秘文字の弓

 村人の懇願を聞き届けた後、俺はレッドスクロール家に戻り、窓の外、静かに雪が降る中、工房でさっそく作業に取り掛かった。


 数日後、狩人たちに招集をかけた。

 

「今日はどのようなご用件ですか、坊ちゃん」

「狩りの成果を願って、レッドスクロール家からささやかな助力を」

「そ、そいつはぁ!? 新しい弓ッ!?」


 多くの肉のために狩猟能力を拡張する。

 そのために村の狩人を強化するのだ。


「普段使ってる弓だとルーン加工に耐えられないと思うので、新弓を作りました」

「ルーン加工……もしかして、坊ちゃん、おらたちにも『秘文字の弓』を!?」


 北方樹海ブラックオルク製の単身弓。この木材の魔力許容量は″ルーン2つ″だ。使い勝手が良い。魔道農場の丸太もこの木材だったりする。


「そのための新弓ですから。いまこの場で烙印しちゃうので、お好きなルーンを2つ選んでください。おすすめは4つあります」

 

『猫足のルーン』

 水のルーン派生。足音がちいさくなる。


『熱心のルーン』

 火のルーン派生。深雪の森でも体温を保つ。


『遠射のルーン』

 風のルーン派生。矢が遠くまで飛ぶ。

 軌道変化が可能。


『速射のルーン』

 風のルーン派生。矢が速く飛ぶ。

 軌道変化が可能。


 これらの派生ルーンは魔力研究の産物だ。

 火を火のまま扱うのは″浅い″と気づいた。最近はもっぱら”深み”の探究にハマってる。探究が進めば、これからも新しい魔力の作用を発見できると思っている。


「最高だぁ! どこまでも矢が飛んでいく!」

「射った矢が曲がるぞ! ルーンすげぇ!」

「あれ? 坊ちゃんも森に入るので?」


 狩人の長が俺が背負っている弓と矢筒に気が付いた。


「肉不足なのでレッドスクロール家も協力しようかと」


 実は2年前から家族ぐるみで村長夫人ミリスに指南してもらって、弓を練習してきた。狩りのレベルも素人ではなかったりする。


 狩人らに弓を届けた後。

 雪化粧された美しい森にやってきた。

 メンバーは俺とトムとマーリン。新雪をサクサク踏んで、足跡を残しながら進む。


「弟、見て〜! 鳥、仕留めた!」

「アイズ見てくれよ、初めてリスを倒せたぜ」


 今回の冬森の狩りは、レッドスクロール家最強の狩人を決める意味合いを含んでいる。現状、俺たちは弓の腕だけなら互角。


「なら、僕は──とうッ!」

「いまの矢、虚空に消えていったが?」

「あはは、どこ射ってるの、弟~?」

「行ってみましょうか」


 矢の消えた方角へ100mほど歩いた。

 真白い雪のうえ、赤い血痕、息絶えたリス。


「距離も点数に加算されますよね。現状、僕がリードということで」

「そういや、お前の眼って遠くもよく見えるんだったか」

「ずるい! 魔眼だめ! 禁止求むー!」

「ほとんど弓の性能ですよ。ブラックオルクとミスリルブレス合金の複合弓。ルーンは11つ。うち4つは『遠射のルーン』です」

「何それスゴ!? じゃあ、武器もずるじゃん!? ずるずる弟! ずるする弟は、いけない弟! お姉ちゃんは悲しいですッ!」


 弓を交換こしたら機嫌直してくれた。

 あとで姉上様にも同じの作ってあげないと。


「もっと奥行きます? 危ないかもですけど」

「いいよ~賛成~♪ 大冒険しよ!」

「父さんは?」

「いいと思うぜ。安全保障の水銀君もいるし」


 トムは威風堂々と鎮座する銀液を見やった。


 1時間後。

 普段はまず立ち入らない場所まで来た。


「姉さん、危ない」

「はわわ、雪が! ありがと、弟」


 高枝から積雪の塊が落ちてきた。


「ん?」


 そこで気づいた。

 ドシン、ドシン、ドシン。

 重たい足音だ。遠くから聞こえてくる。


 どんどん近くなっている。

 張り詰めていく冷たい空気。


 その時だ。

 木々の間から”鹿”が飛び出した。


 否、それは鹿であって鹿じゃなかった。

 まだら模様の毛並み、細い四肢、短い尻尾。


 けれど、首からうえには人間の体。

 長い茶色の髪──たぶん女の子……だ。

 ケンタロス? いや、ケンタロスは馬だから違うか?


「はわわ、たすけてください……っ!」


 涙目の鹿女子が、俺の背後にまわってきた。

 震える手、荒い息遣い、ほんのり花の香り。


 鹿の女の子が逃げてきた方向。

 6体の岩石ゴーレムが向かってくる。


「馬鹿な!? この世の終わりかっ!?」

「罰があったたんだ! 弟の弓をお姉ちゃん権限で奪ってすみませんでした、羨ましかったんです! 愚か者でした! 神様許してぇえ!」

「多重詠唱の灼鳴鳥で……間に合わないな──『制御命令オーダー指定前方向殲滅七式フロントアナイアレーションセブン』」

「それって!? やばっ、パパ伏せてぇえ!」


 マーリンはトムに飛びついて倒す。

 俺は鹿女子の頭を押さえて地面に伏せさす。


 水銀の内部圧上昇、すぐのち全解放。

 前方向20mへの殲滅斬撃。


 銀触腕の輝く刃。

 目にもとまらぬ速さの乱舞。


 伐採される森。

 粉塵となって禿げる新雪。


 冬の森は喧騒に包まれた。大地には巨人が指でえぐったような破壊跡が無秩序に刻まれ、岩石ゴーレムたちはバラバラになって沈黙した。

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