森の異変
「うおお! 狩り放題! 食べ放題!」
「ちょっと待ったぁ! なんで弓を構えてるんですか! そこの鹿、動かないでください!」
俺は駆け寄って、弓を手で押えた。
「はわわ!? ──あっ、アイザック! お久しぶりですね! とっても会いたかったです! くんくん! わぁ~、アイザックの匂いがします!」
「僕も会いたかったですよ、シェルティ」
「こんな大きな猪、どうしたのですか!」
「ふふ、驚きましたか? これは養豚と言ってですね──」
「──なんと! 流石は頭の良いアイザックです! そんなことを思いつくなんて! 養豚さえあれば狩りいらずですね!」
ぱちぱちぱちぱち。
シェルティの軽快な拍手が響く。
「BLTの反響はどうでしたか?」
「あっ! それがですね! 里に帰った時、籠のなかが空だったらしくて! 里のみんなに食べてもらえなかったのです!」
「それはミステリーですね」
「ええ! みすてりー、です!」
「心当たりは?」
「里への帰路で、おやつとして少し食べた程度でしょうか! 本当に少しだけなのです!」
うーん、全部食べちゃったのかなぁ?
「って、いけない!」
シェルティはハッとした顔になった。
「私、アイザックにお願いあって!」
「お願いですか……?」
「うーんと、どこから話せばよいのでしょうか……うーん、うーん、とにかくいますごく大変なことが起こっているのです!」
大慌てて両手をふりまわす子鹿。
俺は背中を撫でてあげて落ち着かせる。
子鹿は冷静になり、ゆっくり語り始めた。
────
時は3カ月前に遡る。
シェルティの帰還後のこと。
夜も深まった頃、里長アーケウスの家には、長老衆とシェルティの姿があった。月明かりの中で、魔弓はルーンの輝きをたたえている。
「凄まじい……まるで神話の弓のようだ」
「人間族の里に降りたことは、罰せられてしかるべきだが、これほどの弓を作れる職人がいるとなると……」
「この弓があれば、我らヤドシカ族は、不埒なクロオオカミ族から身を守れるし、より多くの獲物を得られるだろう」
長老たちの期待。
「だめだ」
しかし、アーケウスは一言で斬り捨てた。
「かつて里を訪れた名工の種族ドワーフでさえ、たくさんの毛皮と肉と骨、それと光る硬い石を見返りに求めたという。我らはこの弓を作れるような強大な存在に貸しをつくるべきではないだろう。何を要求されるかわからんぞ」
「アイザックはいい人ですよ!」
「お前は黙っていなさい、シェルティ」
「ひぐぅ」
「そもそも、私はアイザックという存在がいるとは考えていない」
「え?」
「冷静に考えるのだ、長老衆よ。この弓に込められし魔力を感じれぬ訳ではあるまい。想像も及ばないほど強大な存在に作られた弓だ。恐らくは神話でうたわれる神器。そういった類のもの。人間が作れるとは思えない」
皆の顔に納得の色が浮かぶ。
「それでは一体どこから……?」
「あそこしかないだろう──神殿だ」
「ま、まさか、そんな! あそは掟で……」
「お嬢様、神殿に近づかれたのですか?」
「うえ? え、えっと、いや、ど、どど、どうでしょうか! 皆さんが何を言っているのかまったく意味がわからないのです! ええ!」
長老たちの顔に諦めの表情が浮かぶ。
「まったく仕方のない子だ。はぁ、もう今日は夜が深い。この件はまた明日話すとしよう」
「わかりました、では、私の弓を返してください、お父様」
「ならん。これは私が預かる」
「ええー! ど、どうしてなのですか!」
「どうしてもだ、いたずら娘め。お願いだからもう掟は破らないと誓ってくれ」
そして、翌日、悲劇は起こった。
里はゴーレムの群れに襲われたのだ。
「逃げろー! 潰されるぞー!」
「ゴーレムの怒りだぁ……っ」
「はわわ、家がぁ!」
ヤドシカ族は住処を追われた。
身軽な彼らは、無事に逃げ切ることができたが、その先には厳しい日々が待っていた。
里は占拠され戻ることもできず、逃げた先で再びゴーレムに追いかけられ、追いやられた先では別の種族と衝突もした。
寒い冬の時期にそんなことを繰り返して、みんなすっかり疲れてしまっていた。
ある時、ついに長老衆のひとりがこの悲惨な出来事の責任を口にだした。
「お嬢様が神殿に踏み入ったせいです」
「弓を盗まれたのでしょう?」
「正直に言ってくださいませ! お嬢様!」
「はわわ、そ、そんなことは……!」
シェルティは否定できなかった。
事実、神殿には近づいたのだから。
「うぅ、こうなったら、私がひとりでゴーレムたちをやっつけて里を取り戻します!」
シェルティは黙って群れを離れた。
手には魔弓。胸には覚悟があった。
すべてを取り返す。
苦しむ一族を救うために。
ゴーレムは強大ではあったが、魔弓があれば対処できない敵ではなかった。最大の問題は、敵がゴーレムだけではなかったことだった。
ゴーレムたちに囲まれたひとりの魔法使い。
「あれは……魔法使い? やめてください、話し合いをしましょう!」
対話の返事は火炎球だった。
シェルティはギリギリで回避する。
「うわあ! 危ない! 尻尾が焦げちゃうところでした……わかりました、そっちがその気ならもう容赦はしません! ていやー!」
シェルティはゴーレム軍団&謎の魔法使いと激戦を繰り広げた。だが、辛くも敗北し、最後には命からがら逃げだした。
危険な魔法使いに追われたまま群れに戻ることもできず、必死に逃げた先は、気づけばあの日と同じ道なのであった。
────
「──ということがあったのです」
「それは……壮絶ですね」
「ぐすん、このままではみんな魔法使いに鹿肉にされてしまいます……厚かましいお願いだとわかっているのですが、アイザック、どうか一緒にゴーレムをやっつけてはくれませんか?」
シェルティは瞳を潤ませてお願いしてきた。
俺は少し思案し、首を縦にふった。
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