初めてのダンジョン探索

 内心では心臓がバクバクしていて、「(死にたくねえ、こんな危ないところわざわざ入りたくねえ……!)」という気持ちでいっぱいだった。


 けれど、ここを調べておかないといけないのは事実。

 自分の住んでる地域の安全保障は、自分で勝ち取らないといけない。


「ん、前方、なんかいますよ」


 俺は眼に映った情報を、そのまんま皆に伝えた。


 カタカタ、カタカタ。

 

 乾いた骨の音。

 サミュエルはオーザックにうなずく。

 オーザックは手にしていた松明を投げる。


 カランコロン。

 松明が転がった。


 通路の先でたたずむ人骨が照らされる。

 白骨のソイツは肉も皮もない手に錆びついた剣を握っている。

 

「スケルトンだな。真っ暗なのによくわかったな、アイザック」

「まぁ目が良いので」


「ひぇ、おら初めてみたぞ……っ」

「死体が動いてる……っ」


 村の狩人たちは見るからに動揺する。俺は前世知識で「スケルトン? 弱そう」という印象を持っているので、本物を目の前にしてもさほど恐くはなかった。

 

「あれは最下級アンデット。猪のほうが強い。取り乱すなよ」

「オーザックさん、あいつ気づいてないっぽいです。僕の魔術使いますか?」

「そこまで威力ある術を使う必要はないさ。激しい燃焼をともなう火の魔術は、煙がでる。閉鎖空間ではわりと危ない。奥の手として取っておいたほうがいい」


 オーザックは妻ミリスを見やる。

 彼女は弓を引き絞り、放った──命中。

 スケルトンの頭骨、その眉間に深々と突き刺さり、死者は崩れ落ちた。

 

 暗い中、15m以上距離はあったが、よく当てられるな。


「すごいですね、ミリスさん」

「そう? ふふ、ありがとうね」


 ミリスは嬉しそうに微笑み、俺の頭を撫でてきた。

 

 オーザックとミリスが元・冒険者ということもあり、俺たちの過不足なく警戒をし、たびたびスケルトンを屠って、順調にダンジョンの奥へと進めた。


 ダンジョンに入ってから15分ほどが経った。

 サミュエルが口を開いた。


「この遺跡は墓で間違いなさそうだ。いわゆる霊廟であるな」

「霊廟? そいつはなんですかい、魔術師様」

「権威者を祀るものだ。その権威に近しい物や、財産が埋蔵されていることが多い」

「おお、それじゃあ! ここにもお宝が!」


 色めき立つ狩人たち。

 応えるサミュエルの声は冷静だった。


「すでにこの霊廟は荒らされている。棺は開いているし、宝箱も開けられている」


 皆のテンションがさがる。

 

「それにさして大きくはない。サイズからしてせいぜい数十人程度を安置している程度。そこの奥の部屋をみれば、この探索は終わりだろう」


 サミュエルは松明で示し、率先して部屋に入る。

 

 俺たちが入った部屋は、この霊廟のなかで最大のおおきさを持っていた。

 皆の視線、部屋の奥にある一段高くなっている場所、そこに大きな棺が安置されている。その両サイド、銀色のフルプレートアーマーが2つ飾られている。


 俺の眼にはそれらが魔力を有していることが見えていた。

 

「あの鎧、魔力ありますよ」


 しっかりと報告する。


「鎧に魔力……動く鎧であるか」

「そういえばそんなのいたな。ありがとよ、アイザック」

「あの鎧は売ったら高そうね。装飾が豪華だし、両手剣もすごく立派だわ」

 

