ゴーレム討伐作戦
翌日。
薄暗くなった頃、ゴーレム討伐作戦が始動した。
「いでで。まだちょいと痛むな」
「父さん、動いていいんですか?」
「いつまでも怪我人扱いするなよ。『治癒霊薬』を飲んだんだぞ? 1日以上眠ったんだからこれくらい余裕だっつーの。それよりよ、ゴーレムをぶっ倒すんだぜ? しかも俺をぶん殴った野郎だ。こんな瞬間、見逃せるかよ」
まったく。この人は。
「どういう作戦でやっつけるんだ? ヘラに聞いたけど教えてくれなくて」
「まぁすぐに始まると思うので。見てればわかるんじゃないですか」
「なんだよ、お前まで秘密主義者になったのか?」
「僕もよくわかってないんです。母さんに『ゴーレム討伐に参加しないこと』を約束しちゃいましたから。昨日と今日と忙しそうに工房にこもってたので」
「それじゃあ、俺たちふたりともヘラに叱られる結末が待ってるんじゃないか?」
「僕は父さんの付き添いなので叱られませんよ」
「冷たいこと言うなよ。一緒に怒られようぜ」
森と村の境界線を遠目に見れる位置にきた。
すこし高くなっている丘の上。全体がよく見える特等席だ。
ヘラやサミュエル、村長夫妻や男衆の姿がある。
距離にして俺たちから40m程度。緊張感が伝わってくる。
皆、そわそわして”その時”を待っているようだ。
森のほうが騒がしい。
重たい足音が聞こえる。
「こっちに来やがれ、化け物が!」
「近づきすぎるな、想像以上に瞬発力があるぞ!」
数人の男たちが森から飛び出してきた。
両腕をおおきく振った全力疾走だ。
そのあとを追いかけるのは巨影。
大地を鳴らし、一歩ごとに足跡をつけながら歩く姿。
人を象った岩の化け物。ゴーレムと呼ぶにふさわしい様相だ。
身長は3mほど。岩石を数珠繋した細い長い腕を有している。
人間の全力疾走に追いつけている?
移動速度が想像していたより速い。
「で、でけえ!」
「ひるむな! 俺たちで村を守るんだ!」
「まずい、目標地点からずれてる!」
「そっちに引きすぎるな! こっちだこっち!」
罠を張った場所に誘導できてない。
囮役が十分に惹きつけられていないんだ。
「岩石製か……厄介だな。お前らどいてろ、あとはいい、俺が引き受ける!」
飛び込んでいくのは村長オーザック。
剣を片手に駆け出し、ゴーレムに怯むことなく斬りかかった。
ガギンッ。火花が散って、金属片が飛び、頑強な岩に傷がついた。
「こっちだッ! デカブツ!」
一撃いれて離脱し、オーザックはゴーレムを引き連れて広場のほうへ。直接攻撃のおかげで上手に注意を惹きつけれている。
ゴーレムの行く手、待ち構えているのはサミュエルだ。
「よい誘導だ、オーザック殿。あとすこし──そこだ!」
ドシン、ドシン、歩いていたゴーレムが突然、地面の下に落ちた。
落とし穴。大人たちが一生懸命掘っていたやつだ。
「術式を作動させる! 皆、衝撃に備えろ!」
サミュエルは叫び、男たちは頭を伏せて耳を塞いだ。
赤い宝石を宿す魔術杖が地面に叩きつけられる。
地に刻まれていた石灰の幾何学模様が蒼い雷電とともに光った。
魔術式を直接刻みこむことによる詠唱入らずの魔術展開。
一瞬の火の香り。点火。落とし穴から巨大な火柱が昇った。
「うおおおお!」
「とんでもない爆発だ……っ!」
「これは、ひとたまりもないな……」
「魔術ってすげえッ!!」
喜びをわかちあい抱き合う村の男衆。
「意外とまだ動けるのね」
「はぁはぁ、まだまだ現役さ」
夫をねぎらう妻と肩で息をするオーザック。
「やりましたね、クンターさん!」
「術式は完璧だった、錬成魔法陣の力があってこそだ!」
ヘラとサミュエルも笑顔で拳を突き合わせている。
完璧な連携攻撃だった。
ゴーレムなど相手にならなかったな。
──そういう風に俺も思った時だった。
