魔眼の魔術師サミュエル

 王国歴1074年12月


 ラルの驚異的な能力が発現してから2週間が経過した。

 

「たぶん『魔眼」だな」


 家族全員そろった居間にて、トムはやつれた顔で告げる。

 

「話には聞いてたが、まさか自分の子に発現するなんてな……」

「うちの子たちは才能に溢れる子ばかりね!」


 トムは動揺を隠せていないが、ヘラはとても楽しそうである。


「俺の聞いた魔眼のいずれとも効力が一致しない。だから、発見者ということで名づけることにした」


 皆の視線がポケっとしているラルに集まる。


「『夢囚ゆめとらえ魔眼まがん』──ってことにしておこうと思う」

 

 命名の由来は、能力が目線をあわせた相手を夢に導くことからだろう。

 導かれた夢では、モフモフの羊たちが草原一杯に広がっており、最初それを夢であると認識できない。俺も経験者なのでわかる。夢と現実の境界線がわからない。

 何回も喰らって、意識したうえで、ようやく気づける程度だ。


「思ったんだが、俺たちがラルの夜泣きで悪夢をみるようになったのは、あるいはこの魔眼の副次効果なのかもしれないな。夢を操り、夢へ誘う力なら、悪夢へだって導くことができるのかもしれない」


 トムとヘラは魔術的な観点からさまざまな考察を重ねたようだった。

 言われてみれば、ラルの泣き声には特殊な魔力の波動がともなっていた気がする。


「夢にとらわれても外から起こしてもらえれば、問題ないが、なにか作業している時にいきなり気を失ったりしたら危ない。というか、立っている状態ですら危ない。気を失った時に頭を打つかもしれないからな」


 トムはラルを示しながら真面目な声で注意をうながした。


「よって、ラルの眼がなんか力を発動してそうだったらうかつに見ないことだ。そうすれば夢にとらわれることは……むにゃむにゃあ~」

「こうなるってことね。魔眼の能力は、成長につれてコントロールできるようになると言われているわ。ふたりとも大変だろうけど、それまで優しくしてあげてね」

「任せてください、母さん」

「私は長女だからね! 下の子のお世話をするのは私の役目だから……むにゃむにゃ~」


 崩れ落ちるマーリン。姉上様はうっかりしてるので頼れそうにない。

 ここは弟である俺が、いや、お兄ちゃんである俺がしっかりしないと。


 

 ────



 王国歴1075年1月


 トムは最近忙しくしている。

 錬金術工房の裏口の工事を連日のように行ったり、工房内の物の配置がすごく変わっていたりするのだ。


「父さん、これぜーんぶ水銀ですか?」


 瓶詰の水銀が木箱一杯に詰められているのは見たことない。


「それにこっちは銅と錫じゃないですか。ソラ石とブレスもこんなに」

「お店を開くんだから、ある程度は在庫が必要だろう?」

「え? お店開くんですか?」


 初耳なんだが。


「これからは限定的にも商売を営んで生活の足しにするつもりだ」

「そんなにお金ないんですか?」

「収支はマイナスだな。『艶薬』ありでも。なぁに、悲観することはない。嫌々ってわけじゃない。店に関しては前々から俺も開きたいと思ってたんだ」


 トムは箒でせっせと工房のなかを掃きながらいう。


「錬金術の品を売る店……ってことですよね? こんな田舎で開く意味あります?」

「いい質問だな。逆に問う。店を開かない理由はあるか? 看板をかかげて、ちょっと掃除して、整理整頓するだけだぞ?」


 テナント料を誰かに取られるわけでもない、か。


「なんで今まで開かなかったんですか」

「準備だって言っただろう? 『艶薬』は領主様が買い取ってくれるからありがたいけど、逆を言えばほとんど買われてしまう。だから、『艶薬』ではないこの地で採れる素材を活かした別のポーションをずっと考えてた。あとは勉強したりとかな」


 トムは一冊の本を持ち上げて見せてきた。


「あっ、知らない本!」

「アイズがそっちの本の錬金術をすべて会得したらこっちをやろうな」


 トムはあごで棚をしめす。

 そこには4冊ほどの本がある。

 いつも使っている錬金術に関する本だ。


「ちなみにそれには何が載ってるんです?」

「霊薬術だよ」

「おお!」


 霊薬術は魔力素材をもちいた調合に関する術法である。

 魔術的な効能をもつポーションを作れるクールな錬金術なのだ。


 楽しみが増えた。



 ────


 

