別れの季節

 王国歴1076年4月


 すっかり日常と化したモモとの剣の勝負に挑む。


「モモ、今日は僕も本気です。右腕の封印を解きます」

「じゃあ、わたしも尻尾の封印を解く~!」


 俺たちは激闘を繰り広げた。

 結果は33-4。歴史的大敗だ。

 

「ぐへっ、まだ勝てないですか……」

「ふふーん、いかにアイザックだろうと、剣で負けるわけにはいかないもん!」

「いつになったら越えられるんでしょう」

「避けに徹すれば、アイザックが負けることはないよ?」


 素子の魔眼は動体視力にも優れており、それは剣術分野に大いに役立つ。


「負けない、より、勝ちたいんですよ」

「ふーん、アイザックは欲張りだね! 魔術も、錬金術も、剣術だって、なんでもそんなに頑張ってさ~」

「モモだって、剣と魔術をやってるじゃないですか」

「アイザックが教えてくれたことを出来るようになっただけだよ」


 モモは不満げに頬を膨らませる。


「アイザックはどうして頑張るの?」

「術法に関しては、好きでやってるので、そこまで頑張ってるつもりはないんですけどね……強いて言うなら、懸命に生きると決めたから、ですかね」

「懸命に生きるってなに~?」

「終わる時、後悔しないようにするってことです。あの時ああしてればよかったなぁ、って思いながら死にたくはないでしょう?」

「そんなこと考えながら生きてるの? アイザックって変なの~」


 6歳の思考ではないか。


「えへへ、でも、アイザックが言うんだもん。きっとそれが良いんだよね。わたしも一生懸命生きてみようかな!」

「モモは十分頑張ってると思いますけど。毎日毎日、剣を振り回して、走り回ってるじゃないですか」

「? わたしは頑張ってないよ? 剣を振るのも、走るのも、楽しいからやってるんだもん!」


 モモは笑顔でそういうと、耳をピコっと動かし、遠くを見た。モモの視線の先、レッドスクロール家の玄関前にサミュエルと馬の姿があった。馬には荷物がたくさん括りつけられている。これから長い旅に出かけるかのようだ。


「行きましょっか」

「……うん」


 今日、サミュエルとモモは村を去る。


「吾輩たちの旅には多くの収穫があった。特にレッドスクロール家の諸君らにはずいぶんとお世話になった。感謝の言葉もない」

「いえいえ、クンターさんのほうこそ、うちの子たちに大変よくしていただいて、本当になんとお礼を言ったらよいか」


 大人たちが話す横で、子供たちも別れを告げなくてはいけなかった。

 

「うぅ、ぐすん、モモ、ばいばい」

「ひっく、うぅう『弟を奪おうとする邪悪な狐』って言ってきた時は、本当にいやな子だって思ったけど、本当はマーリンのことも好きだったよ、ひぐっ」


 モモはマーリンに抱き着いて、スリスリしたあと、こちらに向き直った。無言のまま彼女は同じように俺にもマーキングを施してくる。これが最後のモフモフかぁ。


「お別れですね、僕の友達」

「ひっぐ、うん、バイバイ、わたしの友達……っ」 

「”お土産”、しっかり使ってくださいね」

「もちろんだよ、いっぱい使うよ、一生大事にする……っ」


 気が付けば、喉が震えていた。

 視界は滲み、温かな雫が頬をつたった。


 泣かないと決めていたのだが。

 ままならないものだ。


 俺たちは友を見送った。

 彼らの背中が見えなくなるまで。



 ────



 王国歴1076年7月


 サミュエル・クンターは長旅から帰還し、屋敷で報告書を執筆していた。

 旅行資金を用意してくれたスポンサーへの報告書だ。


 と、そこへ、部屋の扉がノックもなしに無粋に開かれた。


「やあ、帰ったか、サミュエル!」


 愉快な声にサミュエルは顔をあげて、ニヤリと笑んだ。書斎に入ってきたのは、屈強な男だった。汚れた前掛けをしており、顔には煤がついている。


「やあ、久しいな、我が友にして最高の鍛冶職人にしてルーン加工師エブルよ。吾輩は無事に帰ったぞ」

「街で弟子たちが騒いでたからなにごとかと思えば、本当に帰ってきやがったか! 未開の北方地域、その最奥の北方樹海まで足を伸ばすと言い出した時は、もう帰ってこないことと思っていたがな! モモちゃんは元気か? すっかり大きくなっただろう? わしの鍛えてやったサーベルは壊してないだろうな? 何か面白いものは見つけたか?」

「待て待て、そんなにいっぺんに質問をしないでくれ」


 サミュエルはニヤリと笑みを深め、荷物を漁りだした。

 

「面白い物ならあるぞ。旅先の友が”お土産”として譲ってくれた剣がな」

「ほう! 剣か! そいつはいい! 鍛冶仕事の善し悪しはわかる。北特有の製法でつくられた剣だったりしたらワクワクするのう」

 

 サミュエルは一振りの剣を鍛冶職人エブルに渡した。


「それの名は『黄焔こうえんやいば』。見ての通り、美しい品だ。大変な業物で、しかもルーンが刻ま……ん? エブル、どうしたのだ?」

 

 気持ちよく話していたサミュエルは、友の異変に気が付いた。


 鍛冶職人エブルの表情は固まっていた。

 手にした剣を凝視したまま。


 時間が止まったかのような顔に、ぶわぁっと滝のような汗が滲みだしてくる。目元は痙攣し、ちいさく開いた唇からは渇いた空気が漏れ出ていた。


「そんなことが、馬鹿な……ありえないことだ……」

「エブル? どうしたのだ、その剣がどうかしたのか?」

「…………どうかした、だと?」


 エブルは充血した瞳でサミュエルを見つめ──いきなり襲いかかった。鍛冶職人の鍛えられた剛腕で胸倉を掴まれ、つま先たちにさせられてしまう。


「どうかしただとォ!?」

「あばばばばっ!?」

「使われている金属の純度! 最高級の鉄と軽量金属ブレスを理想的な配合であわせたライトブレス合金ッ!! 不純物がまったく混ざっていない! これほどの素材は高度な錬成術でしか作りだせん! だがな、それすらもどうでもいい!! この”5つのルーン”の前ではなんでもないッ!」


 サミュエルは解放され、肩で荒く息をする。


「一流のルーン加工師ですら、剣に刻めるルーンの数は2つが限度だ! この剣はなんだ? 5つも刻まれている! 加えて単一属性ではない! 4つの火のルーンと、1つの風のルーンだ。わかるか? 二重属性の剣だぞ!? 一本の剣に2つの異なる属性を乗せることは不可能だッ!!」


 血眼が美しい剣を見つめる。

 

「そして、次が最も驚くべき点……この剣にはルーンが彫られていない……通常、ルーン文字を刻み、術を付与する際、ルーン鉱石製のノミをもちいて刻む作業をおこなうが、この剣にはその痕跡がない……」


 鍛冶職人の震える指先が、剣に刻まれた輝く文字を撫でた。


「この焼け跡は、世にも稀少なインスタントルーン法によるもの、のはずだ……だが、どういうわけか、持続している、ノミで刻んだルーンと変わらない……これは既存の技術とはまったく異なる手法だ……」


 ぎょろっと動く視線。

 興奮する筋骨隆々の鍛冶職人エブル。


「サミュエル……この仕事、誰が成しえたか、知っているのか?」

 

 異様な雰囲気の友に、サミュエルは震えながらあとずさった。 


 ──サミュエルは想像もしていなかった。まさか未開の地より持ち帰った一本の剣が多くの波紋を起こすことになろうとは。

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