秘密はなんだかんだ漏れる

 王国歴1076年7月


「悪いが、その剣を返してくれ、エブル!」

「なにをする! これはわしの剣だぞッ!」

「流石に所有権は吾輩にあるが!?」


 剣を引っ張り合い、鍛冶師から取り戻した。


「頭を冷やせ、エブル、おかしいぞ」

「ふしゅるふしゅる。ふぅん。そうかもしれん。少々、興奮しすぎた。すまなかった」

「我が友よ、これは重大な秘密だ。決して誰にも知られてはいけない秘密だ。お前にさえ話すことできないことなのだ」

「頼むッ! この通りだ! わしは物心ついた時から炉と煤と生きてきたのだぞ!」

「無理だ……」

「その剣の製法こそ、わしの生涯が辿り着くであろう到達点なのじゃ、この通りだ、頼む!」

「……頭を上げてくれ、無理なものは無理だ」

「先っちょだけ! 少しだけでいい!」


 古くからの友の懇願。サミュエルは彼が鍛治仕事にどれだけの情熱的かを知っていた。


「……よいだろう、教えなければ一生恨まれそうだ。長い付き合いのお前だからこそ話す。もう一度言うが、これは決して誰にも話してはいけない秘密と知れ。──吾輩はあの最果ての村で、世界最高の才能に出会ったのだ」


 

 ────

 


 王国歴1076年8月


 シマエナガ村に夏がやってきた。

 俺が生誕して以来、7度目の夏だ。


 今年の夏、俺は悲願を果たした。ヌメヌメ草とキレイ草の群生地に足を運べたのだ。


 『安全保障銀液ゴーレム・アマルガム』の件もあり、6歳ながら十分な自衛能力があることを両親に認められたおかげだ。

 

 悲願の数日後。


 家族のみんなで、裏庭の花壇で青々と生い茂るキレイ草とヌメヌメ草を見ていた。


 トムはこめかみを押さえ、ヘラは苦笑い、マーリンは眼を輝かせた。ラルは眠ってる。


「だから、言ったでしょう、父さん、群生地さえ見れば研究を完成させることができるって」

「いやはや、俺とヘラが長年かけてきた計画を、こうもあっさりとやってのけるなんて。アイズ、お前は俺たちの誇りだよ」

「これで『艶薬』の生産量を増やせるわね! 今まで信じてあげることができなくて窮屈な思いをさせちゃったわね、アイズ」

「理屈はわかったけど、弟、どうして、こんなに早く草が生えたの? おかしくない?」


 群生地を見に行ったのは、4日前。

 家の花壇にもう生えてるのは、確かに変だ。


「まぁトリックがありましてね」


 森の群生地と同条件の土壌を、土の魔力を流し込むことで、花壇に再現したあと──おまけをつけたのである。


 土壌に”栄養剤”を送り込んだのだ。


 厳密には正体不明、経験的に土に送り込むと、草が爆速成長するのは判明しているソレ。魔力素子構造から考えれば、土属性と水属性っぽさをかもしだしつつも、どちらにも属さない”謎の属性”の魔力……それが”栄養剤”と俺が呼んでいるものだ。


 

 ────



 王国歴1076年9月


 夏終わりに買い取りにきた領主のお使いの方は、例年をおおきく上回るポーションの木箱の数に仰天していた。


「アイズ、俺はたまに思うんだ」


 『艶薬』を載せて去っていく馬車を見送りながら、トムは口を開いた。マーリンとヘラ、ラルもこの場にいる。皆の視線が集まる。


「本当にクンターさんについていかなくてよかったのか?」

「そんなこと考えてたんですか? 意外ですね」

「当然だろう。村の全員が思ってた。『あぁ、俺たちの誇らしいアイザックは、あの魔術師とともに都会にいっちまうんだ』ってな」

「興味がないわけじゃないですよ」

「それじゃあ、なんで?」

「家族が好きだからに決まってるでしょう?」

「くへへ、弟は私のこと大好きってこと〜?」


 マーリンは茶化すように肩をぶつけてきた。


「当たり前でしょう。大好きですよ、マーリン姉さんのこと」

「……っ、ママぁー! 弟がお姉ちゃんのこと好きすぎるぅ! どう考えても結婚するしかない!」

「あとは外に行ったら、もう帰って来れないだろうなとも思いました。師匠と話をしたんですよ。貴族の世界のこととか、いろいろと」


 外に出れば有名になれると言ってくれた。

 たくさんの魔術や錬金術にも会えると。


 名誉は好きだ。術法も好きだ。


 でも、有名になるってことは、アンチが増えるってことだ。この世界のアンチは、コメ欄で悪口を書く程度では済ませてくれないだろう。


 俺のことを不都合に感じる勢力から暗殺されるかもしれない。普通に怖すぎる。名誉欲と生存欲なら、どう考えても後者が勝つ。


 サミュエルは尊重してくれたんだ。

 俺がこの辺境で幸せに暮らすことを。


 だから、俺はひっそり暮らす。そうすれば人間社会の面倒事に巻き込まれることはない。サミュエルが口を滑らせなければな。



 ────


 

 一方その頃、自由都市クニフでは。


「我が師が心を囚われている秘密を見てしまったのですが、あれはなんですか!? コソコソと何を隠しているのですか!?」

「お前に教えることはできない……諦めるんだ。この剣の秘密はわしが突き止めなくてはいけないのだ」


「仕方ないなぁ、これは俺の師匠が隠してた秘密なんだぜ? ボソボソ独り言を言ってるのを聞いちまったんだけどよ、どうやらあの魔剣は未開の北方地域で作られたとされていてだな!」


「これは従兄弟の鍛治師見習いが教えてくれたんだけど、絶対に誰にも言っちゃダメだからね? どうやら、あの″魔眼の魔術師サミュエル″がもっている剣は、北方探訪から持ち帰られた伝説の魔剣らしくさ──」


「……すまん、我が友サミュエル、噂が漏れた」

「ええい、まったく、お前というやつは! 仕方がない、もう北方に伝わる魔剣ということでいくしかない」

「ちなみに北方地域の果ての村にいる錬金術師が作ったらしい、という噂もうっすらと出回っていてじゃな……」

「ぁああッ! 許してくれ、アイザック君!」


 数日後、金属加工系ギルドの長たちは密会を開き、サミュエルに剣の研究を申し出た。職人たちからの圧力に負け、サミュエルは剣の所有を認め、研究のために一時的に貸し出した。


「現代のルーン加工術とは次元が違う……」

「これを製作する技術を独占できれば、我らが都市は、ほかの都市を出しぬく製品を量産できますぞ!」

「貴族連中に嗅ぎつけられてはいけない!」

「よし! こっそり教えを乞いにいこう!」


 かくして自由都市クニフでは、剣の解析がおこなわれ、速攻で諦められ、一流の職人たちによる技術留学隊が編成された。

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