火属性第二魔術『放射火炎』

 翌日、太陽が高く昇った頃。

 紳士サミュエルはレッドスクロール家の敷地をまたいだ。


 モモもいる。物陰からモフモフ尻尾がはみだしているのでわかる。しっかりと姿を見せてくれないけど。まだ警戒されてるらしい。


「ささ、クンターさん、こちらへどうぞ。椅子と机を用意してあります」

「これは助かる。では、失礼して」 


 牧草地に不自然に置かれた椅子と机にサミュエルは腰かけ、ステッキをたてかけると、カバンから2冊の本と紐でくくられた羊皮紙の束を取り出した。


「豪華な装丁の本ですね」

「そうであろう? 吾輩が製本した本なのだよ」


 トムの問いに気分よさそうにするサミュエル。


「といっても、我が師の有していた魔術書の書き写しと、協会蔵書の再編纂に過ぎないが。これでもクンター家の大事な蔵書のすべてだ。扱いには気を付けてくれ」


 あれ? 2冊だけで全部?

 この人の一族って魔術師の家系じゃないのか?


「クンターさんって魔術師の家系じゃないんですね」

「ほう? どうしてそう考えたのだね? 吾輩は魔術師の一族と言った覚えはないのだがね」


 興味深そうにするサミュエルに、俺は我が家の魔術書を見せた。

 彼は顎をしごき、その古びた魔術書を眺め、驚愕に目を見開く。


「なんと……これは……」

「『伝統的な属性魔術 第一魔術全集』はライスト・クンターっていう人が書いた本なんです。だから、クンターさんが家名をのべて、魔術師を名乗った時から、そういう家の人なのかなって。お金持ちそうですし」

「サー・ミール公爵領魔術師……か。ふふ、不思議な縁だ。いかにも。ライスト・クンターはきっと吾輩の先祖であろう。昔すぎて吾輩も把握していないがね」


 サミュエルは優しい手つきで魔術書を撫でると、俺に返してくれた。


「その古書、またあとで読ませていただいてもいいかね?」

「もちろんいいですよ……って、僕が言うことでもないですけど」


 トムを見上げる。


「あぁ、そりゃあ、もちろんですよ。にしても、知ってる名前だとは思ってましたが、どうりで。400年前から魔術書を作ってるほど歴史のあるお家の魔術師でしたか。よかったな、お前たちの先生はすごい人だぞ」


 最低でも400年間続く魔術師の一族。

 でも、魔術書の蔵書はない。そういうものなのかな? 

 

「……こほん。ひとまず目を通してみるといい」


 サミュエルはわざとらしく咳払いをすると、机のうえの本を示す。


 『火の属性魔術 第二魔術集(王国歴1073年)』

 著:第三深層魔術師サミュエル・クンター

 『火の属性魔術 第三魔術集(王国歴1074年)』

 著:第三深層魔術師サミュエル・クンター


「魔術書は知の継承のための道具。識字能力さえあれば書のすべての知を手に入れることはできる。ひとまずはその2冊から必要な知を書き写すとよいだろう」


 サミュエルは言って、羊皮紙の束を手で示した。


「書き写すための紙まで用意していただけるなんて!」

「もちろん、相応のシルバーはいただく。こちらも慈善事業ではないのでね」

「ええ、当然ですとも。しかし、どうしてそこまでしてくださるのですか?」

「そこまで不思議でもないだろう。吾輩は知識を売っているだけだ。対価も要求している。これは等価交換にすぎない」

「しかし、書き写しを許可してもらうことは普通ではないのでは?」

「ふむ。まぁひとつには、時間の節約というやつだ。吾輩の此度の旅には、かの有名な『北方樹海』を見たいという目的があってだね」


 北方樹海、キレイ草とかヌメヌメ草とかがある近くの森のことだ。 


「とはいえ、手を抜いているとは思わないでいただきたい。魔術の鍛錬は腰をすえておこなうもの。魔術式と己の感覚をすりあわせる作業は、孤独なものだ。もちろん、弟子というものにもタイプがあるのだろうが……吾輩が思うに、この才能あふれるレッドスクロール家の子どもたちは、自らの好奇心でぐんぐんと進む。このような子たちは必要な時に、必要な量だけ、自分たちの力で師を活用するものだ」


