悪魔の子

 両親の寝室にやってくると、トムがヘラの手を握っていた。

 ヘラは神妙な顔をしており、額に汗が滲んでいた。


「ふたりとも、お母さんを頼むぞ」

「父さんは?」

「俺はミランダさんを呼んでくる」


 お隣に住んでる村人のことだ。マーリンも俺も、ミランダさんによって取り出されたということ。信頼と実績のあるベテランの産婆だ。


「ママ、大丈夫だよ!」

「はは……ありがとう、ふたりとも、ごめんね、いきなり」


 ヘラは意識が朦朧としているのか、声に力がない。


「ミランダさんを連れてきたぞ!」

 

 40代後半の優しそうな顔つきの女性が登場。


「これは大変ね。とりあえず、トム、事前に準備しておくように言ってたものは?」

「はい、とってきます!」


 てきぱき動いてミランダとトムは準備を始める。

 大量の布に、大きな桶、お湯、霊薬など。


 熟成した大人のミランダさんに指示されてる父を見ていると、彼がまだ人生経験の少ない20代の男であることを思い出させられる。

 

「尋常じゃない様子ね、そうそうに取り出してあげましょう。アイザックくん、マーリンちゃん、お母さんの手を握っててあげてね」


 それからどれくらいの時間がかかったのは覚えていない。

 絶え間なく続くヘラの悲鳴に、恐くなっていたせいかもしれない。

 マーリンは感受性が高いのか一緒に泣いていた。


 ミランダさんが赤ちゃんを取り出している間、トムが「一緒に握ろうな」とヘラの右手をシェアしてくれたことは父の温かさや安心感を感じさせてくれた。わずかでも助けになるように、俺はひたすらに母の手を握り続けた。


 ミランダさんが会心の掛け声をあげたのち、産声が部屋に響き渡った。

 ヘラの悲鳴で精神的に疲れていた俺は、それでハッと正気に戻った。

 

 終わったあと、ヘラは死にそうな顔でぐったりしていた。

 俺たち3人はそれぞれ母に「産まれましたよ、母さん!」「ママ、死んじゃったの!?」「ヘラ、よくやった、よく頑張った!」と口々に声をかけた。


「こ、これは……」


 ミランダさんの動揺した声。

 トムとマーリンが赤ちゃんを見に行く。


 その後、一同、動きが固まった。

 トムも、マーリンも。

 

「これは……はは、サプライズだな」

「お父さん、どういう意味です?」

「あぁ……ヘラは気絶しているな。そのほうが今はいいだろう。……アイズ、自分の眼で見てみるといい」


 布に包まれた赤子が、俺にも見える高さまで降りてくる。


 可愛らしい顔で元気一杯に泣く赤ちゃん。

 その側頭部にはくるんっと丸まった『角』が生えていた。

 

 

 ────



 王国歴1073年12月


 新しい家族が増えて1カ月が経った。

 

「はーい、ラル、ごはんのお時間ですよ~」

「あうあぅ~!」


 母の豊かな胸に甘える赤子。

 名をラルトネム・レッドスクロールという。


 柔らかい白髪に金色に輝く瞳。

 どちらも両親にはない特徴だが、みんな特に気にしてはいない。

 

 最初は角が生えていて驚いたが、すぐ見慣れた。家族のなかにそれを嫌うものはひとりもいない。俺たちは新しい家族を愛している。


 ただ、これが世間にも受け入れられるかはわからない。

 俺でさえそう思ったんだ。大人たちはもっと深刻に考えていただろう

 

 ちいさな村なので、レッドスクロール家に赤ちゃんが産まれたことはとっくに知れ渡っている。他の家庭で余ったライ麦エールをお裾分けしてもらう時などに、赤ちゃんに会いたいと言われるのもしばしばあるが、トムもヘラも頑なに会わせなかった。


 ミランダさんにも口止めをしていたくらいだ。

 ちなみに村長夫妻がお祝いに来てくれた時も、病弱を理由に会わせてはいない。


 角が生えてるだけで、うちのラルは本当に可愛いんだ。

 なんなら角はマイナス要素ではなく、プラス要素だと思ってるくらいだ。

 羊の角みたいですごく可愛らしいしね。


 

