火属性第三魔術『灼鳴鳥』

「はわわ……っ」


 桃狐のモモは頭上にピンと伸びたデカ耳を手で押さえてちいさくなっていた。


「推定射程30m前後……といったところか。吾輩の3倍の射程だ。『放射火炎』の術式がもたらす現象をおおきく逸脱している。なんて魔力放射量だ。出力をあげることで術式の限界を超えているのか……!」


 驚嘆した様子のサミュエルは、震えるモモを撫でながら続ける。


 サミュエルが羊皮紙にメモを取っているのに気づいた。

 ちらと内容を覗き見る。


─────────────────────────────────────

 その少年の『放射火炎』は空を焼き、飛ぶ鳥を焼いた。我が娘モモは尻尾をふっくらさせてしまい、耳はしぼみ、恐怖に震えあがってしまっていた……

─────────────────────────────────────

 

「旅行記だよ。体験は書き留めておかなくては」


 まめだな。この世界の旅人には普通のことなのだろうか。


「元素生成という言葉は知っているかね」

「いえ、さっぱり」


 サミュエルはトムのほうを見やる。

 俺の父は腕を組んだまま、自信なさそうに口を開く。


「魔術で操作する対象……属性魔術だったら、水とか土とか……今回は火だったけど、高等魔術師のなかには卓越した魔力操作量と魔力放射量をもつ人がいて、その場に元素がなくても、作り出せると聞いたことがあるが」


 流石はトム、見直した。

 

「パパ、物知りだね!」

「まぁお前たちより長生きしてるからな」

「元素生成は極めて高度な術法だ。魔術師の能力のうち、鍛錬で伸ばし辛いとされる『魔力放射量』が高くなければ、そもそも行うことができない」


 魔力放射量。身体のなかの魔力を外界に出力する能力のことだ。


「それじゃあ、うちのアイズは魔力放射量に関しても特別な域にあると!?」

「疑う余地なくそうであろう。『放射火炎』の過剰火力。あれも魔力放射量がなければ不可能な芸当に思える。この術式の標準射程10mよりさらに先に火を届けるのは、遥かに難しいのだから。それも30mともなれば……」


 サミュエルは思案げにしたあと、


「吾輩が先ほど使用した『放射火炎』の消費魔力、その100倍程度は出力しているであろう。火炎の威力を思えばもっとか? まぁ計算上の話にはなるが」

「第二魔術100回分ってことですか……!? アイズ、お前、そんなぶっぱなして平気か!?」

「お、ぉぉ、弟、流石にがんばりすぎたんじゃないの!?」


 トムとマーリンが蒼白になって、俺の顔をむぎゅっとしてくる。

 

「へ、平気ですから、心配しないでください」


 火属性の魔術神経がジンジン痛む程度には、火の魔力をぶちこんだけど……そんな使ったか? 


 もしサミュエルの話が本当だとしたら大変なことだ。射程3倍で魔力100倍。クソ燃費悪い。術式の範疇超えたる魔力効率が大幅に落ちるようだ。


「アイザック君、君はいったいどこまでできるのか……」


 サミュエルはいまだ怯えるモモを物陰に置いて、意を決した表情になる。


「吾輩の奥義……これより第三魔術のうち最難の術式を行使する」

「クンターさん、あんまり乗り気じゃなさそうに見えますが……」

「察してくれたか、レッドスクロール殿。吾輩はいま複雑な心境なのだ。先ほどの第二魔術……あれを修得するために費やした歳月を思い出してしまってな……」


 サミュエルが複雑な思いを抱いているのは、鈍感な俺でもわかる。


 実は俺も複雑だ。

 努力家なのが誇りだったのに。

 すべてを才能扱いされて。


「はぁぁぁ……!」


 サミュエルは膨大な魔力を練り上げていく。


「不死なる鳥、一陣の火の香り、爛れし雛鳥を、残響と燃やせ──!」


 十分に元素が松明から抽出されると、燃える両翼をもつ鳥となった。


「──来たれ、我が奥義、『第三魔術:灼鳴鳥しゃくめいちょう


 放たれた直後、鳥は加速し、焦香の軌跡を残して、大空へ舞い上がった。

 