落とし穴から灰色の腕が伸びて出てきた。巨大な岩石人形は、今の爆炎がなんともなかったかのように穴から這い上がり、両足で大地を踏みしめた。
高温にさらされ熱せられた姿は、怒りに満ちた巨人のようだ。喜びの声をあげていた村人たちは、その威容を前に静まりかえった。
「嘘、だろ……っ」
「いまの爆発で、殺せねえのかよ……」
大混乱、散り散りになって逃げる男衆。
ゴーレムは腕をふりかぶり、勢いよく振り下ろした。
岩石の腕が崩れて、高い初速で発射され、逃げ惑う男たちを襲う。
幸い、攻撃は誰にも当たらなかったが、岩石の衝突した地面の様相を見るに、当たればひとたまりもない威力だろう。
「馬鹿な、ゴーレムが、遠隔攻撃を……っ、だが、身体のパーツを消耗する攻撃であるならば、そう何度も使えるものでは──」
「クンターさん、あれを見て! やつの腕が!」
ヘラは叫び、指差した。
ゴーレムの千切れた腕が再生していく。貯蓄されている魔力が尽きるまで土属性の元素生成で腕を修復する術式のようだ。まだまだ魔力が尽きる気配はない。
俺はたちあがり、長く息を吐いた。
「アイズ……」
「止めないでください、父さん。遠隔攻撃は危なすぎます。さっきの落とし穴の連携で倒せないとなると、より高い火力をぶつけるしかないんです」
「馬鹿か、誰が止めるかよ、ヘラを助けるんだ! 俺がお前に無理やりやらせたってことにしといてやる! だから、アイズ、やっちまえ!!」
「……はい!」
火属性の魔術神経になみなみと魔力を注いだ。
神経が熱を帯び、悲鳴をあげ、大量の火の魔力が練り上げられる。
両の手から火の魔力を放射し、宙でぶつけあわせ圧縮、高密度化、発火。
赤い火種ができあがった。この元素にさらに火の魔力を注ぎこむ。
「うっ、あっつ……!?」
「我慢してください、父さん! 僕のほうが熱いんです!」
赤い火炎は、黄色い炎になり、白い炎になり、やがて蒼い炎になった。
まだだ。ありったけを。まだ足りない。倒せなかったらどうする。
この一撃にすべてを賭けろ。失敗は許されないんだ。
ついぞ膨大な魔力を圧縮し、蒼焔は”紫色の火炎”に到達する。
この元素をベースにして術式構築、詠唱開始──。
「無垢の紫焔、最大の浄化、
四肢を裂く暴風、嵐を呼ぶ鷹
不死なる鳥、一陣の火の香り、
爛れし雛鳥を、残響と燃やせ、
──追加四重詠唱『第三魔術:
火属性の魔術神経の
行使可能な最大火力。
これでゴーレムを倒せないなら負けだ。
あと3秒……それで発動準備が整う。
「きゃっ!」
「ヘラ殿、たつんだ!」
ゴーレムからダッシュで逃げていたヘラが転んだ。
サミュエルが助け起こそうと、手を伸ばしている。
ゴーレムと2人が近すぎる。
あの位置だとヘラを巻き込んでしまう。
集中力が揺らいだ。
躊躇した。魔術の発動を。
致命的なミスだった。
術式がはほどけ、紫焔は霧散した。。
息を呑んだ。
やっちまった。失敗した。
術式は複雑にからまった。
修復には時間がかかる。
元素精製を最初からやるか?
いいやそんな暇はない。
最大火力を出せない。
ゴーレムを倒せない。
何よりもヘラが危ない。
頭のなかでは0.1秒毎に大事な決断をせまられる。
「くっ……母さん、走って!」
俺は元素の残滓と術式の破片をかき集めた。
用意できたのは『第三魔術:
火の色も紫から黄に落ちてる。
最大火力には程遠い。
それでもいい。まずはヘラを助ける。
ゴーレムの注意をこちらに向けさせる。
「行ってこい──!」
火の鳥を放った。
灼熱の軌跡はまっすぐにゴーレムに着弾。
岩石の体は爆散し、粉々に砕け散った。
「……あれ? 死んだ?」
ゴーレムが再生しそうな雰囲気はない。
あたりは静けさにつつまれた。
思ったより弱かったのか?
なんか勝った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます