封印された遺跡

 蔦に覆われた石造建築物。草木に深く埋もれており全体像はうかがえないが、サイズ感としては貨物船に積むようなコンテナが、地面にポツンと置かれている感じだ。周囲をうかがえば折れた石柱の残骸らしきものもある。


 この瞳に映る情報からすれば、かなり緻密な魔術が付与されているように思える。並みの魔術の干渉を受け付けなそうだ。建物の強度も高そう。


「そこの入り口、封印されてるんだよ。父上はね、前から遺跡がここにあるって知っててね、わたしに見せてくれるって約束してくれてたんだよ」


 件の封印されている入り口に近寄る。

 サミュエルが調査した痕跡なのか、そこだけ蔦が払われていた。


 固く閉ざされた石扉に文字が書かれている。

 読めない。アンバー文字じゃない。

 

「父上はそこに紙をこうやって押し当ててこすってたよ」


 石碑の文字の写しをとったのか。

 あのひと羊皮紙をたくさん持ってたな。


「なかはどうなってるんだろう?」


 石扉に顔をくっつけて、眼を凝らす。

 ある程度の厚さの壁の向こう側も、魔力素子の揺らめきから観測することができる。特に大きな魔力源などあればスケスケで見えたりする。


 感知力をあげた素子の魔眼はいま、地下15mあたりにある高密度の魔力源を俺に教えてくれている。形状からヒト型っぽいなにかがそこにいるのがわかる。


「……不穏な感じですね。うーん、やめておきましょう。危なそうです。見たところ、魔力の流れは安定してますし、余計なことしないほうがいいでしょうね」


 顔を離して、3歩あとずさる。

 触らぬ神に祟りなしってな。


「余計なこと? やめる? やめるってなにを?」

「いえ、なんでもないです。えっと、すごく面白い場所ですね。いい場所に連れてきてくれてありがとうございます、モモ」

「くふふ、お礼はいらないよ、友達なんだから当然だよ!」


 しばらくの間、モモと俺はそこでお喋りをして、木の実を集めたり、遺跡にのぼってみたり、遺跡の建材のかけらを集めたりして遊んだ。


 ほどなくして、俺たちは帰路についた。

 あの蔦で覆われた遺跡は、一体いつからあるのだろうか。

 ロマンと冒険心、ワクワクした気持ちを抑えつつ。


 

 ────



 王国歴1075年8月


 夏が来た。暑い。

 これだけ暑いと動く気も失せる。

 

「よーし、今日もキレイ草とヌメヌメ草をたくさん集めるぞー!」


 玄関から出てきたトムが網籠を背負って、肩をぶんぶんまわしていた。

 ベルトを身体にまいており、そこに鉈やら魔道具やらを引っかけている。


 俺たちは家族総出で見送る。


「ラル、お父さんにいってらっしゃいって言ってあげて」

「あぅあう~」

「はーい、よく出来ました~」

「パパー、私も森にいきたーい! 魔術でパパのお手伝いするー!」

「気持ちは嬉しいぞ、マーリン。でも、だめだ。森は危なすぎる」

「じゃあ、僕だったらいいですか?」

「なに言ってるんだ、アイズはマーリンよりも小っちゃいだろうが」

「こらぁ、弟、お姉ちゃんのこと差し置いて森にいくなんてだめだからね! 行くときはせめて一緒じゃないと嫌だよ!」


 いまだ森の許可はおりないか。


「マーリン姉さんを出し抜くようなことはしませんよ」

「えへへ、弟は良い弟だね~、よしよし♪」

「……」


 平気で嘘をついてるが、先月の秘密の探検はバレていないので平気だ。

 モモは口が堅いようで、サミュエルにさえ漏れてる感じもない。


「んじゃ、言ってるくるぜ」


 トムはそう言って、ひらひら手を振って、森への入っていった。


 その日の夜。

 俺とヘラとマーリンは仲良く夕食の準備をしていた。


 シチューだ。お隣さん家のヤギのミルクと狩人のおっさんが分けてくれたお肉やうちの裏手で育てているハースニップなどを煮込んだ逸品だ。

 素材の旨味をまったく無駄にしないので栄養価が高く、味が濃い。レッドスクロール家の料理のなかで一番贅沢なメニューだ。

 

「上手にできたわね。うーん、トム、帰りが遅いわね。もう日が落ちてるけど」


 ヘラは窓の外を見つめて言う。

 

 ──ガンガン!


 扉が強くノックされた。

 手が空いている俺が玄関を開けた。

 お隣のミランダさんが肩を息をしていた。


「あぁ、アイザックくん! こんばんは、ヘラを呼んでくれる!?」

「ミランダさん、まずは落ち着いてください。母さんはいますから。なにがあったんですか?」


 ただならぬ気配を感じ取り、俺は努めて冷静に訊いた。

 ミランダさんは胸をおさえ、言葉を詰まらせながら言った。


「と、トム、トムが、うちの前に血塗れで倒れているのよ……!」


 

 ──しばらくのち



 俺たち家族はミランダさんの家にいた。

 ベッドには半身に包帯を巻かれたトムが、苦笑いして座している。


「平気だぜ、俺は、これじゃあ死ねねえよ、いででっ」


 半身が潰れてたし、一面染まるほどの出血量だったので、ヘラの懸命な手当中、”覚悟”をしていた。俺とマーリンは身体をよせあってずっと泣いてたのだ。


 でも、なぜか生きている。

 ……まぁいいか。生きててくれて。


 俺はいまだ涙をポロポロながすマーリンを抱きしめて背中をさすった。

 

「あはは、ごめんな、みんな騒がせちまって……」

「いいから。喋らないで。『治癒霊薬』は使ったわ。すぐ効くと思うから。そこで石みたいに安静にしていて。いいわね?」


 ヘラは見たことないくらい深刻な顔で空の小瓶を握りしめる。

 トムが『霊薬術』を勉強して、作り出した『治癒霊薬』だ。半年前にはなかった商品が、彼自身の命を救ったのだ。治癒霊薬ってすげえんだな。


「俺のことはいい。それよりヘラ、みんなには伝えてくれたのか?」

「トム」

「わかってるって、喋るな、だろ。大丈夫だよ、見た目ほど死にかけてない。確かに血がすごい出てたけど、歩いて森の外までは逃げてこれたんだ」

「トム」

「……静かにします」


 やがてミランダさんの家の外に足音がバタバタと集まってくる。

 神妙な面持ちで入ってくるのは、村の大人たちだ。子どももいるけど。


 村長夫妻、狩人たち、それとサミュエルとモモ。ほかにもシマエナガ村の者たちが、ぞろぞろ集まってくる。村社会なのでみんな顔見知りだ。


 皆が集まったのを受けてから、トムは目線でヘラに許可をとる。


「えー……喋ると妻が怒るので手短に。まず俺は平気です。死にません。あと森にゴーレムが出ました。例の遺跡あるでしょう? ええ、封印されてるやつです。あれ、”開いてました”」


 トムが手短に告げると、大人たちはドワッとざわめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る