 王国歴1075年3月


 昨日、俺は誕生日を迎えた。

 つまり5歳になった。


 俺は朝からトムに裏庭へと呼び出されていた。

 

「アイズ、きっとこの日を待ちわびたことだろう!」


 言って掲げたるは魔術書『伝統的な属性魔術』だ。

 もう中身を暗記しているなんて言えない。本のなかに記されたすべての魔術式をこの場で羊皮紙に書きだせるとかも絶対に言えない。


「お前の能力は錬金術を伝授するなかで嫌というほど、じゃなくて、心から高く評価している。理解力、推理力、観察力、記憶力、集中力、どれもこれもちいさい子供とは思えない。そうだな……あえていうのなら、気持ちわ……気色わ……不気味なほど優秀ってやつだ」


 言葉を選んだ末がそれですか。流石は父上。


「さあ、存分に魔術を勉強しようじゃないか!」


 ここからは演技力の時間だ。素人感だしていけ。

 

 ──チリリーン


「え?」

「あ?」


 響いたのは美しい音色。 

 これは店の入り口のドアベルの音だ。


 直後、ダダダっと足音が聞こえてきた。


「パパー! お客さん、来たよ!」

「なんだと!? アイズ、すまん、わかるよな? 魔術はあとだ!」

「はい、なんなら明日でも構いませんよ、父さん!(キリッ)」


 俺たちは皆で錬金術工房のほうへまわった。

 

「『レッドスクロール魔道具店』へようこそ! なにをお求めですか?」


 見慣れた錬金術工房を改装してつくられたスッキリした見た目の店先に、記念すべきお客さん第一号はいた。


 黒い肩掛けマントを羽織った紳士だ。

 年齢は30代後半。特徴的な片眼鏡は真っ黒で、片サングラスと呼べる代物だ。サングラスの下、あの左目……特徴的な魔力を有している。ラルみたいだ。

 先端に赤い宝石の装飾が施されたステッキを手に持ち、腰にはサーベルらしきものも差してある……てか、本物の剣だ。初めて見た。


「吾輩はサミュエル・クンター。第三深層魔術師である」


 紳士サミュエルはそういって、銀色のメダリオンを軽く見せてきた。


「第三深層……っ、これはご丁寧にどうも。えっと、トム・レッドスクロールです。名乗れるほど立派な肩書きはありませんが、錬金術師をやっております」

「では、あなたが店主か。失礼ながら免許を拝借してもよろしいか?」


 トムは非常に気まずそうな顔をする。

 

「その……免許はないんです」

「これは失礼。悪気があったわけではないのだ。吾輩は魔術協会の公人というわけではない。ゆえに免許がなく錬金術師を名乗って店をだしていようと、それを咎めるつもりは毛頭ない。見たところ古い工房だ。道具もよく手入れがされていると見受けられる。良い腕の錬金術師なのだろう」

「あはは、これはどうも。ありがとうございます。して、クンターさん、この度はいかなるご用時で?」

「父上、見て~、トカゲつかまえた~」


 紳士サミュエルが返事をかえすまえに、店の外から子供の声が聞こえてきた。

 すばしこい影がスタターっと入店してくる。


 俺は目を見張った。

 その子供には耳と尻尾が生えていたからだ。


 モフモフとした桃色の毛並み。大きなお耳はピンとたって、大きな尻尾は筆先のように膨らみ、ゆらゆらとご機嫌に揺れていた。キラキラと輝く眼差しは両手でしっかりと挟んだトカゲに注がれている。


「あれって獣人ですかね、マーリン姉さん」

「たぶんそうだよ、弟! すごい、私、初めてみちゃった!」

「僕もです」


 物陰でコソコソ。俺たちはトムと来訪者たちの邂逅を見守る。


「こほん。外で待っているように言ったであろう」

「でも、トカゲ……」


 獣人の女の子がしょんぼりする。

 見かねた紳士サミュエルはその子の頭に手をおいた。


「おほん。レッドスクロール殿、この子はモモという。吾輩の娘……だ。吾輩たちは旅の身である。今回伺ったのは、しばらく、シマエナガ村に滞在することになったので、その挨拶として、である」

