シマエナガ村の英雄
サミュエルは驚嘆していた。
アイザック・レッドスクロールの果てしない力に。
最初から彼の規格外さは受け入れられないほどだった。
出会った時点ですでに50倍の魔力保管量と桁違いの魔力放射量。四大属性の適性。さらに伝説の魔眼『素子の魔眼』の保有者ときた。
サミュエルは驚異的な体験を旅行記に書き残した。
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少年の魔力の成長率は異常であり、出会ってから5カ月が過ぎた頃、彼の魔力保管量はその時点で吾輩の約100倍はあった……
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しかし、少年の最たる才能があるいは魔術的なものではないのかもしれない。彼は目標を定め、そこへ向かって継続的に懸命に取り組み続けることができる。
それこそが最も驚異的な才能。常に自分を高め、課題と困難を乗り越えようとする。決して逃げない。ある種の強迫観念に駆られているようにすら見えるほど……
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シマエナガ村にゴーレムという厄災がせまったことで、サミュエルはアイザックのさらなる力を目撃することになった。
(トム殿の情報によれば、敵は岩石製ゴーレム。土製ゴーレムが
シマエナガ村の戦力は、第三深層魔術師のサミュエル、元・
流石に
総出で深い落とし穴を掘り、キシ石灰をもちいて魔術式を描いた。
刻んだ式は使用可能な魔術のうち最大の威力をほこる『第三魔術:
だが、そこまでしてもゴーレムは倒せなかった。
その後、黄色い炎は爆ぜた。
流星のような火鳥は、目前でゴーレムを打ち砕いた。
サミュエルは息を忘れていた。
キラキラと輝く火の魔力に魅入られた。
これが『素子の魔眼』の保有者。
これがアイザック・レッドスクロールの真の力。
才能がありながら、弛まぬ鍛錬を続けた者の境地。
「うーん、それで死ぬのか……弱ってたのかな……?」
しかし、本人はどこか腑に落ちない顔だ。
強大なゴーレムを屠ったというのに首をかしげている。
アイザックが駆けよってきた。
「……素晴らしい魔術だったよ、アイザック君」
「どうも。でも、師匠のおかげですよ。だいぶ削れてたみたいなんで」
サミュエルは苦笑いをする。
そんなわけがないだろう──と。
熟練の冒険者パーティであろうと、壊滅はまぬがれない
その謙虚さは彼が満足していないことの証に思えた。
この傑物がまだ5歳の少年という事実。
日々、努力し続け、驚異的な成長をみせる子がだ。
(アイザック君、いったい君はどうなってしまうんだ……?)
未来を想像すると、鳥肌が止まらなかった。
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ゴーレム討伐作戦から一夜が明けた。
「弟なんてもう知らないよー! お姉ちゃんにないしょで抜け駆けするなんて! ずるいよ~! 弟だけ英雄になって! みんなにあんな褒められてさ!」
「本当に申し訳ないと思ってます。姉さん、機嫌直してくださいよ」
「アイズに魔術を使うように言ったのは俺だ。責めるなら俺を責めるんだ!」
「パパ、絶対に許さないから、二度と口利かないー! 近寄らないでー!」
本当に責められて、トムがすごく悲しそうな顔をしている。
「父さん、責任取ってくれるって昨日は言ってくれましたけど……」
「任せろよ、アイズ、俺を頼ってくれていい。責任を取るのが大人の仕事さ」
「……その、心のほうは本当に大丈夫そうですか?」
「うっ、やっぱつれえわ……娘に嫌われるの……」
言えたじゃねえか。
「マーリン、トムのこと許してあげて。おかげで私は命拾いしたし、村のみんなも助かったのよ。アイズが動いてくれなかったら、きっと酷いことになっていたわ」
