子鹿の里帰り

 シェルティが村に来て4日目。

 また俺は彼女と森に狩りにきていた。


「アイザック、見ててください!」


 シェルティは木に手を触れた。

 樹皮が捻じれて変形する。

 一本の矢が生成された。


「これは『矢が欲しい時の魔法』です! アイザックならきっと扱えますよね!」


 詠唱もない。

 魔術式もない。


 魔術とは異なる物。


 生活の知恵、慣習、伝統として発展してきた魔力の運用──これを魔法と呼ぶ。


 通常、再現性に乏しいが──俺はマネして同じように捻木の矢を樹皮から生成した。


「わあ! ヤドシカ族のなかでもこの魔法を使える者は一部の狩人だけなのですが! 流石はアイザックですね!」


 シェルティはほかにもヤドシカ族に伝わるという魔法を教えてくれた。


『お腹がいっぱいになる魔法』

 草を瞬時に成長させる魔法


『追いかける時の魔法』

 身体を軽くして動きを敏捷にする魔法


 俺は彼女に教えてもらった魔法を漏れなく修得した。なかなか興味深い魔法だった。

 

「これで僕も立派な狩人になれますかね?」

「魔法だけでは狩人にはなれませんよ! 毎日、朝起きてたくさん森を走りまわって、弓の練習をするのですよ!」

「努力あるのみですか。次、会う時までにはもっと上手くできるようにしておきます」


 シェルティは明日、ヤドシカ族の里に帰る。

 故郷のみんなにBLT教えてあげるためだ。

 

「シェルティって黙って抜け出してきたんですよね? 大人たちに怒られたりしませんか?」

「いつものことなので! あっ、でも、今回の旅は長くなりすぎですね。ゴーレムに追いかけられてずいぶん遠くまで来ちゃいましたから」

「そういえば、なんで追われてたんです?」

「神殿のなかを見てみたくて……里の掟では、近づいてはいけないとされている場所だったのですが、気が付いたら身体が勝手に」


 人間世界に憧れたり。

 禁域に踏み入ったり。

 シェルティは生粋の異端鹿らしい。


「里は遠いんですか?」

「2日も走ればすぐですよ!」


 まぁ獣人の体力なら問題ないか。


「冬の森は寒くはないですか?」

「大丈夫ですよ、寒さはへっちゃらです! ほら、私のお腹、すごく温かいでしょう?」


 シェルティはそういって鹿ボディをぺしぺし叩いた。期待の眼差しを向けられたので、そっと鹿ボディのお腹を触れた。温かかった。


「じゃあ問題は外敵だけですか。またゴーレムに追いかけられたら大変ですね……」

「その時は懸命に走るしかありませんね!」


 なにか力になってやりたい。

 良い狩人には、良い弓を。

 よし、いいこと思いついた。


 翌日。

 俺たち家族は森の入り口に集まっていた。


 シェルティの背中には大きな網籠がある。

 なかには大量のBLTが入っている。


「鹿のおねえちゃん、いっちゃうの?」

「森に帰るんだよ~、きっとまた会えるよ~」

「シェルティちゃん、お腹が空いたらまた遊びにきていいからね」

「ぐすん、食いしん坊娘、無事に家に帰るんだぞ、危ない目にあうんじゃないぞ……」

「ありがとうございます! 親切な皆さん、どうかお元気で!」


 シェルティは最後に俺のことを見てきた。


「帰還の旅、無事にいくこと願ってます」

「アイザック、また会いましょう! では!」


 天真爛漫な子鹿は、冬の森に消えていった。


 

 ────



 数日後。

 ヤドシカ族の里は混乱していた。

 

「もう2週間もお嬢様が御帰りにならない!」

「きっとどこかで凍えているに違いない!」

「神殿のゴーレムの怒りを買ったんだ!」


「ふう! ようやく着きました! やはり、おうちが一番ですね!」


「「「「お嬢様ぁ!?」」」」


 族長令嬢シェルティの帰還は、悲壮感に包まれていた里を一気に明るくした。


 皆が彼女の帰還を祝った。

 祝ったあとは叱った。

 最後には穴に放りこまれた。


「どうしてぇ!? こうして無事に帰ったではありませんか! お仕置きは嫌です!」


 深く掘られた穴底からの訴え。


「静かにせい! バカ娘が! 皆がどれだけ心配したと思っている!」


 族長アーケウスはピシャリと咎める。

 

「そうだ! お父様、人間の世界から美味しいものを持って帰ってきたので、みんなで食べてください! それで許してください!」

「お前、森の外まで行っていたのか? まったく呆れた子だ。……ん? 弓が変わっているな? 私が作ってあげた弓はどうした?」

「失くしちゃいました!」


 明るく告げるシェルティ。

 返事はかえってこなかった。


 娘は首をかしげ、呆けている父を見上げる。

 アーケウスは固まっていた。


 彼は目を見張っていたのだ。

 娘の持って帰って来た”弓”に。


「……この弓を、一体どこで拾ってきた?」

「友達のアイザックが作ってくれたのです! 魔法の弓なのです! ゴーレムを射ると動かなくなったり、矢が凄く速く飛んだり、遠くまで飛んだり、火を纏ったり、風を纏ったり、地に射れば壁が生えてきたり!」


 無邪気な娘の言葉は耳に入っていなかった。

 アーケウスは”12のルーン”が刻まれし魔弓をそっと指で撫でる。


「ヤドシカ族の長に代々受け継がれているドワーフ製の宝弓……かの弓でさえ”4つのルーン”を有するのみ……だというのに、これは、これはいったいどういう……っ」

「そういえば、お父様の弓矢にも模様がいっぱいありましたね! 言われてみればアイザックの弓と似ているかも!」

「……シェルティ、穴から出なさい。父さんに旅の話を聞かせてくれるか?」

「わぁい! お仕置きはおしまいですか!」


 穴から出たシェルティは、長老たちに囲まれ、旅について質問責めにされるのだった。

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