元素精製

 翌日。

 広場には朝からたくさんの村人が集まっていた。

 

 広場の中央、村長オーザック・ベイルは皆に視線をくばりながら口を開いた。


「ゴーレムが出た。トムからの話だ。あの遺跡のことは知ってるだろう? 俺たちのじいさんのじいさん、そのまたじいさん時代からあった遺跡だ。いまや開かれ、ゴーレムが森を徘徊してる。いつ村に出てきてもおかしくない状況なんだ」


 ざわめきが大きくなる。


「なぁ、オーズにミリス、お前たちはしばらく村離れて冒険者やってただろ? ゴーレムとかも倒したことあるんだよな?」


 村で一番たくさん羊を飼育している男は懇願するようにたずねた。


「大丈夫だ。俺とミリスはゴーレムなら倒したことがある。それに俺たちには高名な魔術師であられるサミュエル・クンター氏がいらっしゃる」


 村人たちから「おお~!」という安堵の声とまばらな拍手が起こった。


 サミュエルは咳払いをして、オーザックの隣に移動する。


「吾輩の第三魔術の力なら間違いなくゴーレムを屠ることができるであろう」

「お願いします、魔術師様! どうか村をお救いください!」

「で、でも、いったいどのようにお礼をすれば……?」

「怪物退治を引き受ける以上、報酬を要求するのは道理。……だが、今回は必要はない。吾輩はシマエナガ村に滞在させてもらっている旅人だ。この村で過ごした価値のある穏やかな日々を報酬とさせていただこう」


 村人たちから盛大な拍手がおくられる。


「ゴーレムを倒すために、罠を張る。俺とミリス、魔術師殿で作戦を考案する。男衆の力を借りたい。それとヘラ、いけるか?」


 オーザックの視線がこちらへ向いた。

 ヘラは神妙な面持ちで静かにうなずく。


「助かる。レッドスクロール家の術があれば心強い」


 朝から始まった会議が終わったのは昼前だった。

 村人たちは一致団結して、ゴーレム討伐へ動きだした。


 俺とマーリンとヘラは家に帰宅した。


「なんかすごいことになってるね、弟」

「ですね、マーリン姉さん」

「私たちも手伝ったほうがいいかな!?」


 目をキラキラさせてマーリンはたずねてくる。

 

「何を言っているの。ダメに決まってるじゃない」


 ビシャリと言い放ったのはヘラだった。


「遊びじゃないのよ? 大人に任せなさい」

「えー、でも、私と弟の魔術もあったほうがいいよ! 弟もそう思うでしょ? これってさ、村の英雄になるチャンスだよ!」


 後半に本音が漏れてしまっておりますぞ、姉上様。


「ダメなものはだーめ。英雄なんかにならなくていいのよ。あなたたちに危険なことしてほしくないの。トムがあんなことになってしまったあとなのよ? あなたたちにまでもしもの事があったら、とても耐えられない……わかってくれる?」

「むぅ……わかった。でも、ママも危ないことするんでしょ?」


 マーリンの『本音は英雄になりたい』という無邪気なものだろうが、同時に『母の助けになりたい』という気持ちもあるのだろう。姉上様は優しい人だ。


「ママは大丈夫。私は戦うとかそういうのはめっきりなの。作戦にあたってサミュエルさんが必要とする魔道具をいくつか作成して提供するだけよ」

 

 しばらく後、俺は石塀に腰かけて、大人たちが、森と村の境界あたりに穴を掘っているのを遠目に観察していた。


「ん」


 サミュエルが静かな足取りでこちらへやってくる。


「アイザック君、実は君と話がすこししたかった」

「なんとなくそんな気はしてました」

「流石に聡い。……実はモモから君に吾輩の遺跡調査のことを伝えたと聞いていてね。遺跡を調査していること。君はあの場で言わないでくれた」

「村会議のことですか? そりゃあ師匠を吊るし上げるようなことはできませんよ」

「……ありがとう。吾輩は君に救われた」

「でも、気にはなります。遺跡の封印を解いたのは師匠なんですか?」

「誠意をもって否定する。吾輩ではあの封印を解除できなかった」


 サミュエルは嘘をつくような人間ではない。信じよう。


「ただ、何もしていないわけでもない。封印された石扉の写しをとったあと、古代文字を一部解読し、封印解除を試みはした。その時点ではなにも起こらなかった。誓って真実だ。だが、吾輩の干渉が遺跡に眠るゴーレムを目覚めさせてしまった可能性はある」


 ”何かした”から”何か起こった”訳だろうしな。


「この真実を皆に話す勇気が吾輩にあればいいのだが、皆が君のように吾輩の人柄を知っているわけではない。伝えれば、きっと吾輩を糾弾するだろう」

「僕は師匠の誠実さを信じています」

「ありがとう、アイザック君。トム殿が怪我をした責任は吾輩にある。この件は吾輩が片をつける。君もトム殿の仇をとりたい気持ちでいっぱいだろうが、ヘラ殿との約束がある。どうかこらえて、ここは吾輩に任せてほしい」


 サミュエルはヘラから釘を刺されているのか。

 うちの子を使うな、とかだろうな。


「……。わかりました。ひとまずは討伐する権利を預けます」


 サミュエルは覚悟の決まった表情でつげると、去っていった。

 

 俺は彼の背中が遠ざかるのを見送ってから裏庭へ移動した。


「……師匠、俺はあんたを責める気はないが、ゴーレムには怒ってるんだ。手をだすなっていうのは、また別問題ですよ」


 あの陽気で軽薄な父が、いまやすっかり大人しい。

 あの優しい母はいまや静かな怒りに支配されている。

 俺だって同じだ。仇を取らなきゃ気がすまない。


 話によればゴーレムは耐久力の怪物と聞く。

 ぶっ殺すためには火力が必要だ。


「最高威力の第三魔術をぶつけても倒せなかった時、死を覚悟しないといけない」


 もう一度、第三魔術を撃つまでに最速で10秒はかかる。

 致命的な隙だ。ヤルなら最初の攻撃で倒さないといけない。


 俺は両手をまえに、その間に赤い火炎をつくりだした。

 火の元素生成。種火の完成。


 ここに術式を組み込むことで火は形を変える。

 

 だけど、これでは足りない。

 種火にさらに火の魔力をこめる。


 赤い種火は、激しく燃え盛り、やがて黄色の焔に変化した。

 火力が増している。消耗魔力は赤い種火の2倍。


 魔力放射の奥義、元素生成、その出力強化版。

 この黄色の火炎に名づけるならば──。


「『元素精製げんそせいせい黄焔こうえん』……と言ったところか」


 火属性の魔術神経がチリチリと痛む。

 魔術神経の限界値に近づいているのか。


 魔術神経を育てるほど、対応した属性の魔力を練り上げる量が増し、より高度に扱えるようになるが……黄色い炎を作りだすのは今の魔術神経に負担をかけすぎる。


 だが、まだ限界値に近いだけだ。

 より出力をあげる。種火にこめる魔力を増やす。


 悲鳴をあげている火属性の魔術神経へ、純魔力をさらにながしこみ、火の魔力を爆発的に練り上げる。種火の火力が増す。10倍、20倍、30倍──通常の元素生成を遥かに上回る魔力を集中させる──黄色い焔が、白い焔に変化した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る