 好きこそ物の上手なれってこと。

 

「──ただし、吾輩にも興味を湧いている事柄がある」

 

 サミュエルは魔術杖を手に取り、腰をあげた。


「才能を見せてくれるかね、アイザック君」

「ふふーん♪ おじさんが弟の凄さをみたいってさ!」


 イキり始める姉上様。俺の肩に手をおいてくる。


「あのぉ、うちのアイズに何をさせるおつもりです?」

「危ないことではない。ただ、見ていてほしいだけだ」


 サミュエルはカバンから枝木をとりだす。

 粗い布を巻きつけ始めた。……松明かな?


 手慣れた動作でちいさな木片をとりだす。

 俺はそれを知っていた。


 硫黄つけ木だ。

 錬金術師の基本的な生産品。


 つけ木は粗布に差し込まれ、火打ち石により着火、松明はたちまち燃え上がる。


「火の魔術。破壊力は属性魔術のなかでも随一だ」


 サミュエルは俺を一瞥すると、右手に松明を、左手に魔術杖を構える。

 特徴的な魔力の流れを感知。これは術式の誘導を使ってるな。ふむふむ。

 

「残り火、灰燼、黒き焼け野原──『第二魔術:放射火炎』」


 大きく息を吸い込むサミュエル。

 松明に勢いよく吹き付けた。炎の波が生み出され、牧草地を照らした。


「まぁこんなところだ。標準射程10m。怪物にも効果的な攻撃になる」

「おじさん、すごいね! どんな恐い怪物でもやっつけられそう!」


 マーリンは無邪気に飛び跳ねて「もう一回やってー!」と楽しげだ。


「父上はすごいんだよ、当たり前じゃーん!」


 あれ? いつの間にか桃色の狐がマーリンの横に。

 後方腕組み娘。凄く自慢げだ。尻尾も先ほどの5割増しでふっくらしている。


 サミュエルは黙してこちらを見つめてきた。

 彼が求めているものはわかる。


 才能が見たいんだろう。

 『素子の魔眼』の恩恵その2──魔術模倣を。


 松明が差し出される。

 まだ火力を保っているそれを手で断る。


「……どういうことだね? 火属性を使うためには、火の元素が必要だぞ?」

「お気遣いありがとうございます。でも、もっと慣れてる方法があるので」


 俺は片手をあげて、掌を天へ向ける。

 蓋をするようにもう片方の手を添える。


 両の掌、その間に灯りともった。

 それは急速に巨大化し、火炎の源となる。


「ッ!? 馬鹿な……ッ!? 元素生成を、すでに体得しているというのかッ!?」


 先ほど見たサミュエルのなかの魔術式による誘導を想起する。

 だいたいこんな感じ……モノマネの精度としては80%ってとこかな。


「残り火、灰燼、黒き焼け野原──『第二魔術:放射火炎』」


 手のなかのちいさな太陽を握りつぶし、両手で筒をかたどり、息を吹き込んだ。

 角度は斜め35度。燃え盛る火炎はまっすぐ伸びて、炎の筆となって空を撫でた。

 

「…………これが『素子の魔眼』のちから、か」

「ふええ、ち、父上ぇっ、うぐっ、あのちっちゃい子、こわい……っ!」

「えぇ……アイズ、おま、これ、ほんとうに、初めての魔術? えぇぇ、嘘ぉ」


 皆、ひどく動揺している。


「ふふーん♪ 弟は天才なんだから、これくらい当たり前じゃーん!」


 マーリンは怯えるモモへ、流し目を送り、尊大に腰に手を当てた。

 姉上様、楽しそうです。

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