私も魔眼が欲しかったぁッ!!
『素子の魔眼』がもたらす恩恵その1。
高精度の魔力操作。これは『魔力の魔眼』に関する通説であり、保有者は高い魔術の素養があると考えられているらしい。ゆえに俺にも適用される説だ。
『素子の魔眼』のもたらす恩恵その2。
魔術模倣。魔力の流れを見てマネできるため、お手本となる魔術さえ見ることができれば、凄まじい学習速度で魔術を模倣することができるという。
以上2つが、紳士サミュエルが教えてくれた魔眼の性能だ。
「今日のところはこの辺で失礼する。明日は才能の力、試させていただこう」
紳士サミュエルは娘のモフモフ狐モモをいっしょに去っていった。
「そうなの~! やっぱり、うちの子たちには特別な力があったのね!」
「ママ! 私、すごく褒められた!」
「よかったわね、流石はレッドスクロールの長女だわ~!」
「でもね、私に興味があったの最初だけで、あとはずっとアイザックのほうに夢中だった、あのおじさん」
「マーリン姉さん、そんな目で見ないでください。困ります」
「じゃあ、魔眼いっこちょうだいよ、弟」
「すごく恐ろしいこと言ってる自覚ありますか、マーリン姉さん」
「2つもあるならいいじゃん! おじさんだって1つしか魔眼もってなかったよ!」
「嫌ですよ、そんな簡単に外したりつけたりできるものじゃないですってば」
「んんー!! ずるいよぉ──!!」
マーリンは瞳に涙を浮かべてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「弟も妹も魔眼もってるのに、なんで私だけ魔眼ないのぉー! ママぁー!」
「うーん、そうねえ……」
「私も魔眼がほしかったぁ。ママがちゃんと産んでくれたらよかったのにぃ!」
マーリンの瞳に涙が溜まっては、ポロポロとこぼれ落ちた。
「ごめんね……ママがしっかり生んであげれなくて」
「うぅ、ひっぐ、私だけ、ちょーふつー……! やだ、やだぁ!」
「マーリン姉さん、そんなこと言っても仕方がないですよ。母さんだって悪気があったわけじゃないんですから」
べしっ! 頭を叩かれた。
「いっだッ!?」
「弟はいいよね、魔眼もってるんだからさッ! 私も魔眼が欲しかったァッ!!」
「もう……喧嘩しないの。マーリンはお姉ちゃんでしょう?」
「うぅ、私はカス、雑魚、ゴミ、虫けらだもん、ぐすん、うぅっ」
「卑屈にならないの。よしよし、あなただってたくさん褒められたのでしょ? マーリンはそのままで良いのよ。自慢の娘だし、頼りになるお姉ちゃんであることに変わりはないわ」
遊び部屋まで逃げてきた俺は、ベッドのうえに寝転がって目を閉じる。
前世、俺は何者かになるために必死だった。その欲求はいまも確かにある。『素子の魔眼』があれば、何者かになるという欲求は達成できるような気もする。
でも、同時に存在する思いがある。
それは家族への思いだ。
何者かになりたい気持ちと同じ、否、それ以上に俺は家族を大事にしているし、大事にしていきたい。
これは前世の終わりに抱いた思いだ。
本当に大事なものは、手の届く範囲にあって、それをしっかりと大切にしていれば人生は素晴らしいものになる。
たいていはソレに気づけずに最期を迎えるが……幸い、俺は二周目だ。
「よし、やっぱり、そうだな。姉さんのほうが大事だ」
マーリンと仲直りしたい。
どうしたら納得してもらえるだろう。
眼をポコンッと取ってあげるわけにもいかない。
「そうだ!」
俺は思い付き、ベッドの下に隠してある俺専用の宝箱にしまっておいたものを取りださんとする。
がちゃ。扉が開いた。
慌てて顔をあげる。
「弟……」
マーリンはベッドに腰かけてきた。
眉尻がさがりきって、申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、さっきは叩いて。私、ひどいことしたよ……」
