北方魔剣伝説

 王国歴1076年9月

 

 自由都市クニフから、魔剣に憑りつかれた職人たちが出発した。

 都市の金属加工を担うベテラン職人総勢20名による技術留学隊だ。


 サミュエルは参加を求められたが「普通に無理」と断った。


「吾輩は魔剣を作れる錬金術師とやらの噂に付き合うことはできない。そんな者は存在しないのだから。あと北方に気軽にいかないほうがいい。後悔するぞ」


 サミュエルは空前絶後の魔剣の所有は認めたが、公にはそれが人の手に寄って作られたものと認めたわけではなかった。彼のスタンスはあくまで「北方樹海から持って帰った魔剣」というものにとどまった。



 ────


 

 王国歴1077年9月

 

 1年後。

 自由都市クニフに技術留学隊が帰還した。

 遠征は失敗に終わっていた。


 王国の北側ホワイトレオ辺境伯領の広さは、実に国全土の4分の1とされ、王領よりおおきな地域とされている。


 だが、大部分は統治されているとは言い難い状態だ。


 最果てに村がポツンとあり、ほかの国家が領土を主張しているわけでもないので、一応、地図上で辺境伯領に含んでいるだけなのだ。


 北方地域では、木精霊の大移動により森の分布が頻繁に変化しており、魔法生物たちもあわせて移動し、のびのびと暮らしている。


 北方地域は人の領域ではない。その性質を理解していない者たちに、かの地域は牙を剥く。

 ゆえに遠征は悲惨な失敗を遂げたのだ。


 よくないことは遠征の失敗だけでは終わらなかった。


「5つのルーンを刻むような技術が現代にあるわけねえだろ! 目を覚ませよ、じじいども! あんたらが幻想を追いかけてる間に、俺たちがどれだけ苦労したか!」


 自由都市の金属加工業は長クラスのベテラン勢が、魔剣に憑りつかれた勢いで1年も姿を消したせいで、大打撃を受けてしまっていた。


「北方には森が多すぎた。街も村も少ない。補給に大変苦労する。よく迷う。あと寒い。獣も怪物も多い。お前とモモちゃんは、どうやって最奥の北方樹海までたどり着いた?」

「残念だがそれをお前に教えることはもうできない、エブルよ」

「……そうだな。わしはあの剣の秘密を漏らしてしまった。この都市だけで空前絶後の技術を独占しようとした結果が、この悲惨な不況だ。これからは失った物を取り戻すために地道に頑張るとしよう。錬金術師の話は眉唾だったと流布しなくてはな。よその都市や貴族に情報が流れ、空前絶後の技術を手に入れ、独占でもしようものなら、今度こそ我らの都市の金属加工業はおしまいだ」

 

(エブルは教訓を得た。授業料は高かったが。……アイザック君にはすでに見えていたのだろうな。吾輩にもようやくわかったよ。君の世界規模の視座が。君は自分の身ではなく、世界の均衡を守ろうとしていたのだ。まったくもって感服だ、君の瞳はいったいどれだけ先の未来まで見えていたんだ?)


 技術留学隊の失敗後、自由都市クニフには、新しい噂が流れた。

 魔剣は呪われており、近づいた者を惑わし、都市に不幸を撒き散らし、悲しみと怒りを吸って、ますます熱い黄焔を纏う──という噂だ。


 噂は『北方魔剣伝説』として世に広がった。



 ────



 王国歴1078年8月


 クニフよりさらに王都に近い都市にまで『北方魔剣伝説』は届いていた。


「ケケケ、最果ての樹海から持ち帰られた『北方魔剣』!」

「とんでもねえレア物ってわけだぁ」

「俺たち”剣狩り”の三兄弟がいただくぜっ!」


 全員が熊狩りベアスレイヤー級の実力をもつ悪名高き三剣士。彼らの剣狩りルールはただひとつ。互いの剣を賭けて勝負をすることだ。


「お前が”魔剣のモモ”だな?」

「ちびっこいとは聞いてたが、本当にただのガキじゃねえか!」

「まずはこの”白剣のギャビン”がいくぜ。つっても、俺様だけで狩っちまうんだけどなっ!」


 野次馬たちの見届けるなか、モモはその日、3本も新しい剣を手に入れた。


「父上~! また剣増えた~!」

「そろそろ、飾るスペースがなくなってきたが……しかし、モモ、『黄焔こうえんやいば』はまだ使わないのか?」

「だってこれね、アイザックが『強い剣士のための、強い剣です』って言って渡してくれたんだもん。もっと強くなってふさわしい剣士にならないと!」


 ”魔剣のモモ”の伝説は始まったばかりである。



 ────



 王国歴1078年8月


 シマエナガ村に9度目の夏が来た。

 俺は8歳になっていた。


 今日は剣を鍛えて遊んでいる。


 つい先日、行商人のおっさんから高価な鉱石が手に入ったのだ。昨年頼んでおいた品物だ。シマエナガ村には行商人が一年に一度しかやってこないので、新しい素材が手に入る日を心待ちにしていたのである。


 俺は出来上がった刃を凝視した。

 ミスリル鉱で鍛えた刃はとても美しい。

 値が張るだけある。良い仕上がりだ。


 鋼を主体とした合金では、どう工夫してもルーン9つ刻むのが限界だったが、果たしてこいつはどうだ? ──おお、10個刻んでも壊れないか。これは新記録だ。


「おにいちゃん」

「ん、ラル、工房に入ってきたら危ないですよ」

「おかあさんがご飯できたって~」

「はい、いま行きますよ」

「ん! いっぱい模様ある剣だ~! いままでとちがう!」

「ミスリル製ですから。これは高いですよ」

「みすりる! 世界で一番すごい剣?」

「世の中にはもっとすごい鉱石があるらしいですけど……そういえば、行商人から都会のニュースを聞いたかぎりでは、今、魔剣っていうものが騒がれてるらしいですよ。きっと凄い剣なんでしょうね」

「まけん! かっこいい! 見てみたいなぁ~」

「いつか見れますよ、きっと」


 俺は剣をその辺に置いて、ラルを抱っこしてやり、朝食に足を向けた。

 11個目のルーンが刻めるか食後に試してみよう。

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