錬金術:白亜製粉

 あちこちで小麦によるパン作りが始まった。

 レッドスクロール家も遅れずに参戦する。


 乾燥させた小麦を並べて、殻竿からさおで叩く。

 ご存知の通り、殻竿からさおは、デカいヌンチャクみたいな形状の脱穀道具のことである。


 脱穀したあとは、石臼でひく。

 細かくして粉にすれば小麦粉の完成。


 工程はライ麦粉を作るのとまったく同じ。昔から家の手伝いをしてきた俺やマーリンにとっては、じゃれあいながらこなせる作業だ。


 製粉できたら、エール工房へいって、エール樽の底から”おり”を回収、こいつと小麦粉と水と混ざてこねる。何をしているのかというと、これはエール(酒)を造った樽に残っている酵母(微生物)を回収して、パン作りに転用しているのだ。


 もっとも、この世界の人間に微生物だの、酵母だのという概念はない。


 彼らは経験的に「酒樽の底にたまったヤツを生地に混ぜたらよく膨らむ!」ということを知っているのだ。村人たちは、そうした経験的な知恵を親から子へ、何百年、何千年と繋いで、今日を生きている。


 そうこうして作られた初の小麦粉パン。

 通称:白パンを口にすると歓声があがった。


「おにいちゃん、これあまーい!」

「んん! 弟ぉ、このパン、すっごいふわふわしてる~!」

「まさか村で白パンを食べれるなんて!」

「これもアイズの錬金術のおかげね♪ うちの子は本当に誇らしいわ~」


 家族みんなに頭を撫でられながら、俺は出来上がった白パンを見つめる。

 俺の感想は「こんなに茶色かったか?」だ。


 前世の記憶では、もっと白かった気がする。

 もっとモチモチ、もっとフワフワしてた。


 俺は遠い記憶を追いかける日々に入った。


 課題は数日のうちに見つかった。

 皮だ。小麦の表皮が混ざっている。


 石臼でひく工程の際、表皮も一緒に砕いて粉にしてしまうのがいけないらしい。 これのせいで白くない。これのせいで雑味がでる。


 皮と身が混ざらないように、取りだす手段を考えなければ、白パン……否、真実まことの白パンにはたどり着けない。



 ────



 王国歴1078年10月


 俺は完成させた。

 表皮邪魔者どもを完全に除去する手段を。


 答えは錬成術にあった。

 銀鉱石から銀をとりだす術式を解析し、小麦に応用、表皮と白実の成分を魔術的に定義し、分解する錬成魔法陣を開発した。


 その後、抽出した白実を粉々にする錬成魔法陣も開発した。物質を粉々にする作用もまた、『錬成術:分解術』によるものだ。


 さらにその後「これ1つの錬成魔法陣にすれば便利か?」と気づいたので、2つの術式をひとつにして、錬成魔法陣を構築し直した。


 結果、収穫した小麦を錬成魔法陣に積んで作動させれば、美しい白い小麦粉ができるところまで自動でいってくれる魔法陣が完成した。


 この特別な錬成魔法陣の名は『白亜製粉はくあせいふん』と名付けた。

 

「すごーい、まっしろだぁ~!」

「弟、初雪みたいにフワフワしてるよー!?」


 これでパンを作り、発酵させると、めっちゃふくらんだ。ドキドキしながら、家族そろって白いバケットをちぎって試食に入った。


「ふわふわしすぎて喉がつまる!? 口のなかで暴れてるよぉ!」

「殺される、ふっくらしすぎて殺される……! これは都市にいた時に食べた白パンよりずっと美味しいぞ!? 白パンを越えしパン──せいパンだ!!」

真実まことの白パンと呼んでください」

「うわぁーい、聖パンだぁ! 聖パン!」

「弟、すごいよ、これは聖パンと呼んで過言じゃないや!」


 俺も食べてみた。

 普通に美味しかった。


 欲を言えば、もっと甘かったような気もするが……砂糖とか塩とか卵とかは入ってないし、まぁ現状はこんなとこだろう。


 一応、村には岩塩がいくらか交易で入ってきてはいるが、貴重なため普段のパンに使用するのは躊躇われるのが現状だ。将来的には、塩くらいは惜しまずに使えるようになりたい。交易を頑張るか……それとも自給自足するか。


 数日後、村会議を経て、俺は直径6mの『白亜製粉』錬成魔法陣を設置した製粉場を建設した。建材には森の木材を使用し、労働力には岩石ゴーレムを起用した。


 すぐに村全体に『真実まこと小麦粉こむぎこ』はいきわたった。


真実まことの白パンです。どうぞ食べてみてください」

「これが聖パン!? なんて美味しいんだ!」

「トムのガキは天才だ! 聖パン万歳!」


「……。皆さん、羊乳で作ったバターを塗ってみてください」


「これはなんだぁ!? 美味すぎて体が痙攣する……っ!?」

「俺たちはいままで泥でも食ってたのか!?」


 バター×焼いた白パン。

 その名はトースト。あまりに強すぎた。


 製粉場が設立された夜、村の広場ではお祭りが開かれた。さんざん崇められたあと、ひとりになりたいと言って抜け出してきた。


「白パン計画ははひと段落っと。次は……」


 まだまだやりたいことはたくさんある。

 先日の交易で手に入れたリストを確認する。

 

「やはり着手するべきは野菜の種……おっ、トマトにレタスがあるのか? 良いね」


 トマトにレタス。これら夏野菜を育てるにしてもいまは10月、しかもこの地域は冷涼な気候、普通なら育てることは不可能だ。


 でも、できるんです。

 麦どもを通して発展した栽培術ならね。

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