錬金術:ルーン文字

 王国歴1075年12月


 だいぶ寒くなってきた。

 俺の日々はデイリーミッションと化したハードスケジュールの消化で大変に忙しい。


 それでも欠かさない習慣はある。


 それは友との時間だ。

 家族との時間くらい大事なものだ。


「モモ、おはようございます」

「あっ……おはよ、アイザック! 寒いね~」


 村長夫妻の家にやってくると、モモが庭先の干し草に腰かけていた。傍らには、火のついた蝋燭ろうそく、魔術書と羊皮紙が積んである。


「ですねぇ。どうですか、魔術の調子は」

「前より上手になった! アイザックのおかげだよ~」


 剣術の練習に付き合ってもらっているため、何かお返しできないかということで、彼女に魔術を教えることを申し出た。あれは3カ月前の話になるだろうか。


「アイザック、もう一回、手を重ねるやつやって!」

「いいですよ」

「いま練習してるのはね、これ!」


 モモが駆けよってきた。俺は魔術式を組みあげ、彼女のちいさな手の下に重ねた。俺は緊張しつつ「いきますよ?」と告げた。


「温かな魔力、我が手に火を

  ──『第一魔術:松明たいまつ』」

 

 近くの蝋燭から火の元素を回収。

 モモの手のなかに小柄な火炎が移動し、安定した。


「どうですか、モモ」

「ぶわぁってして、ちょんっと置く感じ、かなぁ?」


 魔術鍛錬は感覚的な練習だ。

 言語化できない体験こそ上達のカギになる。


 俺が補助して術を助ける。

 その成功体験は魔術師モモを成長させる。

 

「じゃあ、今度はひとりでやってみてください」

「アイザック、わたしの胸に触ってて!」

「……え?」

「魔力の流れがあってるのか教えてほしい!」

「あぁ、そういう……」


 落ち着け。

 俺たちは子ども。

 何もやましいことはない。

 魔力の中心は心臓の位置にあるから触れるだけだ。

 

「いくよ~」

「……どうぞ」


 俺はモモの胸に五指をそっとあてる。

 彼女は『第一魔術:松明』を使った。

 修正点はすぐわかった。


「そんなに焦らなくていいですよ。火の魔力をしっかりと練ってからで大丈夫です。過剰なくらい練ってから、ゆっくり詠唱を述べてください。術式の誘導を感じて」

「のんびりやってるんだけどなぁ……もっとのんびりする!」

「うんうん。良い感じです。──ほら、できたじゃないですか」

「やったぁ! えへへ、やっぱり、アイザックは凄いね! ありがとう、また魔術を覚えちゃった! 最近すごく成長してる気がする~」

「どういたしまして。一度、修得した魔術でも復習を怠ったらだめですよ。感覚を忘れたら、すぐできなくなっちゃいますから」

「その時はまたアイザックが教えてよ!」


 モモは嬉しそうに笑いながら、モフモフ尻尾を動かす。


「仕方がありませんね。何度でも教えてあげますよ。友達ですから」

「くふふ、そうだよ、わたしたち友達だもんね!」


 大きな耳が左右にユサユサ。うーん……可愛い。

 ビューっと冷たい風が吹いた。

 

「うぅ、しかし、最近はマジで寒くなりましたね」

「ん! そうだ、良い事思いついた!」


 モモは干し草の束に腰かける。

 

「下に座って!」

「? こうですか?」


 干し草に座るモモの下、ちょうど足の間に俺は膝を抱えて収まった。

 なんだか背徳的な気分になっていると、目の前に桃色の毛束があらわれる。

 それは俺の首をまわりを一周して、マフラーのようになった。


「どう~? 温かい~?」


 あぁぁあ! なんてけしからん!

 こんなことされたら俺、困っちゃうよ!


 内心で悶えながら、その気持ちはおくびにも出さない。


 だって、彼女に他意はないのだから。彼女が思ってるのは「あっ! そうだ! わたしの尻尾、モフモフしてるし、アイザックに巻いてあげたら温かいかも~!」っていう純粋すぎる発想だけだろうから。


「……こほん。凄く温かいです。モフモフしてます」

「えへへ、よかった! これで冬も寒くないよ!」


 冬の間ずっと巻いてるつもりかな? ありがとうございます。


 

 ────


 

