私も魔眼が欲しかったぁッ!!
紳士サミュエルはこの日、彼の知る限りの『素子の魔眼』に関する話を教えてくれた。彼は魔術協会で免許をもっている魔術師なだけあって博識であった。
『素子の魔眼』がもたらす恩恵その1。
高精度の魔力操作。これは『魔力の魔眼』に関する通説であり、保有者は高い魔術の素養があると考えられているらしい。ゆえに俺にも適用される説だ。
『素子の魔眼』のもたらす恩恵その2。
魔術模倣。魔力の流れを見てマネできるため、お手本となる魔術さえ見ることができれば、凄まじい学習速度で魔術を模倣することができるという。
以上2つが、紳士サミュエルが推測可能な性能とのこと。
ほかにも能力が秘められているかもしれないとのこと。
「今日のところはこの辺で失礼する。明日は才能の力、試させていただこう」
紳士サミュエルは娘のモフモフ狐モモをいっしょに去っていった。
「そうなの~! やっぱり、うちの子たちには特別な力があったのね!」
お客人が帰ったあと、ヘラに報告会が行われた。
「ママ! 私、すごく褒められた!」
「そう、よかったわね、流石はレッドスクロールの長女だわ」
「でもね、私に興味があったの最初だけで、あとはずっとアイザックのほうに夢中だったよ、あのおじさん」
「マーリン姉さん、そんな目で見ないでください。困ります」
明らかな嫉妬の眼差し。
「じゃあ、魔眼いっこちょうだいよ、弟」
「すごく恐ろしいこと言ってる自覚ありますか、マーリン姉さん」
「2つもあるならいいじゃん! おじさんだって1つしか魔眼もってなかったよ!」
「嫌ですよ、そんな簡単に外したりつけたりできるものじゃないですってば」
「んんー!! ずるいよぉ──!!」
マーリンは瞳に涙を浮かべてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「弟も妹も魔眼もってるのに、なんで私だけ魔眼ないのぉー! ママぁー!」
「うーん、そうねえ……」
「私も魔眼がほしかったぁ。ママがちゃんと産んでくれたらよかったのにぃ!」
マーリンの瞳に涙が溜まっては、ポロポロとこぼれ落ちる。
ヘラは申し訳なさそうに、娘の頭を撫でて抱きしめる。
「ごめんね……ママがしっかり生んであげれなくて」
「うぅ、ひっぐ、私だけ、ちょーふつー……! やだ、やだぁ!」
「マーリン姉さん、そんなこと言っても仕方がないですよ。母さんだって悪気があったわけじゃないんですから」
マーリンに頭をべしっと叩かれる。
「いだぁぁぁあ!!?」
「弟はいいよね、魔眼もってるんだからさッ! あぁあああ! 私も魔眼が欲しかったァッ!!」
ぎゃんぎゃん喚く姉の泣き声。
3歳年上の打撃。すごく効かされていた。
「あら、もう……喧嘩しないの。マーリン、お姉ちゃんでしょう?」
「うぅ、私はカス、雑魚、ゴミ、虫けらだもん、ぐすん、うぅっ」
「卑屈にならないの。よしよし、あなただってたくさん褒められたのでしょ? マーリンはそのままで良いのよ。自慢の娘だし、頼りになるお姉ちゃんであることに変わりはないわ」
ヘラが一生懸命にあやしてくれているので、その間に俺は退散する。
遊び部屋まで逃げてきた俺は、ベッドのうえに寝転がって目を閉じる。
薄く瞼をもちあげる。感知力を最大まで弱くしている状態でも、多少は視界内に光の粒たち──魔力素子がチラついている。
これが魔術師が喉から手がでるほど求めるという才能。
体感でも、理屈でも、強力無比なであることは疑いようはない。
普通ならこの道に進むほかないのだろう。
「でもなぁ、なんかしっくりこないんだよなぁ」
前世、俺は何者かになるために必死だった。
その欲求はいまも確かにある。中身が変わってないんだもん。
『素子の魔眼』と俺の魔術への興味があれば、何者かになるという根源的な欲求は達成できるような気もする。
でも、同時に存在する思いがある。
それは家族への思いだ。
この力が、才能が家族の仲を引き裂くのなら、捨ててもいい。
馬鹿げたことに聞こえるかもしれないが、そう思ってる自分がいる。
何者かになりたい気持ちと同じ、否、それ以上に俺は家族を大事にしているし、大事にしていきたいのだ。
これは前世の終わりに抱いた思いだ。
空の高さにばかり手を伸ばし、足元を見ることができなかった。
死んでから気づいた。顧みるべきものがあったことを。
本当に大事なものは、手の届く範囲にある。
それをしっかりと大切にしていれば人生は素晴らしいものになる。
たいていはソレに気づけずに最期を迎えるが……幸い、俺は二周目だ。
「よし、やっぱり、そうだな。姉さんのほうが大事だ」
マーリンと仲直りしたい。
うーん、どうしたら納得してもらえるだろう。
眼をポコンッと取ってあげるわけにもいかない。
「そうだ!」
俺は思い付き、ベッドの下に隠してある俺専用の宝箱にしまっておいたものを取りださんとする。
がちゃ。扉が開いた。
慌てて顔をあげる。
マーリンがいた。
目元は赤く腫れてるが泣き止んでいる。
「弟……」
「はい、弟はここにいますよ、マーリン姉さん」
「うん」
マーリンはベッドに腰かけてきた。眉尻がさがりきって、申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、さっきは叩いて。私、ひどいことしたよ……」