 こちらの話を聞いていたのか、鎧2体が動きだした。

 近づいていないのに。擬態がバレたことを察知したらしい。


 オーザックとサミュエルは1体ずつ担当するように、互いの距離を開けていく。


「動く鎧はたいした怪物じゃない。動きは緩慢。ギルドでは猪等級ボアランクに分類される。崩して、核になってる魔術の刻印を削れば倒せ──」


 オーザックが冒険者時代の知恵を共有している時だった。

 動く鎧が走った。ガシャガシャガシャ! すげえ速い。


「ぬうぉ!?」

「これはッ!!」


 オーザックとサミュエル、どちらも不意を突かれ、両手剣の大振りの間合いに入ってしまった。横殴りの一撃。長い柄の尻のほうを握った、遠心力を使った攻撃。


 ふたりはかろうじて剣で受けとめ、胴体を両断されることを防いだ。


「魔術を使います、援護お願いします」

「わかったわ! みんなアイザックくんを守って!」

「おらたちに任せろ! トムのガキ、やっちまえ!」


 俺はサミュエルの松明から元素を回収し、それに形を与える。


「一握の火、引き絞る矢、

    我が敵を焼き穿て

 ──二重詠唱『第二魔術:火線かせん』」


 カッ! 火打ち石が鳴るような軽快な発火音。

 火炎は引き絞られた矢のごとくまっすぐ飛んだ。


 2体の動く鎧それぞれに命中。

 ちいさな爆発により、鎧は一撃でバラバラになった。


「素晴らしい援護だ、アイザック!」

「なんという魔術の展開速度……っ、流石だな、君は!」


 オーザックとサミュエルは、バラバラになった動く鎧に近づいて、胴体のプレートに組み付き、内側を剣先でガリガリ……元に戻ろうとしていた鎧たちは、一斉に活動を停止した。


「大丈夫、オーズ?」

「はぁはぁ、まぁなんとか。ふう。歳は取りたくないものだな」

「はぁあ、オーザック殿、それで、なにが猪等級ボアランクでしたかな?」

「……振れ幅がある。鎧のなかにはたまに速いやつがいて、狼等級ウルフランクに数えられたりするが、今回のはちょっと速すぎだ。改めてみれば、この鎧、かなり豪華っぽいし、きっと高等な術が施されてたんだろうさ。熊等級ベアランクくらいあるかもしれない」


 オーザックは気まずそうな顔でそんなことを言いつつ「部屋を、調べてみよう、ガーディアンが残ってたなら、まだお宝があるかも」と話題を逸らした。


「やっぱり、すげえな魔術ってやつは」

「トムのガキは村の誇りだな!」

「馬鹿野郎が、ガキなんて呼び方するな。”アイザックさん”、だろ?」


「いやいや、普通に呼び捨てでお願いしますよ、狩人さんたち」


 流石に大人たちに「さん」付けで呼ばれるのは、やりづらい。狩人たちは愉快そうに笑い、俺をポンポンと撫でると、大部屋の調査を始めた。

 

「結局、たいしたものはなしか」

「やはり、先客の墓荒らしがとうの昔に持ち去ったようであるな」

「なんだよ、てっきり物語に聞くようなお宝を見れると思ったのによ~」

「まぁいい。立派なフルプレートの鎧2つと、装飾付きの両手剣が2本も手に入った。これで十分じゃないか。何よりゴーレムはもういなかった。このダンジョンも大した脅威じゃなかった。それがわかったんだからいい」


 オーザックの言う通りだ。

 成果はちゃんとあったし、目的も果たせた。


 ダンジョンの外に成果物をもって帰ると、村人たちは大喜びした。

 ピカピカの金属鎧や両手剣に、みんな大興奮だった。


 所要時間40分程度。

 想像よりずっと早く終わった。


 けど、まったくそれでいい。

 俺まだ5歳だぞ? 戦う力もないのにさ。

 危険なことは御免だ。死にたくないのでね。


 初めてのダンジョン探索はこうして幕を閉じた。


 翌朝。

 レッドスクロール家には動く鎧たちが運びこまれていた。


 村会議の結果、争いを生まないために、今回獲得した財は、一時的にレッドスクロール家が預かり、金属の道具に加工し、再分配することが決まった。


 ヘラがラルをあやし、トムとマーリンが装飾などを外して仕分けている横で、俺は鎧に刻まれていた『動く鎧の魔術式』を一生懸命に羊皮紙に書き写していた。


 素子の魔眼で施された術式の残滓を読み取ることができれば──。


「へえ、ふうーん、そうやって動いてるのか……」


 魔力の動き自体はだいたいわかったので、元素生成で人型の土人形を作って、そこにいましがた獲得した『動く鎧の魔術式』を刻みこんでみた。


 人型の土人形はピクリとも動かない。

 頬杖をついて、しばらく待ってみても同様だった。


「まぁそんな簡単な話じゃないか。要研究とな」


 そう思った時だった。

 土人形は静かに立ち上がった。

 そして、小気味よく踊り始めた。


 う、動いたぁ……っ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る