「いいんですよ。全然、気にしてないので。マーリン姉さん、いいものあげますよ」
「ひっぐ、いいもの……?」
ベッドの下から、箱を取りだした。
「それ、弟の宝箱……」
「中身を姉さんに見せるのは初めてですね」
取りだすのは淡い蒼色をもつ布だ。
一見してただの手編みのマフラー。
「魔力の糸はいい発明だったと思ってます。武器としても道具としても、すごく有用です。込めた魔力によって高い強度をもちますし、自在に操れますし。けど、致命的に持続力がなかったです。MAXで1か月の持続が限界でした」
「私の糸は1日で溶けて消えちゃうけど」
「……こほん。なので相性がよくて、魔力受容量が高い不死羊の糸に純魔力の結晶繊維をあみこんで、ほとんど劣化しない魔力の糸を発明しました」
「ふえ? 劣化しない!? そんなことできるの!?」
「簡単に言うと、物に魔力をこめて安定させるのと近しいかもしれませんね」
「私にとっては物に魔力込めるのも難しいんだけど……」
「……すみません」
「えへへ、大丈夫だよ、弟」
「とにかくこれは画期的な魔道具なんです。高い強度、十分な持続力、ちょっと光ってるんで暗い足元を照らすこともできるかも。なにより所有者の意のままに動くというのが一番のウリです。これはその『魔力の羊糸』で編んだマフラーです」
俺は折りたたんだマフラーを広げる。
長いマフラーだ。いびつなほど長い。手編みって難しいね。
「ちょっと不格好ですけど……錬金術師として僕の初めての発明品。姉さんにあげます。姉さんならそのマフラーの動かし方も知っているでしょう?」
「ちょっと待って、これ、すごい量の魔力が込められてない……!?」
「意気込んで作ったので」
「1日の魔力だけじゃ足りないよね……?」
「まぁ」
「どれくらいかかったの、これ作るの……?」
「そのマフラー分……1500mの長さの魔力の羊糸なので──半年くらい?」
「え? 半年? うええぇぇえッ!? そ、そんな大作もらっていいの!?」
「いいんですよ。姉さんにあげたくなったんですから」
姉の細首に手編みのマフラーを巻きつける。
巻き終わると、マーリンの顔はすっぽり埋まった。
「ぷはぁ!」
「よく似合ってますよ、姉さん」
「えへへ、そうかなぁ? ふかふか~、これ好き~」
首回りがすっかり膨らんだマーリンは、朗らかな笑みを浮かべて……けれど、すぐに悲しそうな顔をしてしまった。
「私は、私のことが嫌いになりそう。わかってるんだ。よくないって。ごめんね、お姉ちゃんなのに、いつも情けなくて、いつも弟にばかり慰められてて……」
「必要ならいつだって慰めます。何度だって慰めます。僕たち家族なんですから。当然でしょ? だから、姉さんが悲しい時は僕がマフラーを巻いてあげるんです。姉さんが寒い時もマフラーを巻いてあげます。悔しい時もマフラーを巻いてあげます」
「うぅ、マフラー巻きすぎだよぉ……」
泣きながらも姉の顔に笑顔がもどった。
「だから、僕が辛い時には、姉さんが手を握ってくださいね? 約束ですよ」
赤い大きな瞳に再び、雫があふれだす。
鼻をするる音。温かい身体がガバッと覆い被さってくる。
「うぅ、弟ぉ……っ、私たち、結婚しよう……っ」
姉上が泣き止むまで、しばらく時間がかかった。
程なくして、俺とマーリンは居間におりた。
ヘラはラルを抱っこしつつ意外そうにする。
「あら? そのマフラーどうしたの?」
「ふふん、弟が編んでくれたの~! 私へのプレゼントなんだよ!」
「あら~そうなの~♪ よかったわねぇ、マーリン、仲直りできたのね」
「うん! 魔眼はもういらないんだ!、だってこんな良い弟がいるんだもん!」
姉上様はそう言って、勢いよく抱きついてきた。
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