錬金術:ゴーレムクラフト

「うええええ!? なんかちっちゃいの動いてる!?」

「アイズ、今度はいったい何をやらかしたんだ!」


 トムもマーリンも机のうえで踊っている土人形を警戒して離れる。


「な、なんで踊ってるの、弟……」

「きっと気分がいいんですよ」


 知らんけど。


「それってゴーレム?」


 ヘラはラルを抱っこしたまま好奇の目で土人形を見た。


「それは僕にもちょっと」

「なんでお前がわかんねえんだよ……」


 回収した魔術式を見せてあげると、トムとヘラとマーリンは覗き込んだ。

 大人たちはすぐ諦めた様子になったが、マーリンは難しい顔で睨みつけていた。


「なにこの式むっず……つーか、動く鎧の術式を回収って……まじかよ。そういや、クンターさんの魔術も見るだけでほとんど修得してたけど、それと同じか?」

「原理は同じです。ただのモノマネなので」

「はえ~すげえな。ヘラ、やっぱり、こいつは天才だ」

「ふふ、誇らしいわね。ラル、お兄ちゃんは今凄いことしたわよ~」

「あうあう~」


 ラルは黒鱗の尻尾をフリフリして嬉しそうにしていた。


 翌日。


 俺はサミュエルに報告しにいった。

 動く土人形と、回収した魔術式を見せた時、彼はひどく驚いた。


「そんなことまで可能なのか……おそらくは『ルーン文字』の作用であろう」

「ルーン、ですか」

「ルーン魔術やルーン加工術とも呼ばれる代物だ。ルーン鉱石製のノミに術式を付与し、彫刻作業によって対象に深く効果を刻みこむのだ。ルーン使用例のひとつがゴーレムクラフトだ。動く鎧も広義にはゴーレムに分類されるようだし、吾輩たちが遭遇した怪物に、古代のゴーレムクラフト技術が使われていたのは納得性がある」


 サミュエルの知識量は流石の一言に尽きる。


「あれ? でも、僕、ルーン鉱石製のノミとかいうやつ使ってないですよ?」

「吾輩も聞きかじった程度だが、ルーン魔術には高等技術として『インスタントルーン』という術法があるらしい。ノミを使わず、魔力操作だけで、短時間持続するルーンを対象に刻む手法らしい。自前の魔力だけで行えるが……並外れた魔力操作放射量と、魔力操作量、そして精度を必要とするとか」


 確かに、俺が動かした土人形って10分くらいですぐ動かなくなるんだよな。

 気が付いたら刻んだ術式ごと消失しているんだ。


 特別なノミとやらを使えば、持続するルーンが刻めると。

 手間暇かければ良い物ができる。世の理だ。納得感はある。

 

「ゴーレムクラフトは錬金術師の分野ではあるが、高い魔術の適性も要求される術法だ。この道を進む者も、また選べる者は稀少と聞いている。少なくとも吾輩は本職のゴーレムクラフターには会ったことがない」


 外の世界にはまだまだ知らない錬金術があるのだな。世の中の広さを感じつつ、俺は稀少な錬金術:ゴーレムクラフトを研究してみることにした。



 ────



 王国歴1075年9月

 

 ゴーレム事件から1カ月が経過した。

 まだまだ暑いこの頃、俺は充実した日々を過ごしている。


 ゴーレムの研究は着実に進んでいる。


 土属性の元素生成で岩石を作ることで、いつでもどこでも岩石ゴーレムを展開できるようになった。岩石製は土製よりずっと丈夫で、ポロポロと身体が崩れることがないのが良い点だ。


 悪い点は土製ゴーレムと違って関節の可動域に制約があること。

 なのでボディの形状から関節の可動域の最適解まで──いろいろと研究をしないといけなかった。めちゃくちゃ楽しい時間だった。


 武器としての運用法に関しても整理した。


 危ない場所へ足を踏みいれる場合、事前に岩石ゴーレムを作っておき、盾役タンカーとして立たせる。相手を惹きつけさせ、その隙に俺が魔術でやっつける。


 ひとりで完結する戦術。

 我ながら完璧な作戦である。



 ────



 王国歴1075年10月


 『動く鎧のルーン』を改造して、岩石ゴーレムの自律制御に成功したので、両親の許可を得て、サミュエルに同行してもらうことを条件に森に実験しにいった。


「ば、バカな……鬼人等級オーガランクの岩石ゴーレムを作り出したというのか……」

「師匠、もしもの時はお願いします。僕も自衛はしますけど」

「あ、ぁぁ、もしもの時はないと思うが……」


 さっそく猪とエンカウント。

 岩石ゴーレムをスルーして俺に突っ込んできた。

 そんなことあるんかい。


 俺は『魔力の羊糸』を使い、自分で身を守ってしまった。


「失敗です、これじゃあ意味がないです」


 ゴーレムに自動で守ってもらわないといけないのに。


「そんなに落ち込まなくても、アイザック君。君のゴーレムは凄まじい代物だよ」

「でも、これじゃあ、術者が無防備すぎませんか?」

「これほどのゴーレムクラフトを成してまだ満足できないというのか……なんという向上心、飽くなき探求心……」


 有事に死にたくないだけなんです。

 

