地母神BLT

 製粉所のお隣『レッドスクロール魔道農場』にやってきた。


 巨大な農地囲むように地面に立てられた72本の丸太は、刻まれた水のルーンの力で、魔道農場を覆い尽くす巨大な水膜を展開し、日射量と湿度を掌握、気温は各所の要石に刻まれた火と風のルーンでコントロールする。


 この農場であれば、気候的に育たない作物を、育てることが可能になる。いわゆる温室栽培──ビニールハウス栽培の模倣設備だ。


「坊ちゃん、いらっしゃっいませ、小麦は順調に育っておりますぞ」

「それはよかったです。って、やめてくださいよ、その呼び方」

「やめません。賢く、強大で、恩恵を与えてくれる優しさ。坊ちゃんの偉大さに報いるには、能のないわしらにはこんなささやかな方法しか思いつかんのですじゃ」


 麦がぶわぁあ! って生えてからというもの、老人方は「アイザック坊やは、地母神のお使いじゃ!」と土着の古い信仰をもちだし始めた。


 今では多くが俺のことを坊ちゃんと呼ぶ。


「ありがたやありがたや」

「ちょっと中、入りますよ」

「どうぞ! どうぞ! 止めなどするものですか!」


 魔道農場にはいって、隅のほうへ。

 実験農場だ。ここだけ小麦を植えていない。


「水のルーン起動」


 水膜で個室を生成。

 気候を独立させて操作する。


「さてと、まずはレタスからいこう」


 種を蒔いて、『グングン霊薬』を与える。

 

「気温、湿度、日射量を記録。ポーション量と水量を記録……おっけい」


 美味しくなる条件を探ろうか。



 ────



 王国歴1078年11月


 レタス、トマトの栽培術を安定させた。

 冬が来る前に間に合ってよかった。

 日射量ゼロだと流石に美味しい野菜を育てるのは不可能だろうから。


 俺はみずみずしい野菜たちを家のキッチンに運びいれた。

 

「弟、捕まえたぁ!」


 マーリンが背後から抱き着いてきた。


「今度はなにを作るの? それ食べ物?」

「食べ物です。切ります。包丁使うんで危ないですよ、離れてください」

「やだ、お姉ちゃんはここに住んでます」

「まったく仕方ないですね。危ないので動かないでくださいよ」

「うん! お姉ちゃんに任せて!」


 包丁を手に取る。

 2年前に自分で鍛えた品。

 ルーンが8つ刻まれたお気に入り。

 野菜を洗って、手早くカットする。


「できましたよ。これはサラダという料理です。野菜が豊富にとれる地域で食べられるものです。シマエナガ村でも今日から食べられるようになりました」

「こんなに野菜が食べられる日が来るなんて! ──おいひいい!? すっごい甘い!」


 寒い地域では野菜が育ちにくい。

 肉やライ麦よりも遥かに稀少だ。

 ゆえに熱狂するのだろう。


「なんだこりゃぁあ!? 内側から汁が溢れてきて……!!」

「おにいちゃん、この草おいしい~!」

「都市で食べたことあるトマトってこんな甘かったかしら? 不思議だわぁ」


 皆がサラダに感動している横で、俺は真実の白パンをフライパンで焼いていた。

 

 バターに岩塩を混ぜ合わせ、パンに塗り、スライスした燻製肉、レタス、トマトを挟んで、いまだに俺の背中に住んでいるマーリンの口元へ。ぱくり──背中の住民は、ぎゅーっと腕の力を強めて、ぴょんぴょん跳ねて悶えた。


BLTベーコンレタストマトサンドウィッチといいます」

「これ一番好きぃ!? 絶対にみんな大好きになるよ~! 弟は本当に天才だね! なにを組み合わせて食べれば美味しいかまでわかっちゃうんだ! 魔眼の力?」


 マーリンは俺の手のひと口かじられたサンドウィッチを指差した。


「食べさせて! あーん!」

「自分で食べられるでしょう?」

「お姉ちゃんのお世話は弟の役目!」

「まったくもう、仕方ないですね」


 サンドウィッチをもう一回口元にもっていくと、今度は俺の指ごと食べられた。マーリンは「にひひ~、引っかかった!」と邪気のない笑顔を浮かべた。いたずら好きな姉上様だ。


 数日後、家族内で大好評をいただいたBLTサンドウィッチを籠いっぱいに作って、村の皆さんに布教しにいった。


「知らん物いろいろ挟んであって美味いッ!」

「BLTを食べた婆さんの腰が伸びた!?」

「地母神のお恵みじゃあ……っ!」

「これはまさしく地母神ちぼしんBLT!」

「「「地母神BLTッ! 地母神BLTッ!」」」


 すごくロックな名称で広まってしまった。


 前世知識のある俺もBLTの隠されし効果には驚いた。そんな健康に良いん、これ? と。

 論理的に考えるなら、地母神BLTの含む栄養素──厳密にはレタスとトマト──を、摂取したことにより、老人方の患いの原因を打ち砕いた……ということになるのだろうか?


 なおBLT効果の現れは老人方だけではない。 

 村人たち全員の調子がよくなった。


 肉、野菜、炭水化物。

 バランスの良い食事がこれほどとは。

 俺は飯の偉大さを認識させられた。



 ────


 

 王国歴1078年12月


「坊ちゃん、お助けを! 地母神BLTが作れません!」

「え? 12月いっぱいは食べれるくらいトマトとレタスは収穫しましたよね?」

「燻製肉のほうがないのです! あれがなければBLTではありません! このままでは肉不足で、わしが婆さんにBLTされてしまいます!」

 

 健康によくて、病気を治し、活力を与える奇跡の料理『地母神BLT』は、あまりに人気すぎて、村の食糧管理能力を鈍らせ、備蓄肉を消費しすぎてしまったとのこと。


 飯が美味すぎるというのも考えものだ。

 

 知り合いがBLTされるのを黙って見ているわけにはいかない。

 俺は肉を調達する手段を考えることにした。

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