『伝統的な属性魔術 第一魔術全集』

 マーリンに俺の秘密の日課がバレた翌日。

 魔力の糸に苦戦する姉上様の隣で、俺は本を開いた。


 『伝統的な属性魔術 第一魔術全集(王国歴675年)』

 著:サー・ミール公爵領魔術師ライスト・クンター


「魔術の成り立ちと洗練は戦争と密接に関わっており、ゆえに魔術には武器としての意味合いが強い。現代に残っている魔術も戦いに有用なものばかりである。事実として魔術師は長い歴史のなかで幾度となく戦争に利用されてきた。現代でもそれは変わらない。だからこそ、あえて言葉にするべきであろう。魔術の本質は、魔力の探求にあるのだと。また、それは人の生活を大いに豊かにしてくれるものなのだと。武器としての魔術だけでは、魔術の一側面でしかない。それだけでは悲しい。この本が読者の生活をより豊かに、そして、魔力の探求への入門書となり、いずれ魔術史の新しい発見と発明、発展と開拓につながることを願う──ライスト・クンター」


 まず属性魔術について。

 

「属性魔術とは自然界に存在する『元素』を利用する魔術であり、歴史は3000年に及び、武器としての合理性が磨かれ、洗練されてきた魔術体系……ね」


 また世界でもっとも普及している魔術でもあるという。

 魔術都市での研究課題として、貴族の教養として、冒険者の火力として、錬金術師の道具として利用され、高等魔術師から農村の羊飼いまで術式を共有するとか。


「属性魔術の特筆すべき優位性は、才能の母数にある。自然界に存在する『元素』を利用することがいかに合理的なことか……」


 『元素』のうち、火、水、土、風が四大元素とされる。

 一般に属性魔術と言えば、これらを利用したものを示すという。


 魔術は威力に応じて10段階に区分されている。

 第一魔術を基礎的な魔術として、第十魔術を現最大到達点とする。

 

 また著者クンターは魔術師の等級について、魔術世界で最も権威ある団体である『魔術協会』でもちいられているという魔術師の区分についても触れていた。

 

────────────────────────────

 魔術師見習い:第一魔術をあつかえる者


 准魔術師:第一魔術を網羅し、魔術師免許を取得した者


 魔術師:第二魔術から第三魔術の魔術師免許を取得した者


 高等魔術師:第四魔術以上を会得した者

────────────────────────────


「ふーん、魔術師をちゃんと名乗るには免許とらないといけないのか?」


 意外とちゃんとしているのな、そこら辺。はい、次のページ。


「自然に存在する各種元素を動かすために、入門者がするべきことは対応する色の魔力を練りだすことである。大地の形状を変化させるには土の魔力を、風向きを変化させるには風の魔力を、水の流れを変えるには水の魔力を、火の勢いを掌握したいのであれば火の魔力をあつかえるようにならなければいけない」


 これは感覚的に理解できている。


「魔術式こそ知の結晶と言えよう。複雑な記号集合体であるこれらは、魔術の運用に関する手引きである。少なくとも3000年は紡がれてきた魔術式は合理化された魔術の最小単位であり、示すとおりに魔力を誘導するだけで術としての体を成す」