「あぁ、なるほど。それはそれはご丁寧に。こんな辺境の地まで足を運ぶ人は珍しいですよ。特にクンターさんみたいな身なりのちゃんとした人は」

「娘がどうしても旅をしたいと言って聞かなくてね。それに吾輩も世を見てまわり、己の見聞を高めたいと思っていた。タイミングが良かったんだ」


 なんだか優雅なおっさんだ。


「この村一番の知識人と見た。吾輩らは村長殿のお宅に滞在させてもらう予定である。この機に知的交流を深めることができればと思っている」

「ぜひ! あなたのような立派な魔術師との交流は有意義でしょう!」


 トムはハッとした顔になって、こっちにやってくる。

 

「このふたりはうちの子です。姉のマーリン。弟のアイザックです。子どもの歳も近そうですし、仲良くしてくれたら嬉しいです」


 勝手に引っ張り出されて、居心地が悪い。

 ふと、モフモフの女の子──モモと目があった。

 少女モモはサッと目を逸らし、筆みたいな尻尾を揺らして店を出て行った。

 

「ん、こら、ご挨拶を……モモ、待ちなさい! ……行ってしまったか。こほん。失礼、人見知りな子でね。特に男の子にはちょっと警戒心があるのだ」


 えぇ、俺のせい……?


「クンターさん、実はですね、うちの子は昨日で5歳になりまして」

「ほう? 5歳にしてはずいぶん聡そうであるが」


 サミュエルの鋭い眼光が俺を射貫く。


「初めまして、クンターさん。僕はアイザック・レッドスクロールです。将来は立派な錬金術師になりたいです」

「そうかそうか。それはいい。きっと立派な錬金術師になれるだろう」

「クンターさん、もしよろしければ、俺だけでなく、うちの子にも知的交流というやつを──魔術の教えを授けていただけたりしませんか? 御覧の通り、マーリンもアイザックもとても賢い子でして。マーリンに関しては、先々月で8歳になりまして、すでに第一魔術を35種、応用的な使い方まで修めているほどです」


 マーリンが胸を張って、自慢げにする。

 

「ふふん、私だって天才なんだよ、おじさん!」

「ほう! それはそれは、ずいぶんな逸材ではないか!」


 紳士サミュエルのテンションがぶちあがった。


「よろしい。若い才能に向き合うのは吾輩も特に好むところ。時間を作ろう」

「本当ですか! 光栄です! いやぁ、よかった、第三深層魔術師の方に手ほどきをもらえるなんて、お前たちすごく幸せなことだぞ!」


 トムもぶちあがってる。実は俺もかなり喜んでたりする。


「今日のところはひとまず、聞きしに及ぶ才能か否か、すこし”味見”してみようか」

「はい? えっと、味見、とはなんです、クンターさん?」

「レッドスクロール殿、『魔力の魔眼』というものをご存知かね」


 紳士サミュエルは片サングラスをそっと外す。


「それはもちろん……世には、魔力を見ることができる眼、が存在するとか」

「そのとおり。吾輩の左目はまさしく『魔力の魔眼』である。この眼で魔術師をとらえれば、その者がどれだけの魔力を有しているのかわかる」

「すごーい! かっこいいね、おじさん!」

「こら、マーリン、おじさんだなんて、失礼だろう……!」

「いいのだよ、レッドスクロール殿。すこしマーリン君から離れてほしい。魔力が混在すると視認しづらい」


 トムに手を引かれて、マーリンから離れた。


 紳士サミュエルは閉じられていた左目をカッと見開いた。

 青紫色の眼差しがマーリンをとらえる。


「ジャッジメント・アイッ!」


 そのかけ声が必要なのかは知らない。


「こ、これは……! すごい魔力だ! すでに吾輩と同等の魔力保管量! 加えて四大属性すべてを扱えるとみえる! それも非常に高い水準で! おお、なんという才覚なのだ、これは稀代の天才魔術師といっても過言ではない!」

「えへへ、うへへ、そうかな~? そうかなぁ~?」


 マーリンは非常に嬉しそうに身体を揺らす。よかったですね、姉上様。

 

「これは今すぐにでも魔術協会のもとで先端教育を受けるべき逸材!」

「そんな凄いんですか、うちのマーリンは?」

「魔術の道を進めば、凡人では届きえぬ領域にいたるであろう」


 ジャッジメント・アイ氏は落ち着いてから、こちらへチラッと視線を向けてきた。


「うぎゃぁぁああああ────!?」

「「「!?」」」


 突然、左目を押さえて、悲鳴をあげ、後ずさり、薬類のならぶ棚にぶつかると、盛大にあたりへ撒き散らかす。開かれた右目は充血し、俺を見つめていた。


「馬鹿な……っ、ありえない、こ、ここ、この、魔力は……ッ!?」

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