錬金術:栽培術

 友が去った後、俺は食へ興味を抱くようになった。

 モモが去り際に、よく外の話をしてきたせいだ。


「アイザック、外には白くてふわふわのパンがあるよ!」

「それはいいですね。美味しいんでしょうね」

「あとねあとね、しょっぱいコショウもある!」

「黒コショウで味付けされたステーキ……じゅるり」

「えっと、あとは甘いクリームの乗ったケーキ!!」

「うぅ、モモ、これ以上、僕を誘惑しないでください」

「ふふん、いっしょに行きたくなった~?」


 サミュエルの入れ知恵かはわからないが、やたらと誘惑をしてきた。

 正直、心が揺れ動いていた。豊かな食事、豊かな生活。


 最終的には村にとどまることを決めた。

 けれど、一度抱いた、食への情熱を消すことは難しかった。


「モモから聞きました。都会には美味しいものがあるって」

「知ってしまったか。……白いパンは凄いぞ。普通はお貴族様しか食べれないんだが、俺も外に住んでた時に食べる機会に恵まれてな。甘くて、ふわふわなんだ」

「じゅるり、いいなぁ~、私も食べたいなぁ~」


 みんないまの食事には満足していないらしかった。

 友が去った後、俺は食糧事情の向上を使命とした。


 最初に着手したのは、植物を爆速成長させる魔力、通称”栄養剤”を使った、ライ麦の大量生産だ。手軽だし、ひとまずお腹いっぱいを目指すためだ。


 これはすぐうまくいった。

 しかし、味はかなり変だった。


 口にいれる食べ物にたいして、キレイ草やヌメヌメ草のように、脱法すぎる爆走成長をおこなうのは不適格らしい。より繊細な術法が必要だった。


 それから食用に耐えるライ麦の栽培術研究が始まった。


 水をあげる回数、栄養剤をあげる回数、気温、日射量などの条件に加え、ルーンを使った運用法、錬成魔法陣を使った手法、種に魔力を付与してから土に埋める方法などの魔力の添加の仕方まで、多岐にわたり研究を重ねた。


 添加の仕方で、最後にたどり着いた解答は、まず栄養剤魔力を注いで、”過剰栄養植物”を作り出すことだった。魔力を大量に吸収した巨大植物、これを収穫し、すり潰して水で希釈する。これでポーション『グングン霊薬』は完成する。


 この『グングン霊薬』を使って、一定の条件をもちいて育てれば、爆速成長ライ麦でも、変な味になることはなかった。


 最終的には、爆速成長なのに、従来のものと比べて、甘味があって酸っぱさが控えめになった食べやすいライ麦パンが出来た。村人に大好評だった。

 

 完成した栽培術を投入したのは1077年の春からだ。

 収穫シーズン中、2日に1回、ライ麦畑で収穫と種まきをおこなった。


 栽培術で植物を爆速成長させるのは、ゲームでバグを利用して持ち物を増やしているみたいだった。めっちゃ楽しいので、俺は狂ったようにライ麦を作りまくった。


 結果、年間の収穫量は村全体を通して700倍に増加した。


 1077年の夏、村で消費されなかった大量のライ麦を使って、交易をおこない、行商人に「これからシマエナガ村は良い取引相手になりますよ」という旨を伝えて、1078年に村に来る時に、いろいろ持ってきてほしいとお願いをした。


 そして今年、1078年8月、約束の行商人はやってきた。


「昨年いろいろ言われたからもってきてやったぜ、坊主」

「小麦の種はしっかりありますね、ほかにもいろんな野菜の種も……この綺麗なやつがミスリル鉱ですか? 手に入ったようで良かったです」


 昨年の仕込みが成功し、行商人から物質を手に入れることに成功した。

 

「この調子なら、来年は2回足を運んでみてもいいかもしれない。欲しい物を羊皮紙に書いておいておくれ。忘れないように手に入れてもってくるからよ」


 品種改良ライ麦や『艶薬』の無限増殖バグがあるので物々交換には困らない。

 取引量が増えるのは、良いことだ。来年も楽しみだ。


 ミスリルの剣に11個のルーンを烙印した日の昼、俺は家の裏手にある植物栽培所に足を運んだ。


 2年間、この日を待ち望んで、栽培術を発展させてきた。

 俺が絶対に、家族に美味しい白パンを食べさせてやるのだ。


 

 ────



 王国歴1078年9月


 シマエナガ村には黄金の小麦畑が広がっていた。

 本来、北方地域の冷涼な気候では育たないソレらは、まるでこの世の法則を超越し、神の寵愛を受けて育ったかのように輝いていた。


「わぁあ! すごーい! これが物語に出てくる聖なるパンになるの!?」

「ひとまず小麦栽培は安定か。次はコイツをパンにする研究をしないと……」

「弟、ほら、こっちこっち! お姉ちゃんと遊ぼ!」


 マーリンは俺の手をとり、引っ張ってくる。

 黄金の稲穂は俺たち姉弟を温かく迎えいれてくれた。


「白パンの研究をしないと……姉さんもフワフワの白いパンがはやく食べたいって言ってたでしょう? 遊んでいる暇はないんです」

「そんなのママたちに任せればいいじゃん! もっとお姉ちゃんに構ってよ、弟!」

 

 マーリンの視線の先、後ろを振り返れば、ヘラやお隣のミランダさん、そのほか村の奥様方が、たくましい腕を組んで誇らしげな顔でこちらを見てきていた。


「あんたの息子は本当にたいしたもんだ!」

「坊主ばかりに良い恰好させるとでも? パン作りはあたいたちに任せな!」

「あたしゃらはあんたが産まれる前から、ずっと生地をこねてきたんだよ!」


 マダムたちがやる気に満ちている。

 そうだな。俺ひとりでやる必要はない。

 皆の力を借りよう。

 

 俺はしばらく研究のことを忘れ、童心に帰り、小麦畑を大興奮で駆けまわるマーリンを追いかけた。久しぶりに姉上様にしっかりと構った。

 

 

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