 とりあえず吹けば音が鳴る楽器ってところか。


 ほかにも著者クンターは魔術神経や、魔力生成量、魔力保管量、魔力放射量、魔力操作量などなど、魔術世界でもちいられる言葉についての説明を添えていた。


 入門書という位置づけにふさわしい充実した内容だ。


「何はともあれ、ひとまずやってみるか。まずは育ててきた土属性の魔術神経を使いまして……こほん。大地よ、輪郭を変えよ──『第一魔術:土細工』」


 俺は艶々した石を手に唱えてみた。

 魔術式の参照と詠唱。魔力の誘導を感じる。

 持っている石はブルブル震えたあと、ぺきっと割れてしまった。


「あれ? 石の形状を変化させる魔術じゃないのか?」


 マーリンがニヨニヨして見てきている。


「マーリン姉さん、助けてください」

「ふふーん、もう仕方ないな~弟は! お姉ちゃんが教えてあげる!」


 すごく嬉しそうだ。


「それは土の形をかえる魔術でしょ! 弟が持ってるのは石じゃん!」

「応用効かないんですね……じゃあ、石の形を変える魔術をさがします」

「その本には載ってないよ、私、全部みたもん」

「え……? 石の形状を変える魔術ないんですか?」

「逆にどうしてあると思ったの?」


 土の魔力を固めたら石を作れたから……かなぁ。

 土も石も似たようなものだろう? っていうのは魔術的には通用しないのかな。


 まぁいいか。じゃあ、土で我慢しよう。

 応用はのちのち考えればいい。


 俺は家の裏手へまわってマーリンがいつも魔術鍛錬している場所へ。

 ヘラの位置を確認しておく。向こうで大きなお腹をさすってる。トムと穏やかにおしゃべりしているし、裏手で多少ゴタゴタしてても気づくことはあるまい。


「流石の弟でも魔術はすこし難しかったね!」


 姉上様はご機嫌についてくる。


「大地よ、輪郭を変えよ──『第一魔術:土細工』」


 がちっとハマル感覚。

 適切な対象に適切な術式を使えているとわかる。


 魔術神経が活性化して肩のあたりが熱くなる。

 魔力の流れもイイ感じだ。世界に導かれて勝手に動く。


「こんなもんかな……よいしょっと!」


 ぐらぐらと揺れて足元が隆起した。


「おお! 俺とマーリン姉さんの乗ってる地面が5mも隆起してますね……って思ったより威力が……こんな規模で使ったつもりないんですけど」


 魔術式をもちいた現象効率がここまで良いとは。


「ん?」


 マーリンが腰を抜かしていた。

 うるうるした瞳で見上げてきている。


「ぉ、ぉとぅとぉ……っ! 恐すぎるよぉ……! いきなり、こんな高さ!」


 子供の5mって死ぬほど高く感じるか。可哀想な姉上様のために、俺は早急に同じ『第一魔術:土細工』で地面の高さを元に戻した。


「はぁ、はぁ、はぁ、おかしい、こんなのおかしい……っ。弟、これは『土細工』なんだよ! 地形を操作する術式じゃないんだから!」


 それは俺も思った。名前より派手だなと。


「でも、出来ましたよ?」

「できない……! 普通は出来ないんだよ! 私、できなかったもん!」


 マーリンは涙をぬぐう。


「ひっぐ、ぐすん、大地よ、輪郭を変えよ──『第一魔術:土細工』」


 マーリンは柔らかい土を両手ですくって、それを魔術で固めて、丸っこい泥団子をつくった。眼に映るかぎり、それで魔術式は完遂されたようだ。


「ひっぐ、以上、私の『土細工』でしたぁ……!」

「それで終わりなんですか?」

「うわぁぁ! 弟がお姉ちゃんいじめてくるぅ……!」

「あっ、いやちが……! 姉さん、すみません、いまのは言葉を選ぶべきでした」

「うぐぅ、反省をもとむ! すごい反省をもとむぅ! ひっぐ……っ」

 

 何度も頭を撫でて差し上げていたら、やがて落ち着きを取り戻した。


「ふぐぅ。お姉ちゃんとして、認めざるを得ない。弟は天才すぎる、私なんか足元にもおよばない虫けら。カス。ゴミ同然、死んだほうがいい」

「卑屈にならないでください、マーリン姉さん。魔術協会の区分で言えば、僕は魔術師見習い、姉さんは准魔術師に近いです。姉さんのほうがすごいですよ」


 俺は根気強くマーリンの絹のような黄金の髪をなで続けた。

 彼女はこちらをしばらく見つめたあと、柔らかい顔になった。


「ふふ、えらいえらい、弟はえらいね~」


 今度はマーリンが嬉しそうに頭を撫でてくる。


「偉いってなにがです?」

「お姉ちゃんのこと気遣ってくれてやさしいこだねってことだよ!」

「……まぁ、弟なので」

「ふふん、うんうん、アイザックは天才で、優しい、自慢の弟だね~」


 温かい体がギュッと抱きしめて、顔をスリスリしてきた。とてもむず痒い思いをしたが、姉上様のご機嫌を損ねないため、されるがままにしておいた。



 ────



 王国歴1073年11月

 

 姉弟同盟結成から2カ月ほどが経過した。

 日々、トムとヘラから錬金術を学び、魔術を秘密裏に鍛錬することに明け暮れている。毎日が充実していてとても楽しい。


 あれから水属性、火属性、風属性の魔術をそれぞれ使ってみたところ、魔術神経が順調に育ちはじめたので、日々のリソースを均等に分配している。


「弟! こっち来て!」

「どうしたんです、マーリン姉さん」

「ママが、産まれるって!」


 ちょっ、待てよ! いきなり来たな!


 俺は魔術鍛錬をきりあげて、部屋を飛び出した。

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