錬金術:錬成術
王国歴1075年4月
我ら姉弟はサミュエルという旅の魔術師を師として迎え入れ、魔術の修行に成果をだしていた。俺は魔術書に書かれていた火属性第二魔術と第三魔術をすべて修め、マーリンも昨日、第二魔術を網羅して第三魔術に取り掛かった。
またサミュエルから錬金術師という職業についても話を聞けた。
魔術協会における錬金術師にも肩書きの差があるらしい。
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錬金術師見習い:第一錬金術をあつかえる者
准錬金術師:第一錬金術を網羅し、錬金術師免許を取得した者
錬金術師:第二錬金術から第三錬金術の免許を取得した者
高等錬金術師:第四錬金術以上を会得した者
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ちなみに俺の両親はどちらもこの免許をもっていないとのこと。
なので彼らは都市部では錬金術師を名乗ることはできないし、名乗って商売でもしようものなら、詐欺師あつかいされて投獄される可能性すらあるらしい。
「錬金術師として認められるには、免許をとらないといけないんですか?」
「うむ? 気にしているのかね、体裁を」
「まぁ多少は」
現代社会からの転生者ゆえ、無免許というものに不安はある。
「5歳の少年と話しているとは思えない大局観だな。トム殿やヘラ殿をけなす訳ではないことを先に断っておく。協会の発行する免許は……信頼の基準、技能の証として、錬金術師としての価値を高めてくれる。それには意味がある」
「そうですか。免許取ります」
「そうかそうか……ん? 取る? 決断がはやいな」
「師匠のような寛容な人ならいいですけど、店を構えた以上、気にする人が訪れるかもしれません。トラブルは御免です」
トムはちょっと抜けてるところあるし、ヘラはいい意味でも悪い意味でも寛容さの塊だ。俺がしっかりして、お店と家族を守っていかないと。
「免許はどこでとれるんですか?」
「規模の大きい魔術協会……このあたりだと自由都市リ・アトラビスにある。吾輩とモモは馬で旅をしてきたが、各地での滞在時間を考慮すれば……歩きで移動し続けて1ヵ月の距離といったところか」
は? 1ヵ月!? 徒歩にしても遠すぎでは……!?
「もっと近場に町はないんですか?」
「一番近い町はリンドール。こちらは徒歩3週間ほどだ。魔術協会はない」
自由都市リ・アトラビス(都会)から1週間かけてリンドール(田舎)にいって、そこから3週間かけてたどり着く秘境(未開の地)とは……?
シマエナガ村さぁ、どんだけ田舎なわけ?
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王国歴1075年5月
俺の朝は裏庭で焼き畑農業することから始まる。
「不死なる鳥、一陣の火の香り、
爛れし雛鳥を、残響と燃やせ
──三重詠唱『第三魔術:灼鳴鳥』」
実に20秒ほどの発動時間を設けて、術式を組み、火炎源を三鳥の火の鳥に変身させた。発射。耐火処理の施された黒焦げの地面に、連続で爆発を起こす。
クレーターが出来たので土属性魔術で埋め立てて、後片付けをする。
「師匠に教えてもらった多重詠唱も慣れてきたな」
サミュエルは二重詠唱を使えないらしいが、原理は教えてくれた。
そのあとすこし練習したら同じ術式を重ねる二重ができた。
三重詠唱もできそうなのでやってみた。流石に処理が重いが、できなくはない。
練習すれば四重もできそうな気はする。魔力の管理が難しいけど。
「よし、朝練終わり」
魔力保管量の20%くらいは、この朝の魔術鍛錬に使う。
もう20%は魔術神経の育成に使う。
残りの60%は『魔力の羊糸』の生成に使う。
こうして魔力を日々消耗することで、今も俺の魔力保管量は成長している。
昼前には不死羊たちのお世話を手伝う。
「めええ~♪」
「セスティヌス・レッドドラゴンは甘えん坊だな」
我が家で代々大事にされてきた不死羊たちは、転生後も自我を持っている。
セスティヌス・レッドドラゴンは新しく遺灰から産まれ直しても、セスティヌス・レッドドラゴンのままだし、トムやヘラのことを大好きなままなのだ。
「父さんはどんな気持ちで彼らを捌いて、皮をはいでるんですか」
「おいおい、ひどい言い方をするんじゃない。これは共存関係なんだ。こいつらだってわかってくれてるさ」
「めええ~♪」
「自然界で死後に灰になってみろ。雨風にさらされて、遺灰は散ってしまう。俺たち人間が管理することで、不死羊たちは真の不死に到達できるのさ」
昼過ぎ。錬金術の勉強がはじまる。
錬金術はおおまかに5つの分野にわかれている。
『薬術』 魔術効能をもたない薬をつくる錬金術
『霊薬術』 魔術効能をもつ霊薬をつくる錬金術
『錬成術』 錬成魔法陣をもちいて素材の合成・分解をおこなう錬金術
『加工術』 様々な素材を加工する錬金術
『金属加工術』 金属を加工する錬金術
このうち明確に魔力をともなった錬金術をおこなうのが『霊薬術』と『錬成術』だ。どちらも頭くるくるぱー条約により5歳以前では禁止されていた。
ここで俺が今まで修めた錬金術を一部を紹介しよう。
風邪薬や痛み止めの調合に始まり、艶薬の調合、石の削り加工の仕方、糸から紐を作る練習、紐から縄を作る練習、椅子の作り方、火の起こし方、蒸留器の使い方、酒(エール)の作り方、水銀をもちいた混合物分離法、野菜の育て方、ライ麦の育て方、パンの焼き方、出汁の取り方、栄養のある土の育て方、糞をもちいた肥料の作り方、屋根の直し方……などなどなど。
