿にまたがった。

 そうして残雪が彩る北方樹海へ旅立った。


「わぁ! とっても体が軽いです! 風のように速く駆けれます!」

「以前、シェルティに教えてもらった『追いかける時の魔法』を研究して『軽量化の魔術』を発明しました。そこから『軽量化のルーン』をつくって、『疾走しっそうくら』ができたんですよ」

「弟は超天才なんだから! すごいでしょ!」


 ヤドシカ族の里は以前聞いた話だと、2日くらいはかかるということだったが、風となった鹿ならば、ものの数時間で目的地の近くまでやってこれた。


「いたた。お尻が痛いよぉ」

「流石に乗りっぱなしはきついですね」

「アイザック、手前でおろして欲しいということでしたが、ここらへんで大丈夫ですか?」

「争いがあるとわかっているのなら、事前にやることがあるので。ここでいいです」


 俺たちは徒歩で進んだ。

 シェルティは弓を手に慎重に辺りを見渡し、マーリンはマフラーに顔をうずめつつ俺の手を握りしめ、俺は姉の手を離さないようにしつつ、眼で異変がないかを警戒する。


 やがてヤドシカ族の里に着いた。

 里にはゴーレムたちの姿があった。

 者どもは木をへし折り、何やら建物を作っている。


 ゴーレムたちに指示を出す者の姿がある。

 ボロボロの黒ローブ。白骨の体。

 空虚な眼底。魔力を感じる杖。


 俺たち三人は顔を見合わせてうなずきあう。

 あいつが例の魔法使いに違いない。


「……ソレデ隠レテイルツモリカ?」


 骸骨の魔法使いが魔力を練りだした。

 ゴーレムたちも建設作業を辞めて、スクラムを組んで陣形を整えた。


「火ノ悪魔、焼キ焦ガス黒キ御手、

  血ト灰ノ贄、焦点ニ帰セ

 ──二重詠唱『第三魔術:火炎球カエンキュウ』」

「お、弟ぉ! バレてるっぼい!?」

「はわわ! 美味しく焦がされちゃいます!」

「ふたりとも静かに。動かないでください」


 魔術というのは、放ったあとも指向性を与えることができる。距離と術者の技量次第では、回避することはとても難しい。いまの状況がまさにそれだ。なので安全な対応としては反対魔術での防御が望ましい。


「一握の火、引き絞る矢、

   我が敵を焼き穿て

 ──『第二魔術:火線かせん』」

 

 一筋の火の矢。放物線を描いて飛んでくる火球を貫き、空中で爆破させた。

 空虚な眼差しが、俺をとらえる。


「ヤハリ魔術師カ。多少ハデキルヨウダ」


 俺は草むらから出ていく。


「交渉しにきました。里を鹿たちに返してあげてください。話がわかるんですよね?」

「言葉ガ通ジルノト、話ガワカルノハ、別ノ話ダ。コノ地ニハ生気ガ宿ッテイル。生命ガ長ラク暮ラシタ地ハ、魔法魔術的ニ優レル」


 言われてみれば、俺の眼にも映るこのあたりの魔力状況はかなり特殊に見えている。

 

「交渉ノ余地ハナイ。貴様ノ魔力、貴様ノ生気、イタダクトシヨウ」

「あなたは交渉に乗るべきだと思いますけど」

「ハハ、面白イ。何故ソウモ強気ニナレル、私ガ恐ロシクナイノカ?」

「僕はかなり慎重な性格でして。こと命の危機には敏感です。その上で確信しています。魔法魔術戦に移行すれば、僕はあなたに勝てると」

「人間風情ガ、肉体ノ限界ヲ超エテ、魔術ヲ極メシ、私ニ勝ルダト? ハハハ……笑止!」


 再び火の魔力が練られだした。

 同時にゴーレムたちが襲いかかってくる。

 その数、20体は下らない。


 これは相当危なかった。

 準備していなかったら。


 ドシン、ドシン、ドシン!

 周囲の森から岩石ゴーレムが出現する。

 骸骨の魔術師が操るゴーレムとは、経路の違う洗練されたフォルムを持つ岩石ゴーレムたちだ。


「コレハ私ノゴーレムデハナイゾ……っ」

「驚くことではないですよ。ゴーレムなんて誰かの専売特許というわけでもない」

 

 危険が当たり前のように推測されたので、事前に岩石ゴーレムを作って里のまわりを包囲させておいた。その数は25体。作りすぎたかなと思っていたが……もっと作っておいてもよかったくらいだな。


 岩石ゴーレムたちが殴り合いを始めた。

 巨大な質量がぶつかりあい、砕け散る。

 まさに大怪獣バトル。すごい迫力だ。


「面白イ、貴様ノ魔力、サゾ有益ダロウ!」


 巨大な火球が作りだされてゆく。


「ナラバ見セテヤロウ、上級技巧

  多重詠唱ヲナ!

 火ノ悪魔、焼キ焦ガス黒キ御手、

  血ト灰ノ贄、焦点ニ帰セ

 ──二重詠唱『第三魔術:火炎球カエンキュウ』ッ!!」

「無垢の蒼焔、最大の浄化、

     四肢を裂く暴風、嵐を呼ぶ鷹

    炎の翼、肺を焦がす熱波、

   不死なる鳥、一陣の火の香り、

       爛れし雛鳥を、残響と燃やせ、

 ──追加三重詠唱『第三魔術:灼鳴鳥しゃくめいちょう』」

「ナッ、コノ魔力ノ波動ハ……ッ!」


 俺のほうが速く術の展開を終えた。


 蒼い炎鳥が三つの彗星となり、三方向から接近。骸骨の魔術師は、詠唱中の術を放棄、ゴーレムの影に隠れようとする。


 彗星は落下した。最初と最後の彗星の着弾誤差0.2秒。一面の残雪が昇華し、爆風で枝が折れ、乾いた木々の皮が一斉に発火、爆心地一帯はグツグツと煮えていた。

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