素子の魔眼
「クンターさん!? ど、どうしたんですか!?」
「レッドスクロール殿、そちらの、子は、まだ魔術の、訓練をおこなっていないという、話であったが……」
「え? あぁ、アイザックのことでしょうか? それはもちろん。つい先ほど初めての魔術を教えようとしていたところでして」
「では、潜在能力だけで、このクラス……だと……?」
「えっと、どういう意味です? うちのアイザックがなにか?」
「はぁ、はぁ……落ち着いて聞くのだ」
「まずあなたが落ち着かれては?」
「あなたの息子アイザック君、彼は途方もない魔力量を宿している……っ」
「そんなに魔力を……?」
「推し量るに──50倍、吾輩の魔力保管量の50倍の魔力を有している」
「ご、50倍ぃ!? ゔえええええぇぇぇえ────!?」
トムは目玉が飛び出しそうなほど見開き、こちらを見てきた。
「魔力保管量が、50倍……? アイズ? どういうことなんだ?」
トムは困惑した様子でつぶやく。
紳士サミュエルは呼吸を荒くし、左目を押さえる。
マーリンは「やっぱり、弟に持ってかれた……っ」と唇を尖らせた。
「僕にもなにがなんだか……身に覚えがないです」
「いやいや、流石に異常だろう、お前まさか魔術の鍛錬をこっそり……」
「いいえ、まったく身に覚えがないです」
”身に覚えがない一刀流”で押し通す。
「吾輩の魔力保管量は決して多くはないが、少ないというわけでもない。第三深層魔術師になるべくしてなり、まだ上を目指せると十分に思っている」
紳士サミュエルは額の汗をぬぐう。
「そんな吾輩を遥かに上回る魔力保管量。加えてマーリン君とおなじ四大属性を有する、ほかにもいくつか稀少属性の影もある……2000年に一人の才能だ」
実際は初心者ではないから、かなり過大評価なんだろうけど。
「やっぱりだ、アイズは天才、それも超天才だったんだ! 気持ち悪いくらい頭が良いから疑ってはいたが、やっぱりそうだった! ははは! すごいぞ、これはすごいことだ! ヘラに教えてやらないと!」
「いいや、それだけじゃないぞ、レッドスクロール殿……アイザック君、魔力がみえているのだろう?」
やはりか。俺は彼の魔眼に気づけた。
紳士サミュエルも『魔力の魔眼』により俺の眼に気づいたらしい。
それが同質のものであると。
「昔からピカピカの粒子が見えるって言ってるのに誰も信じてくれませんでした」
「うえぇぇえ!? じゃ、じゃあ、もしかして、アイズも魔眼を!? なんで隠してたんだ、アイズ!」
「いま説明しましたよ、父さん」
「魔眼により見える世界は他人には理解されないものだ。特に子供の言葉であるならなおさらのこと。吾輩にも経験があるから気持ちがわかるよ」
そうなんだよね。頭がおかしいみたいな目でみられるから、諦めるんだ。
「アイズ……そうか、お前は伝えようとしてくれてたのか……」
「弟、私もまったく気に留めてなかったよ……変な眼だなとは昔から思ってたけど」
「気にしてませんよ、父さん、姉さん」
「失礼だが、吾輩にもうすこしよく見せてくれるかね」
彼の左目『魔力の魔眼』が至近距離で俺の瞳を見つめてくる。
すげー顔ちけーんだけど。ガチ恋距離だよこれ。
「……アイザック君、君にはどんな世界が見えているのかね?」
「魔力が見えてると、さっきお伝えしましたが?」
「……ふむ。こちらの話をしよう。吾輩の左目がとらえる世界は、水彩画のごとき淡い彩度の世界だ。そこに存在する魔力たちはそれぞれが独自の色合いをもち、色の濃淡と、彩度をもっている。吾輩はそれらの色の名前を知っている。ゆえに君や、君の姉に映る魔力から、なんの属性をあつかるのかを類推することができるのだ」
あれ? ちょっと違う?
「僕には粒が見えます。粒たちの形状、輝き、色、ほかの粒に干渉した際の挙動とか、風に吹かれる様や、土のなかに沈殿してる様……世界は光の粒で溢れています」
説明するのは存外に難しい。
「そうか、ありがとう、アイザック君、よくわかったよ。やはり、”違う”」
「弟にはいったい何が見えてるっていうの?」
「マーリン君、きみの弟君は深淵からの贈り物を受け取っているのだよ。魔力が見える『魔力の魔眼』は、魔眼のなかでも所有者が比較的多いと魔術協会のデータから判明している。それらは精度に差があることも、ね。同じ魔眼の所有者でも、相手の属性を判別できず、ただ大きさだけがみえるにとどまる者も多い。──アイザック君の両目はその逆だ。つまるところ……”精度最大の魔力の魔眼”である。その瞳がもつ瞳力をもってすれば、魔力の最小単位とされる『魔力素子』すら見分けることからこう呼ばれている──『
同じ眼のなかでも上振れを引いたってことか。やったね。
「確認されている前例は極めて少ないうえに、 『素子の魔眼』を宿した子供は皆、幼年期のうちに死んでしまうとされている」
緊張感が走る。
「あるいは生きられても自我が崩壊してしまうそうだ。”見えすぎる”せいらしい。ましてや両目ともなれば……絶えず膨大な情報にさらされ、発狂は免れない」
言われてみれば、俺もけっこう恐い思いしたんだった。
長い時間かけて視界内の光量を調整する手段を身に着けた。
転生者として自我が確立していたからこそ、身にふりかかった脅威にたいして対処しようと思えた。自我がなく、思考力の育ってない赤子であるならば、たしかに耐えられないかもしれない。この眼はその力によって、主を殺してしまうのか。
「見たところ君は安定しているようだ。聞き及んだ話とちがう……君は、世にも珍しい『素子の魔眼』を完全に操ることに成功した保有者なのだろう」
心からこう思った。
あの時、頑張っておいてよかった。
転生者でよかった、と。
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