「いいんですよ。全然、気にしてないので」
「…………本当に?」
「威力がすごいとは思いましたけど」
「うぅ、ごめんね、ぐすん、ごめんんぅ」
「あぁ! 冗談ですよ、泣かないでください、姉さんは悪くないですから」
マーリンの大きな瞳からこぼれおちる涙を指ですくう。
ごんっと頭が胸に押し付けられてきた。金色の髪をそっと撫でる。
「マーリン姉さん、いいものあげますよ」
「ひっぐ、いいもの……?」
俺はマーリンを落ち着かせて、ベッドから石の宝箱を取りだした。
「それ、弟の宝箱……」
「この中身を姉さんに見せるのは初めてですね」
箱から取りだすのは淡い蒼色をもつ布だ。
一見してただの手編みのマフラー。
けれど、俺の眼には高濃度の魔力の塊に見えている。
「魔力の糸はいい発明だったと思ってます。武器としても道具としても、すごく有用です。込めた魔力によって高い強度をもちますし、自在に操れますし。けど、致命的に持続力がなかったです。MAXで1か月の持続が限界でした」
「私の糸は1日でだいたい溶けて消えちゃうけど」
「……こほん。なので相性がよくて、魔力受容量が高い不死羊の糸に純魔力の結晶繊維をあみこんで、含有率を50%まであげることで、ほとんど劣化しない魔力の糸を発明しました」
「ふえ? 劣化しない!? そんなことできるの!?」
「簡単に言うと、物に魔力をこめて安定させるのと近しいかもしれませんね」
「私にとっては物に魔力込めるのも難しいんだけど……」
「……すみません」
「えへへ、大丈夫だよ、弟」
「とにかくこれは画期的な魔道具なんです。高い強度、十分な持続力、ちょっと光ってるんで暗い足元を照らすこともできるかも。なにより所有者の意のままに動くというのが一番のウリです。これはその『魔力の羊糸』で編んだマフラーです」
俺は折りたたんだマフラーを広げる。
長いマフラーだ。いびつなほど長い。手編みって難しいね。
「ちょっと不格好ですけど……錬金術師として僕の初めての発明品。姉さんにあげます。姉さんならそのマフラーの動かし方も知っているでしょう?」
「ちょっと待って、こ、これ、すごい量の魔力が込められてるない……!?」
「ずいぶん意気込んで作ったので」
「これ1日の魔力だけじゃ足りないよね……?」
「まぁ」
「どれくらいかかったの、これ作るの……?」
「そのマフラー分……1500mの長さの魔力の羊糸なので──半年くらい?」
「え? 半年? うええぇぇえッ!? そ、そんな大作もらっていいの!?」
「いいんですよ。姉さんにあげたくなったんですから」
姉の細首に手編みのマフラーを巻きつける。マーリンは口元を緩め、薄っすら頬を染め、ニヨニヨしつつも微動だにせず、巻かれるマフラーを目で追いかけている。
すべてを巻き終わると、マーリンの顔はすっぽり埋まってしまった。アイスクリームに閉じ込められてるみたいだ。
「ぷはぁ!」
「よく似合ってますよ、姉さん」
「えへへ、そうかなぁ? ふかふか~、これ好き~」
首回りがすっかり膨らんだマーリンは、朗らかな笑みを浮かべた。
けれど、すぐに悲しそうな顔をしてしまった。
「どうしたんですか、姉さん? そんな悲しい顔しないでくださいよ」
「私は、私のことが嫌いになりそうなんだよ。わかってるんだ。よくないって。ごめんね、お姉ちゃんなのに、いつも情けなくて、いつも弟にばかり慰められてて……」
「必要ならいつだって慰めます。何度だって慰めます。僕たち家族なんですから。当然でしょ? だから、姉さんが悲しい時は僕がマフラーを巻いてあげるんです。姉さんが寒い時もマフラーを巻いてあげます。悔しい時もマフラーを巻いてあげます」
「うぅ、マフラー巻きすぎだよぉ……」
泣きながらも姉の顔に笑顔がもどった。
「ふふ、でも、僕が辛い時には、姉さんが手を握ってくださいね? 約束ですよ」
赤い大きな瞳に再び、雫があふれだす。
鼻をするる音。温かい身体がガバッと覆い被さってくる。
「うぅ、弟ぉ……っ、私たち、結婚しよう……っ」
姉上が泣き止むまで、しばらく時間がかかった。
程なくして、俺とマーリンは居間におりた。
ヘラはラルを抱っこしつつ意外そうにする。
「あら? そのマフラーどうしたの?」
「ふふん、弟が編んでくれたの~! 私へのプレゼントなんだよ!」
「あら~そうなの~♪ よかったわねぇ、マーリン」
「あうあぅ!」
「えへへ、ラルも羨ましい? いいでしょお~? でもだめだよ、これはお姉ちゃんの!」
ヘラはにこやかな表情で俺を見てくる。
薄く微笑むと母は嬉しそうに笑んだ。
「仲直りできたのね、えらいえらい」
「うん! もう魔眼はいらないんだ!」
マーリンが勢いよく抱きついてくる。
「だって私、こんな良い弟がいるんだもん!」
けっこう恥ずかしいこと言う人だ。
「あれ? 弟、なんか顔赤くない?」
「気のせいですよ、姉さん」
「あはは〜、弟、照れてる〜」
「照れてないです」
「絶対に照れてるってば! お姉ちゃんにはわかるんだから!」
やれやれ。妙なとこで聡い。
この姉上様の弟をするのは実に大変だ。
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