これらすべてが『加工術』『薬術』に分類できる。錬金術は幅広いのである。
「様々な術法を学ぶことで、新しい発見があるんだ。それぞれの術法は独立しているかもしれないが、いずれ点と点が繋がって、新しい錬金術が産まれる」
これはトムの言葉。
なかなか含蓄に富んでいる。
「本日より錬成術を教える」
「はい! すごく待ってました!」
「テンション高すぎて変だぞ……こほん。まずは基本となる錬成魔法陣をつかった分解術からいこう。第一錬成術で使う錬成魔法陣は、キシ石灰で描く」
トムはちいさな小箱から白いチョークを取りだす。
「初めてみました、そのチョーク」
「使わないからな。高いんだ、これ」
「それじゃあ、錬成術はあまり使わないってことですか」
「いい質問だな。うちじゃ使わない。理由を教えよう。アイズ、『アマルガム法』を覚えてるか?」
アマルガム法。それは水銀をもちいたクールな錬金術だ。水銀が有する『他金属を溶かす』という性質をもちいて、純度の高い金属を得るのである。
原理を説明しよう。
まず金鉱石があるとする。これを砕いて粉々にし、水銀と混ぜる。すると金鉱石が含有する金が、水銀と反応し混ざり、水銀×金の合金ができる。
そののち水銀×金を熱して、融点の差を利用して、水銀だけを蒸発させる。そうするとことで金を得ることが可能になる。これがアマルガム法だ。
さらには水銀に術式を付与することで、何を溶かし、何を溶かさないのか、性質をある程度コントロールすることも可能であり、そちらは『エル・アマルガム法』と呼ばれている。
錬金術師はこうした術法を複数組み合わせて、物質の姿形を変えるのだ。
「もちろん。あれ好きなので。かっこいいし」
「俺も好きだ。でも、錬成魔法陣を使えば、同じことができたりする」
「じゃあ、逆説的に錬成魔法陣使わずにアマルガム法でも事足りると?」
「その通り。錬成術は錬金術師の奥義みたいな雰囲気があるんだが、実際のところ従来の術法を、すべて魔法陣でやってしまおう、というだけの話なんだ」
トムは「これは銀鉱石」といって、工房の床に描かれた錬成魔法陣の真ん中に置く。両手を錬成魔法陣の外側につけた。陣がビリビリと蒼い雷を帯びる。
銀鉱石は震え、割れて、その内より艶のある銀が、陣の中央、左側へまとまって出てくる。銀以外の鉱物は右側のほうへ。これが錬成術による銀の製錬か。
「ざっとこんなもんだな。これが錬成術のうち分解術と呼ばれるものだ」
「あれ? でも、こっちの石っころのほうに銀いっぱい残ってますよ」
取り残されたキラキラ光る粒が付着している。わりとたくさん。
「こほん。これが錬成術の難しいところだ。術者の魔術操作量によって精度がすこぶる悪くなってしまうことがある。こいつはほとんど魔術だからな」
「つまり、父さんには魔術センスがないので錬成術が下手くそであると」
「くっ、その通りだ……っ。だが、俺の名誉のために言わせてもらうと、キシ石灰が高いから、あんまり陣で練習をできてないということもわかってほしい」
俺は取り出されたつまめるサイズの銀を、机のうえの量りに乗せる。
比重を調べるために、ちいさな水槽にいれたりして、純度を調査した。
「だいたい、銀42%くらいの含有率ですかね」
「げふんげふん。一発で精錬しきる必要はない。取り出した銀をまとめて、もう一回錬成魔法陣にかけてやれば、純度も高めていくことができるからな」
「精度が足りないなら繰り返すと。……僕がやってみてもいいですか?」
「あぁいいぞ。まだその錬成魔法陣は使える。新しい銀鉱石も用意してやろう」
トムが陣の真ん中に銀鉱石を追加する。
俺の指先が錬成魔法陣に触れた。
その瞬間、まばゆいほどの蒼い輝きが工房を包みこんだ。
「っ、こいつは……!」
「綺麗に取り出せましたね」
「……銀、だな、光ってやがる」
トムはすぐに先の俺がおこなった手順で純度を調べだす。
「純度96%の銀だ……こんな高純度の銀、見たことねえ……っ」
「ありがとうございます」
「お前、化け物かよ」
「愛する息子になんてこと言うんですか」
「はは、ははは……すげえ……っ、俺の息子はとんでもない天才だ……!」
「ありがとうございます」
「ははは、すげえ、こんな銀を取り出せるなんてさ、ありえないぞ! お前は最高の錬金術師になれる! 無限の可能性を秘めてる!」
「まぁ、父さんの息子ですからね」
「ははは、そうだな、お前は最高の息子でもある!」
トムは俺の頭をわしゃわしゃと撫でまわしてきた。
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王国歴1075年6月
朝の日課を終えた俺は、朝飯までの暇、家の近くを散歩していた。
エリートな引きこもりの俺であるが、最近はちょこちょこシマエナガ村を知ろうと努力をしているのだ。
「つっても、北方樹海とかいう場所から猪とか、狼とかが出てくるって話だからなぁ……」
俺の行動原理のうちかなり強めなものに「死にたくねえ……」がある。
誰だってそうなのだろうけど、俺の場合は、二度目の人生ゆえ、チャンスを無駄にしたくない思いが強い。前世より物騒な世のため警戒心も高まるばかりだ。
ひとまずマーリンがいつも行ってるという村中央の川までは行ってみよう。
せせらぎの音。水の香り。うむ。大自然って感じ。外に出るのも悪くないね。
「ぶひいぃいい!」
川に到着すると、猪が水辺にいた。
ゴクゴク水を飲んでいた顔をあげて、こちらをギロッと睨みつけてきた。
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