ヘラは俺やトムをまったく責めなかった。
一番怒られるとしたら、彼女かなと思っていたが……昨夜は言いたいことをすべて飲み込んで、ただ俺を抱きしめてくれた。ヘラが俺を大事にしてくれているように、俺もまた母を大事に思っていることを、わかってくれたのだと思う。
日が高く昇った頃、俺たちはトムとラルを家に置いて村の広場に向かった。
広場にはたくさんの人が集まっていた。
サミュエルやモモもいる。村長夫妻やほかのみんなもだ。
「おっ、来たな、俺たちの英雄!」
「いやはや、昨夜は驚いたぜ。トムのガキは頭が良いとか、魔術を使えるとかは聞いてたけどよ、まさかゴーレムを倒せるほどだとは思わなかった!」
狩人たちは俺の頭を乱雑に撫でくりまわしてきた。
インドア生活の長かった俺は、村人たちからすれば家から出てこないレアキャラだった。けれど最近はモモとランニングしていたので、だんだんと村人への露出が増えていた。そして、昨夜の活躍で完全に受け入れられた感じだ。
「こんなちいさいのに本当にすごいわね」
「俺たちの村から偉大な魔術師がでて誇らしい気分だよ」
村長オーザックと、その妻ミリスも誇らしげに撫でてくる。
昨晩からずっとこの調子だ。お礼に食べ物とかいっぱい貰った。近所のおじさんおばさんにとんでもなく甘やかされてるような気分だ。嬉しいけど、恥ずかしい。
「さて行くか。遺跡の調査に。俺たちの英雄は死んでも守るぞ」
ゴーレムを撃退したからといって、すべては終わらない。
ひとまず原因たる場所を調べないといけない。
次のゴーレムは現れるのか。
遺跡の中はどうなっているのか。
もしかしてお宝は眠っていたりするのか。
そのために軍勢──80名以上──で森に乗り込む。
「えへへ、弟、森だよ、森! みんなと一緒だとお祭りみたいだね!」
「よかったですね~、マーリン姉さん、僕も初めての森でワクワクしてます」
はしゃいでる姉に平気で嘘をついていると、遺跡に到着した。
「むう、ここみんな知ってる場所だったんだ……」
「まぁ先祖代々ここに住んでいる地元民ですから」
なお秘密の遊び場が、実は全然秘密ではなかった件について、モモはわりと不貞腐れていた。
「本当に遺跡が開いてるな」
「気をつけろよ、またゴーレムが出てくるかもれないぞ!」
「おいおい、お前、先に行きすぎだろ、お宝を独り占めしようとしてるのか?」
「魔術師様とヘラに先にいかせろ。おらたち馬鹿どもがさきにいくんじゃねえ!」
やいやい言い合っている村人たちを、ほかの村人たちがどかして道を開け、サミュエルとヘラを通す。モモや俺、マーリンもそこにくっついて行く。
サミュエルは松明に火をともして掲げ、開かれた遺跡をのぞきこんだ。
「深いな。アイザック君、なにか見えるか?」
「おおきい生物は近くにはいませんよ。あとはそうですね……魔力の密度は外より高そうってことくらいです」
「地面の下の閉鎖空間は特に魔力が沈殿する環境だ。そのせいだろう」
サミュエルは片サングラスを外した。
出たな。ジャッジメント・アイ。
「むっ、これは……たしかにかなり滞留している……吾輩の経験上、この魔力の感じは──ダンジョンだな」
まじかよ。
ダンジョンって、あの?
サミュエルは村人たちに事態を説明し、村長夫妻と狩人と俺だけ、ダンジョンに入ることを提案した。誰もサミュエルに異を唱える者はいなかった。
「弟だけずるいよ~! 私もダンジョン入りたい!」
「アイザックはわたしが守りたいー!」
「ふたりは私といっしょに待ってましょうね~」
ヘラは、マーリンとモモをなだめてくれた。
「アイザック君、これを使うといい」
サミュエルに魔術杖を渡される。
昨夜、活躍してしまったがために、断ることができなかった俺は、大人たちに紛れて、ご近所ダンジョンへと慎重に降りた。
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