 王国歴1076年1月


 ルーンを分析するにつれ、この分野に対する俺の興味は増していた。


 ルーンとは魔術の形態のひとつだ。

 最大の特徴は持続性にある。


 例えばルーン文字の刻まれた剣は、魔術師じゃない者がその剣を振るったとしても、ルーンに刻まれた魔術的効果を発揮することができる。


 すなわち、道具に効果を付与するという意味において、ルーン文字こそが魔道具制作の要に位置している技術といっても過言ではない。


 よって、俺は錬金術そのものを高めるために、ルーンの勉強にいそしんだ。


 『動く鎧のルーン』を味がしなくなるまで検証した結果、ルーン化される前の魔術式を割り出し、不随して”魔術式をルーン化”させる術法を手に入れた。


「これを剣に刻んだら……」


 俺は火属性魔術の術式をルーン化させた。

 試しに軽くふりまわしてみる。

 剣が火炎をまとった。


「おぉかっけえ! 火の剣だ!」


 これこそ錬金術の真髄よ。


「くくく、夢が広がるな。あっ、そうだ、すごい剣を作ってモモにプレゼントしてやろう。良い剣士には、良い剣が必要だもんな。きっと喜ぶだろうなぁ」


 嬉しくなってモフモフの尻尾を振ってしまっている姿が目に浮かぶぜ──と、ニヤニヤして妄想を膨らませていると、残酷な現実を思いだした。


「……インスタントだから、20分しか持続しないんだった」

 

 残酷だ。寿命20分の魔道具なんて。


「ノミが欲しい……ノミぃ……」


 ルーン鉱石製のノミ。それさえあれば、ルーン文字を安定させて、長い間、効力をもちつづける道具を作ることができるのに。

 

「いや、しかし、待てよ。ノミはあくまで魔力を対象に効果的に刻むための道具でしかない……であるならば、効果的じゃない手法でもいいから、頑張って持続するルーン文字を刻めたりしないか?」

 

 脳筋すぎるだろうか?

 でも、可能ではあると思うんだ。


 俺の最初の発明『魔力の糸』は、その持続力のなさが弱点だった。

 だから、俺は羊毛から紡ぎ出した糸と繊維レベルでよりあわせることで、ほぼ劣化しない『魔力の羊糸』の作成に成功したのだ。


 つまり、俺はこの問題を過去に一度クリアしているはずなのだ。

 

 ルーン文字を刻むのは、剣、つまり金属。

 羊毛と魔力が強力にあわさることで、魔力の霧散を防ぐことができるのなら、金属と魔力を強く融合させることでも、魔力の霧散は防げるのではないだろうか。

 

 つまるところ──もっと深く焼き付けるのだ。


「俺の魔力放射量なら……」


 サミュエルいわく俺は、彼の200倍近い魔力放射量を有しているとのこと。

 

「試してみる価値はあるか」


 鋼の根本、俺は指を触れた。

 いつもインスタントルーンに使っている魔力の5倍、10倍、20倍──否、50倍の魔力をもちいて、ルーンを刻みこむ。


 錬金術工房に衝撃波が迸った。

 戸棚がガタガタ鳴り、天井から埃が落ちてくる。


 すべてが収まった。

 一本の剣が真っ赤に熱を帯びている。

 その根元、出来たてホヤホヤの蒼く輝くルーン文字があった。

 

 あとは待つのみ。


 

 ────



 王国歴1076年2月


 インスタントルーンを強化することで、金属に魔力の烙印を焼き付ける。それは一生消えない痕跡。ゆえに持続力はノミによる打刻と遜色なし。


 俺はその術法をこう名付けた。

  ──『放射烙印法ほうしゃらくいんほう』と。


「これでノミがなくても持続可能ルーンを刻める。んじゃ最強の剣作るか!」


 まずはルーン文字を烙印する剣を鍛えるところから取りかかった。いや待てよ。剣を鍛える前に、まずは素材にこだわらないといけないか? 錬成術をもちいて不純物の混ざってない最高の鋼を作ろう!


 すべては最強の剣をつくるために。



 ────



 王国歴1076年3月


 俺は誕生日を迎えて6歳になった。

 ようやく納得のできる剣が完成した。苦労しただけあって、良い物ができたと思っている。


 俺は剣を抱えて、村長夫妻の家に向かった。

 庭先にサミュエルとモモがいた。

 

「父上ぇ……やだよぉ……」

「モモ、悲しいだろうが、お別れはいつかは来るものだ。吾輩たちは帰らなければいけない。わかるな? だから、しっかりと自分の口でアイザック君に言ってきなさい、さよならをしなくてはいけなくなった、とね」


 俺は敷地の外で足が止まってしまった。


 帰る、だと?

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