「むぅう! くぁああ! はぁあああああッ!!」


 サミュエルは手をバッと下へ振り下ろす。

 火の鳥は天空より舞い降りてきて、レッドスクロール家の玄関のほうへ。

 敷地と村道をわけている石塀へ落下、爆発し、地面に火をまき散らす。


「いやいやいや、なにしてんすかァ、クンターさん!?」

「うわぁああ!! 私たちのお店の前が燃えてるぅぅう!?」

「……気合が入りすぎた、本当にすまないと思っている」


 トムとマーリンと一緒に俺は必死の消火活動をし、そののち痛恨の表情で申し訳なさそうにしているサミュエル氏を正座させて囲んだ。


「火の鳥は放ったあと、対象にぶつけるまでコントロールし続けないといけない。通常、操作時間は5秒ほど。それ以上は術式の範疇を越える。吾輩は放ったあとに思った。牧草地に落とすわけにはいかない。かといって後ろの家に落とす選択肢もない。これどうしよう、と。上空へ放鳥しようかと思ったが……制御を失った火の鳥が勝手に動きだした。吾輩はあわてて魔力で干渉しようとしたが、制御は完全に戻らず、どうにか玄関前に落としたといったところだ」


 いや、途中から制御失ってたんかい。


「困りますよ、クンターさん! なんで完全に制御できない魔術を、それも超危険な火の魔術なんか使ったんですか! 危うくうちが燃えるところでしたよ!」

「くぅ、本当に申し訳ないとは思っている……っ、しかし、しかしだな、吾輩のなかで『素子の魔眼』の力を見たい気持ちと、己の矜持を守りたい気持ち、そして、第三深層魔術師という肩書きの格を落としたくない気持ちとかがだね……!」


 人間は矛盾を抱えた生き物なのです。


「父上をいじめないで!」


 桃狐が涙目で俺たちの前にたちはだかった。

 トムは困ったように頭を掻く。


「えっと、モモちゃん? 俺たちは別にクンターさんをいじめてるわけじゃなくてね、他人の家に放火しようとした馬鹿野郎……えー、じゃなくて、危険人物に苦言を呈してるだけなんだよ」


 時に正論は残酷。


「父上は本当にすごい魔術師なんだもん! 地元には弟子だって何人もいて、たくさん尊敬されてて、まだ誰ひとり父上を越えられていないくらいすごいんだもん!」


 モモは地団太を踏んで悔しがる。


「なのに、どうして、父上の凄さを認めてくれないの……!」

「モモ、よせ、吾輩がみじめになる……」

「父上、もっとすごい魔術、見せてあげてよ!」

「クンターさん、一応、忘れる前に結果だけ伝えておきたいんですけど」


 俺は前腕に火の鳥を乗せて、皆の前へ移動した。

 皆さんがウダウダしている間に、隅っこで少し練習して実演してみた。

 火の鳥は大人しく鎮座しており、魔術は安定している。


「一応、見て、学んで、模倣できましたとだけ」

「馬鹿な……っ、火の鳥を腕に!? つーか、吾輩の2年の努力が一瞬で……っ」

「すっごい燃えてない!? 弟、それ熱くないの!!?」

「アイズ、危険だ、さっさと投げろッ! 家が燃えちまうッ!!」

「うわぁああん、父上ぇぇ、ちびっ子に爆殺されるぅぅ!」


 阿鼻叫喚。


「行ってこい」


 鳥を解放されると、上空を旋回したあと、空中で爆発、轟音と共に消滅した。


「……あぁ、吾輩が2年かかった魔術が……こうも易々と……どうやらもう教えることはないようだ、アイザック君、免許皆伝だ」

「父上ぇぇぇえ……っ、ふえぇぇん!」

「やっぱり、弟だ! 第三魔術も使えるなんてさ! 我が家の誇りだよ!」

「なあ、アイザック、お前、うちを継いで錬金術師になるよりも魔術師を目指したほうがいいんじゃないか……?」


 うーん、確かにそうかもしれない。

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