 ────



 王国歴1074年5月


 俺は4歳になり、マーリンは7歳になった。

 ラルが産まれてから数えれば6カ月といったところか。


 家族はラルのお世話で大忙しだ。


「昨日、私ね、気づいたらラルの揺り籠の前にたってたの」

「ラルを抱っこして可愛がちゃったっていう話ですか?」

「それでね、手がラルの首に伸びてたんだよ、もう泣かないようにって」

「いやいや、怖い話じゃないですか。やめてくださいよ、マーリン姉さん! ラルは僕たちの可愛い妹、いまは耐える時なんですよ。それがお姉ちゃんでしょう?」

「うん……そうだよね、私はお姉ちゃんだもん……うぅ」


 ラルトネム・レッドスクロールはその類まれなる夜泣きの才能により、家族全員から睡眠時間を奪った。加えてようやく寝付いても悪夢にうなされるようになった。


 家族みんなが悪夢を見るようになったので、なにかラルに特殊な力があるんじゃないかということで今のところ見解が一致している。


「角が生えているんだから、特殊な力くらいあるわよ!」


 そういうのは母ヘラである。母は偉大だ。

 俺もマーリンも母が頑張っているので、妹のため頑張らなくてはいけない。


 

 ────



 王国歴1074年11月


 今日はラルの1歳の誕生日会だ。

 夕食に出てきたシチューは、大変な御馳走で具材がたくさん入っていた。

  

 誕生日会に参加しているものは歴戦の猛者の顔立ちをしていた。

 昨晩もよく泣いていたなぁとたぶん思っているんだろう。

 あるいは今晩もたくさん泣くのかな、だろうか。俺は後者だ。


 ヘラの腕のなかポカンとしている我が家のお姫様を眺める。

 本当に可愛らしい顔をしている。将来はきっと美人になる。


「シンディちゃんにね、マーリンちゃんの妹は悪魔の子だって言われた!」


 家からだすこともまったくないが、流石に噂はたっているな。


「意地悪なこと言う子がいたものね。でも、気にしちゃだめよ。ラルはなにもおかしいところなんかないんだから。可愛い角が生えてるくらいで、それも大きな問題じゃないわ。だって、この子は大事な家族に違いないもの」

「う、ぅぅう、うあぁあ!」

「あら?」


 ラルの角が金色に光りだした。

 厳密には巻き角の溝というべき場所が。

 俺の眼には魔力の尋常ならざる流れが映っていた。


「ラル〜、大丈夫よ~、よーしよしよし♪」


 ラルの腰の付け根あたりから尻尾がニョキニョキっと生えてきた。

 それは黒い鱗が生えていて、とても立派なものだ。

 尻尾にも溝があり、角の発光にあわせてこちらも金色に輝いている。


「あはは……まぁ、角が生えているんですもの。尻尾くらい生えるわよね!」


 母ヘラが強すぎる。我が子を愛する鑑だ。

 

「うわぁ~! もうなんで弟も妹も変な子なの~!」


 頭を抱える姉上。変な子て。傷つきます。


「ほーら、パパだぞ~、ラル、こっち見てくれ~いないないばぁ~!」


 あやしにかかる遊撃手トム。

 ラルの黄金の視線がトムをとらえた。

 途端、変顔していた男は膝から崩れ落ちた。

 

 再び俺の眼がとらえたのは魔力の波動だ。

 ラルの眼から作用しているのを観測した。

 今までにない現象だ。まさか新しい力に……?


 ラルがこちらを見てきた。


 咄嗟に視線を逸らした。

 内心ヒヤヒヤだ。

 恐怖で動けなかった。


 勇気をだして、ようやく俺は視線を戻す。


 マーリンは夕食のシチューに顔をつっぷし、ヘラはラルを抱っこしたまま、眠るように椅子に深く腰かけていた。ふたりとも静かに寝息をたてている。


 いつの間にかラルは泣き止んでいた。

 スンとした様子でぼーっと俺のことを見てくる。

 魔力の波動を感じない。能力は一時的におさまったか。


 ヘラの腕には力が入っておらず、ラルが滑り落ちそうになっていた。俺は急いで姫を抱えた。生卵のつまった編みかご持つみたいに慎重に。


「よーしよーし、お兄ちゃんが抱っこしてやるからな。恐くない恐くない。ラルは寝不足のみんなを寝かしつけてくれたんだよな。優しい子だな~」


 見よう見まねで揺らしてやる。

 姫様は破顔し、きゃっきゃっと楽しそうに笑った。

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