 

 ────



 王国歴1075年11月


 ゴーレムクラフト研究は日進月歩の発展を見せていた。

 これまで様々な形状のゴーレムを発明してきた。


 従来の岩石ゴーレムは、ゴーレム事件で見た個体を参考にしていたが、想像力を爆発させ、猪型や、狼型、蛇型、球型などなど、まったく新しい形状に挑んだ。


 元素生成があれば、イメージのままに、様々なパターンを試すことができた。

 おかげで家の裏庭は、謎のオブジェたち(300体以上)の展示会場になっている。


 俺が求めるのは、小回りが利いて、素早くて、自立制御運用で、俺のことを守ってくれるゴーレム……それが完成する日まで展示会場のオブジェは増え続けるのだ。

 

 まぁゴールは見えている。

 すでに我がゴーレム研究は佳境に差し掛かった。


 俺の最終到達点。

 それは液体型ゴーレムだった。

 必要な時、必要に応じた”盾”になる──そんなゴーレムだ。


 難しい課題だったが、理解の深まった『動く鎧のルーン』をいじくりまわせば、ルーン効果を液体に適用し、自律制御するところまでは出来た。


 残された課題は、液体の材質のほうだ。


 水は雑魚だった。

 ゴーレム制御がまったく安定しない。


 いろんな水溶液を作って、ボディ候補として試してみた。

 けど、いまひとつピンとこない。水派生では未来を感じない。

  

 やがて、俺は水を見限った。

 代わりに注目したのは──水銀だ。


 こちらは純粋な水銀の時点で才能を感じた。

 『エル・アマルガム法』などで使われるように、水銀は物質として魔力との相性が良い。俺の魔力操作のポテンシャルを発揮しやすい材料だ。


 また水銀に他金属を溶かし、重量と強度を足せる点も都合が良い。


 俺は水銀に様々な金属を溶かして、水銀合金アマルガムを作った。

 理想的な配合、術式の調整、装填魔力の修正──よし、今回は超良い感じだ。


 本日は家族向けに報告会をおこなう。


 これは実家という太いスポンサー様に「違うんです、大事な水銀やそのほかの金属を浪費して遊んでるんじゃなくてですね、これはれっきとした錬金術の研究なんです!」ということを証明するためだ。


 みんなで無数のオブジェが並ぶ展示会場にやってきた。

 トム、ヘラ、ラルが見守るなか、実験協力者マーリンと一定の距離をあけて、向かいあった。


「起動詠唱:魔力の抱擁、不死の霊薬、

  声を聴く流体、体積の主張、動きだす水銀

 ──『制御命令オーダー自動防御オートガード』」


 俺は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


「……いつでもいいですよ、マーリン姉さん」

「それじゃあ、弟、本気でいくよー!」


 マーリンはニヤリと笑んで、全力で石を投げつけてくる。

 流石は姉上様。俺を信頼してくれている。


 俺の足元、黒色の陶器を満たす艶やかな銀色の液体は形状を変化させ、薄い膜となって俺の周囲に展開、向かってくる石にたいして障壁となり、俺を守った。


「っ! なんだありゃ、またアイズが何かした……!?」

「すごい速さ……魔道具なの?」

「にぃに~!」

「そして……『制御命令オーダー拘束バインド』」


 展開していた薄膜が地面にて収束、球体となると、内部圧力を上昇させ、すぐのちビュンッと射出、6m先のマーリンを縛り上げて身動きを取れなくした。


「ぐへぇえ!? これは聞いてないよッ!? うぅ、怒ったの? ぐすん、だって、本気で投げてほしいって言うから、ふえぇえ……! ごめんなさいぃ、愚かなお姉ちゃんを、許してください、弟ぉ……!」


 悪くない。

 応答速度、硬度、射出速度、精度。

 どれも満足できるクラスだ。

 

 我がゴーレムクラフトの集大成。

 魔道具『安全保障銀液ゴーレム・アマルガム』、ここに完成とする。

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